第33話 その設定はもう使わないと思う
翌日、朝早く起きた吉井は1階に降り、書類が置いてある棚の前に立っていた。
多分この辺を整理するんだろうな。吉井は3つに分けれられていた数百枚の紙を手に取る。
これメモを見ると、こっちが回収可能でこっちが不可っぽいな。で、昨日ちょっとやってたこっちが回収済みか。
もうやってるかもしれないけど。吉井は回収済みの書類を一枚ずつチェックし貸した金額と回収した金額の合計をそれぞれ計算し差額を出した。その後、回収可能な束を手に取って金利を計算しようとしたとき、あ。そういえば。と顔を上げた。
今日って何日なんだろう。
吉井は部屋の中を見渡すと、数字が書いたカレンダーらしき紙が台所に貼っているのが目に入った。
おお、カレンダーある。こっちも日付あるんだな。それはあるよね、うんうん。吉井は台所に移動しカレンダーをパラパラと数枚めくる。
1週7日の4週かあ。はいはい、今6月ね、で13月まであるんだ。なるほどなあ。ということは、ええと1年364日ね。まあいい、大体一緒だ。わかりやすい方だよ、それはよかった。あ、そっか。トランプこの辺からきてるんだな。13まで数字合ったし。4種の絵柄の1から7までね。いやあ、今日のおれ冴えてるなあ。吉井はトランプの元ネタらしきものに気付いた自分を違う角度から何回か褒めた後、テーブルに戻った。
表計算できない上にソートもないからあんまり意味ないっぽいけど仕事してる感は出しといたほうがいいよな。
吉井は個人別の1枚ものとは別に、吉井は回収可能と思われる債権者を名前、金額、借りた日、住所の一覧を書き上げる作業に入る。
吉井が作業を初めて1時間程度経った時、ススリゴが家に入って来た。
吉井はススリゴに挨拶し、回収済み金額の計算方法をススリゴに相談後、ススリゴが吉井の出した金額を一度チェックすることになり、また現在吉井が作成している回収可能債権者一覧表の経過を報告した。
再び吉井は作業に戻り、ススリゴは金額を確認した後、「そういえば昨日はどうしたんだ?」と吉井に訊いた。
きたな、その質問。そしておれは対応を決めている。
「昨日?」
吉井はススリゴを見ず、作業を続けながら言った。
「そうだ。昨日あれからどうしたんだ?」
「昨日ですか。どうだったかな」
なるほど。とぼけてたら勝手に質問を止めるパターンではないか。それがよかったんだけどな。でも、あっ。
吉井は階段を降りてくるみきが目に入った。
音を立てずゆっくりと降りていたみきは吉井と目が合い、またススリゴがいることにも気付いた様子で、顔の前で無理無理といった感じて手を振り上に戻って行った。
「ああ、そうだ。すいません、連れの若い女。みきって言うですけど」
「それぐらいは知ってる」
ススリゴは紙を置いて首をぐるりと回す。
「そのみきが。なんていうか、たまに嘘をね。ああ、でも誤解しないでください。本人は嘘をついている自覚はないんです。まあでも嘘なんですけど」
「嘘? 昨日のやりとりか?」
「その嘘にね、こっちも乗らないとすごく不安定になるんです。それは村でも有名な話で。でもそれは当然ですよ、本人からしたら嘘でもなんでもないし。例えが難しいんですけど、おれたちには見えないものが見えるっていう感じですね。だってそうでしょ? ススリゴさんだってみんなに、太陽が1つしかない、って言われたら不安になりますよね? だって見えてますもん、2つ。だから昨日おれもそれに乗っかって変なことを言ってしまったんですけど。すいません、説明してなくて」
「それで最後はあんな感情的になってたのか」
そうそう、それそれ。手応えを感じた吉井は心の中でばんばん手を叩いた。
「ああなってからだと時間掛かるんですよ。だから昨日は普通に戻るのが夜になってしまったっていうか。あ、でもそのかわりですけど。やっぱりバランス取れてるっていうか。人ってそうなんだなあ、っていうか。みきは計算とかものすごく得意なんですよ。場合によってはおれより全然早いし。だから使い道はあると思いますけどね」
「そういうことか、だから2万トロンも」
