7.怨みの矛先

「ふーん。じゃあ、その三嶋って女が変じた陰法師を祓えばいいんだ」

 一日の授業が終わった放課後。霞から事情を聞き終えた雫は、紙パックのジュースを啜りながら何でもない調子で言う。つい最近まで陰法師を怖がっていたというのに、随分と逞しくなったものだ。

「それにしても怖いなー、男と女のドロドロの愛憎劇。そりゃ陰法師も生まれるはずだよ」

「お前も気をつけろよ」

「わかってるよ」

 茶化すと、雫は唇を尖らせた。雫にはアカリという、中学の頃から付き合っている恋人がいる。もっとも、雫は彼女にベタ惚れであり、裏切る真似はしないだろうが。

「で、その三嶋って奴はどこにいんの?」

「自分を殺した恋人に復讐を果たしてもなお、まだ怨みが晴れないとしたら。次に襲う奴は自ずと見えてくる」

「――ああ、浮気相手」

 雫は納得した様子で頷いた。三嶋は田崎の浮気が原因で命を落としている。田崎と同じくらい、いやそれ以上に怨んでいてもおかしくはない。

 田崎の浮気相手、高橋の自宅を訪ねる前に彼女の身辺の聞き込みを行った。周囲の話によると高橋は田崎の死後、大学を無断で休み、連絡も絶っているという。知人が最後に彼女を見た際、かなり怯えた様子だったようだ。

 憂の見立て通り、彼女が三嶋を畏れているのだとしたら。高橋は三嶋の死に関わっている、或いは彼女の死の事実を知っていることになる。

「この様子だと高橋のところにも田崎と同じ留守電が届いてそうだな。急ぐぞ」

「今んとこ、怪しいモノはなさそうだけど――あ!」

 高橋の家の周囲を〈遠きを望むを好む〉式鬼シキを通じて俯瞰していた雫が声を張り上げる。

「下半身のない女が高橋のマンションに近づいてる。ヤバいかも」


 ◇ ◇ ◇


 三嶋篤子は街中を這って彷徨っていた。

 時折視えているであろう人間がギョッとして立ち止まるが、構わずに三嶋は前に進む。彼らに用はない。彼女の標的はあと一人だけ。

 高橋。自分から田崎を奪った女。アイツが遼吾を誘惑しなければ、自分はこんな姿にはならなかった。憎い。殺してやる。地獄へ突き落としてやる。その一心でここまで来た。

 あの日、田崎の家に呼び出され、別れ話を切り出された。勿論三嶋が頷くことはなかった。あんな女に渡してやるものかと意固地になっていたのだ。話は平行線を辿り、両者の酒は進んだ。或いは、彼は最初から三嶋をどうにかするつもりで酒を飲ませたのかもしれない。

 零時てっぺんを超えた頃、田崎がもう帰るように言って半ば酔い潰れた三嶋を駅まで連れてきた。あろうことか、そこで田崎は三嶋を線路に突き落として逃げた。酔いが回った三嶋は逃げるどころか線路の上で起き上がることもできず、そこへ警笛を鳴らしながら電車が滑り込んできて――

 自分が死んだことは解っていた。怨みのあまり、人ならざるバケモノとして蘇ったことも。それでいい。私はどんな姿になってでもあいつらに復讐を果たす。このままじゃ死んでも死にきれない。

 ずるずる。ぺたぺた。べちゃべちゃ。

 はみ出したものを地面に擦りつける勢いで一心不乱に進んでいた三嶋は顔を上げる。眼前には、高橋の居住マンションが高く聳え立っていた。

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