5.彼女の死、彼の死

 僕らは田崎の恋人だったという三嶋ミシマ篤子アツコの関連人物を訪ねた。

「あの男が死んだのは相応の報いだと思いますね」

 三嶋の友人、伊東イトウは忌々しく吐き捨てる。伊東は田崎の浮気を知っていたのだろう。それだけの理由でここまで憎む必要はないはずだ。

「何故そう思われるのです?」

 怒りが込み上げてきたのか、伊東は唾を飛ばす勢いで捲し立てる。

「アッコが死んだのも、アイツに殺されたようなものです。田崎はアッコがいながら他の女にも手を出してたんですよ。田崎が浮気相手の方にのめり込んでいった矢先に、アッコは事故死した。これって偶然だと思いますか? 絶対アッコが邪魔になってホームから突き落としたに決まってる」

 他の女にうつつを抜かした田崎は部屋に三嶋との思い出を残していなかったことから、三嶋への未練は既になかったことが窺える。伊東の言う通りだとすれば、田崎が三嶋を殺す動機は充分だ。

 もし三嶋の死に田崎が関わっていたとしたら。田崎へのストーカー被害と彼の転落死は三嶋の復讐と考えられる。三嶋の事故死と田崎の転落死はやはり関係が深そうだ。

「失礼ですが、昨夜零時半はどこで何をされていましたか?」

 伊東はじろりとこちらを睨んできた。

「私を疑ってるんですか?」

「形式的なものです」

 とは言ったものの、友人を田崎に殺されたと思い込む伊東が容疑者の一人であることは紛れもない事実だ。

「その時間は一人で部屋にいました。誰もアリバイを証明できない以上、私も充分疑わしいのでしょうね」

 自嘲した伊東は頭を下げてきた。

「お願いです。アッコの事故のこと、もう一回調べてみてください」

「はい、勿論です」

 僕達は頷き、伊東の元を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 三嶋篤子は田崎の転落死より一ヶ月ほど前、酔ってホームから転落し、終電に轢かれて亡くなった。電車が来る前に線路に転落しており、酔った状態で逃げ出せないまま車両に胴体を潰され、即死だったという。

 三嶋を轢いた電車を動かしていた運転手の芳田ヨシダはかなりのショックを受けて退職。事故直後も取り乱した彼から詳しい事情を聞き出すことは困難で、三嶋の死は事故として処理された。

 僕達は精神科に通う芳田に、医師の付き添いの元、当時の話を聞くことができた。

「お話できることは何も……当時のことは思い出したくなくて、記憶も曖昧で……ああ、でも……ライトに照らされた先、ホームの上にもう一人、人影があったような気がするんです。人を轢いたことが信じられなくて、後から勝手に人影があったことにしたのかもしれないんですが……ああ、なんてことをしてしまったんだ……!」

 芳田は体を震わせて恐慌状態に陥ってしまう。すぐさまドクターストップがかかり、芳田からそれ以上の話は聞き取れなかった。

「芳田さんの話が本当なら、三嶋さんは誰かに突き落とされて殺されたことになりますね」

 芳田が通う医院の帰り道。木下さんの推論に、僕も頷く。仮に、三嶋が誤って線路に転落したのだとしても、もう一人の人影が彼女を助けなかったのだとしたら、彼女を殺したも同然だ。そして、三嶋の死で得をする人物を、僕達は知っている。

「田崎が彼女を突き落とした可能性は高い」

 僕が導き出した結論に、木下さんも頷く。となると、田崎の死も事故や自殺ではなく、他殺の線が濃厚だ。伊東を含めた三嶋の知人や家族を当たれば、犯人に辿り着けるかもしれない。

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