2.奇妙な留守電

 マンションの敷地内で血を流して倒れている男性の変死体が発見されたとの通報を受け、御崎ミサキ署刑事課所属の警察官、神崎カンザキ亮輔リョウスケはコンビを組む池田イケダ警部と共に現場に駆けつけた。

 遺体の身元は既に判明しており、亡くなったのは十階に住む田崎タザキ遼吾リョウゴ、29歳。財布に残されていた名刺から、都内の中小企業に勤める会社員だと判っている。彼の部屋のベランダに面した窓が大きく開け放たれていたこと、ベランダから落下地点が見えることから、自室のベランダから転落したと思われる。遺書らしきものは見つかっていないため、現状では自殺の可能性は低そうだ。

 踏み入れた1Kの室内は男性の一人暮らしらしく雑然としていた。その中で、鑑識が現場検証に当たっている。神崎と池田に気づいた鑑識の米守ヨネモリは、ビニール袋に収められたスマートフォンを見せてきた。

「これ、被害者のスマホだと思われるんですが、フローリングの床に投げ捨てるように落ちてたんですよ」

「被害者はまだ二十代なんやろ。今時の人間が生命線とも呼べるスマホをそんなぞんざいに扱いますかね」

「私もそこが気になって拾ってみたんです。そしたら、昨夜十二時半頃に新着の着信と留守電の通知がそれぞれ残っていて。被害者が発見されたのは翌朝のため、この時間帯に転落した可能性が高いと思われます」

「成程ね。誰やろ、そんな夜中に電話寄越したの」

 不用心にもロックをかけていないのか、ビニール越しに画面をスワイプするとすぐにホーム画面が表示された。電話アプリを開き履歴を見てみると、どちらも非通知の番号からかかってきていた。田崎は着信には応じておらず、田崎が電話に出ないために相手は留守電を残したようだ。

「ふーむ、となると犯人の痕跡が留守電に残っているかもしれんな。よし、再生してみろ」

「そんなヘマしますかねぇ……」

 池田は高圧的な指示を出してくる。神崎はぼやきながらスピーカーモードにして再生ボタンを押した。雨足のようなノイズの音に混じりながら、別の音が徐々に大きくなってきた。

 べちょ……べちょり……

 はっきりと耳に届いた、水を含んだ何かを引き摺る音。すぐ側まで近づいてきたと思うと、ぶつりと録音が途切れた。神崎は咄嗟に背後を振り返る。同じように振り向く池田の寂しい後頭部と、ビニールに収められたスマートフォンを手に固まる米守鑑識の姿。そして変わらぬ現場の光景があるだけだ。

 池田の首が油の切れたロボットのようにぎこちなくこちらを向く。何かに取り憑かれたのではなく、恐怖からくる動きだ。神崎を向いた顔からは血の気が引いていた。

「警部の予想通り、犯人の痕跡でしたね。流石、慧眼ですわ」

「ば、バカもん! あんな……よくわからんモンが犯人であってたまるか!」

 青かった顔を真っ赤に茹で上がらせ、池田は怒鳴る。

「ひょっとすると、これはの案件かもしれませんよ」

「ぬわにぃ!?」池田は零れ落ちんばかりに目をかっ開いた。「いや待て、奴らは何年も前に取り潰されたはずでは?」

「あれ、知らないんですか警部? やっこさんら、つい最近復活したんですよ。ほら、ウチから御子柴ミコシバちゃんが移動になったじゃないですか。あれ、向こうに引き抜かれたんですよ」

「何だとお!? 誰に了解を得てそんな勝手な真似を」

「少なくとも警部じゃないことは確かですねえ」

 彼と先代班長との間の因縁は知る由もないが、池田は相も変わらず彼らに良い思いを抱いていないようだ。神崎自身も代替わりした現班長に思うところはあるのだが、池田ほどの敵愾心は今は持っていない。

「せっかくやし、久々に顔でも見に行ってやろうか」

 池田に聞こえぬよう、神崎は小声で呟いた。

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