トッカイ -特殊怪奇捜査班の事件ファイル-

佐倉みづき

File.1 べとべとさん

1.逃走

 スマートフォンが軽快なメロディを奏でる音で目が覚めた。血の気が引くと同時に、寝る前まで煽っていた酒が一気に抜けていく。アイツだ。毎日毎日、飽きもせずに電話をかけてくる。無視しても、着信拒否をしてもお構いなし。どんな手を使っているのか知らないが、必ず留守電を残していく。おかげでノイローゼ気味だ。

 俺が何をしたって言うんだ。やっぱりを怨んでいるのか? 仕方ないじゃないか。俺は何も悪くない。怨むなら、自分の魅力のなさを怨むべきだ。

 着信が切れた。これを壊せてしまえたらどんなに楽か。でも、大事なデータの入っているスマホを壊すなんてとてもできない。それに、壊しても電話が届いたら? 俺は気が触れてしまうだろう。

「クソっ」

 苛立ち紛れにスマートフォンを床に投げつける。どこかにぶつかりタップされてしまったのか、録音された真新しいメッセージが再生された。

 べちょ……べちょり……

 毎日聞かされる、何かを引き摺る音が鼓膜を震わせ、脳髄を恐怖で満たす。

「ひっ……」

 息を呑む。いる。徐々に近づいてきていたそれが、すぐ背後まで迫ってきている。ここももう安心できない。逃げないと。助けを求めて脇目も振らずにもつれる足を懸命に前に出した。逃げないと。アイツの手の届かないところへ――

「あっ」

 逃げ出した先はベランダだった。手すりにぶつかった勢いで乗り越えてしまい、体が宙に浮いた。重力に逆らえず、ぐんぐんと迫る地面を見て、安堵した。

 嗚呼、これでようやく逃げ切れた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る