ススリゴは手を口に当てて眉を寄せる。
「あ、でも昨日の2万はそのまま貰っておいてください。家賃の前払いっていうことで」
「ほう、手持ちはあるのか?」
「迷惑掛けたんで。あ、で。計算合ってました?」
「ああ。これでいい」
「それやったのもみきなんですよ。朝起きて一仕事やって今寝てるんです。あ、ちょっと起こしてきますね」
吉井はそう言って席を立ち2階に向かった。
あいつらはどうなってるんだ? ススリゴは吉井が書いた一覧表と回収済み金額を書いた紙を交互に見た。
言わなくてもこれだけのことが出来る。それはいい。一覧表も作りたかったところだった。しかし、あの女はどう扱えば。ススリゴは2階を見上げた後、一覧表に目を落とした。
「吉井さん。やってくれましたね!」
階段の一番上で体育座りをしていたみきは吉井を睨みつける。
「しょうがない。流れでああするしかなかった」
「あんなにファンキーな設定にしなくてもいいじゃないですか! 思春期特有の不安定さ。ぐらいにとどめて置いて下さいよ!」
「いや、今後が楽になっただろ。何やっても、あいつだからしょうがない、ってなるし」
「それを楽って言うのは人間を止めるときですよ」
「でも逆にずっと普通でもいいよ。あれ?あいつおかしくならないな、どうしたんだ? とはならないだろ」
「ああ、まあそう言われれば」
みきはちらちらと階段の下を見る。
「とりあえず普通の感じで下に行こう」
「はい、普通ですね」
普通、普通の感じ。みきはぶつぶついいながら下に降りた。
「あ、昨日はすいません。新しい場所に来た感情の高ぶりが変な形で出てしまって。大分慣れたんで今日からは大丈夫です」
みきは笑顔で言って椅子に座る。
おいおい、本当に普通だよ……。なんか前も出来てたよな、普通に。じゃあなんで毎回それが出来ないんだ? 吉井は首をかしげながら下に降りた。
それから吉井、みき、ススリゴの三人は今後の方針を改めて合った結果、みきは終日家で事務作業、吉井は午前中はみきと同じく事務で午後は回収、ススリゴは主に借り入れの対応をし、必要時は吉井と共に回収に周ることとなった。
今日の午前中は、回収可能なリストの回収日に合わせた金利の計算をすることとなり、吉井はススリゴから一応今日の日付を確認した後、「もう一ついいですか?」と外に出ようとしていたススリゴを引き留めた。
「なんだ?」
「作業終わったら好きにしてていいですかね?」
「ああ、それはかまわない。終わればな」
そう言って玄関に向かったススリゴがドアを開けようとすると、「あ、それ吉井さんだけでなくわたしにも適応するという理解で」みきはおずおずと手を挙げながら言った。
「それでいい」
ススリゴは振り返らずドアを開けて外に出た。
「いってらっしゃーい」
みきはススリゴがいなくなった後軽く手を振りながら姿勢を崩し、椅子にもたれ掛かった。
「さあて、吉井さん。とりあえず何します?」
「そういうところいいよ。人間裏表があるぐらいでちょうどいい」
吉井は紙を束ねトントンと机で端をそろえた後、棚にしまった。
「さっきの裏の顔ですもん。ほら、なんかいるじゃないですか。あの人学校とか職場ではいいけど裏で何やってるかわからないとか言う人いますけど、大体の人は外が裏ですから」
「それは正直どっちでもいいかな。とりあえずさっさと終わらせて午前中余った時間でもう一回ギルドに行こうぜ」
「いいですね。昨日の店でサンドイッチ食べましょう。あ、それとね」
みきは、ふっふと笑いながら指をごにょごにょと動かした。
「わたしすごいこと思いついたんで。せっかくだから道中に言いますよ。石畳の道を足を交互に動かすだけの移動時間が、とても楽しい道のりになるはず」
「はいはい。あ、これやって。金利のやつ」
吉井は数字と日付を書いた紙をみきに渡した。
「ああ、金利の計算ですね。任せて下さいよ、これくらい事実上中学中退のわたしでも楽勝です」
へえ、そこはいじっていいのか。吉井は自分の分を計算しながら思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます