9.裁き

「だ、誰……」

 腰を抜かした高橋が呆然と呟く手前で、三嶋はこちらを恨めしく見上げてくる。

「誰だか知らないけど、邪魔をしないで」

「俺達は警察だ。アンタみたいな陰法師専門の、な。これ以上人を殺させる訳にはいかないから止めに来た」

「警察!?」霞が告げた単語に高橋が色めき立つ。「じゃあさっさとコイツをどうにかしてよ! 私、怖い目に遭ったのよ! 殺されるかと思ったんだから!」

「よく言うぜ。一度にべもなく追い返したくせに」

「それは、疑われるのが嫌だから……って、そんなことはどうでもいいでしょ!? 早く私を助けなさいよ」

 喚き散らす高橋の身勝手な言い分に、霞は閉口して肩を竦めた。

「随分ワガママな女だな。コイツの何が良かったんだか。まあいい、お望み通り助けてやるさ。命だけはな」

「この通り、おれ達はこの人の命をを守る立場にある。それでもアンタがこの人に危害を加えるつもりなら、こっちもさっきみたいに実力行使に出るしかない。大人しくしてくれ」

 雫が三嶋に向けて静かに告げる。先の音波攻撃が彼の仕業だと気づいたようだ。三嶋は観念して項垂れた。

「結局、何もかもうまくいかないのね。恋人には裏切られて殺されて、憎い女への復讐もできなくて。私、何か悪いことしたかな」

「そうだな――お前は、悪くない」

 霞から思わぬ同意を得て虚を突かれた三嶋は、キョトンと目を瞬かせた。途端に高橋が吠える。

「な、何言ってるの! 遼吾先輩を殺したのはソイツなんでしょ!? じゃあ充分悪いことしてるじゃない!」

「黙れ。そもそも、お前が田崎を誘惑しなければこんなことにはならなかった」

 霞から厳しく正論を説かれた高橋は黙り込む。

「言われなくとも、三嶋には然るべき罰を与える。その後はアンタだ。アンタ自身が罪を裁かれることはないだろうが、田崎の所業とそれに纏わる事柄は明らかになる。アンタも周りから殺人犯と寝た女だと後ろ指を指されて生きていくことになる。覚悟しておくんだな」

 謂れのない誹謗中傷が自らに降りかかることを察し、色を失った高橋は脱力して座り込んだ。

「雫」

「うん」

 霞に促され、頷いた雫は口の中で小さく唱えた。使役する式鬼を呼び出す呪文を。

「裁くを好む――狴犴ヘイカン

 雫が名を呼ぶと同時に、室内に竜の尾を持つ虎が現れた。白い毛の混じった虎は、老いてなお迫力を有する。

「彼女に量刑と、然るべき裁きを」

 狴犴は頷くと、鋭い牙で三嶋に噛みついた。しかし三嶋に苦しむ様子はなく、穏やかな表情を浮かべたまま消えていった。

「お前は優しいな、狴犴。彼女を成仏させてくれたんだな。ありがとう」

 雫に撫でられた狴犴はゴロゴロと喉を鳴らすと、空気に溶けるように姿を消した。

「さて、これでアンタを脅かすテケテケが現れることはもうないだろう。アンタもこれに懲りたら、人の男を奪うのは止めるこったな」

 力なく床にへたり込む高橋に言い捨て、霞と雫は彼女の家を後にした。

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