6.テケテケ

 一度特怪のオフィスに戻った僕らは、知り得た情報を霞に報告した。田崎の恋人がひと月前に事故死していたこと。田崎は浮気をしていて恋人だった三嶋を邪魔に思っていたこと。三嶋を轢いた運転手は、彼女が轢死する前にもう一人の人影を見たこと。

 報告を聞き終えた霞は腕を組んだ。

「轢死した女の復讐、ね。べとべとさんじゃなく、テケテケだったか」

「テケテケ?」

 僕は首を傾げる。字面は少し似ているが、いったいどういう陰法師なのだろうか。

「近年多く語られてる都市伝説だよ。内容としては、北国で女子中学生が電車に轢かれて胴体を切断されたが、偶然が重なり即死ではなかった。その後女子中学生は切断された下半身を求めて上半身だけで彷徨うって話だ。テケテケってのは、腕の力だけで移動する時の音から名づけられたらしい。田崎の留守電に残ってた音は、三嶋が千切れた体を引き摺る音かもな」

 その場面を想像して、背筋が冷えた。自らを線路に突き落として殺した男に報復するため、失った体を引き摺りながら彼の元へ辿り着こうとする執念は、悍ましくも痛ましい。

「三嶋が田崎への怨みから、テケテケに似た陰法師に変じたんだろう」

 霞はそう結論づけたが、納得しきれない僕は異を唱えた。

「三嶋さんの知人が田崎さんへの嫌がらせのために留守電に吹き込んでいた可能性は?」

 特怪の一員としては霞の推論を支持すべきだろうが、嫌がらせに憔悴した田崎が自ら死を選んだ可能性も否定できない。だとしても、相当に趣味の悪い嫌がらせだ。田崎が死ぬように悪意を持って仕向けているのだから。

「まあ、なくはねーけど……気になるんならジミコシバクンはそっちを調べてみな。木下さんも一緒に」

 話を振られた木下さんは目を瞬かせる。

「え、わたしも? 御門くんはどうするの」

「俺はシズクとテケテケを追う」

 雫とは、警察官ではない、もう一人の特怪のメンバーのことだ。陰法師を滅する陰陽師で、霞の弟。普段は高校に通いながら特怪に力を貸してくれる。かつての霞より可愛げのある協力者だ。

「もうすぐ授業終わるだろうし、俺は雫と合流する。そっちも気が済むまで好きにやってくれ」

 それだけ告げると霞はさっさとオフィスから出て行ってしまった。協力者として現場に赴いていた経験が長いからか、責任者の立場であってもフットワークが軽い。

「行っちゃった……二人なら大丈夫とは思うけど、陰法師が相手ならわたしも対処できるのにな」

 霞が退室したドアを見つめ、木下さんがぽつりと呟く。その横顔はなんだか寂しそうだ。

「もしかしてだけど……霞は木下さんを危険な目に遭わせたくないんじゃない?」

 彼女の、陰法師を引き寄せる体質のことは聞いている。霞同様、学生時代から特怪に協力していたことも。霞もそれは承知の上で、彼女を危険に晒したくないのではないか。幾ら彼女が身を守るすべを持っているとはいえ、危険地帯に自ら飛び込むのは僕だって推奨できない。そして以前も述べた通り、霞は木下さんに甘い。

「そう……ですかね」

「ほら、素直じゃないから」

「確かにそうかも」

 木下さんが苦笑する。僕らは霞本人には聞かせられない話で盛り上がりながら、霞に続いてオフィスを後にした。

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