第26話 芋とパン

 

 ススリゴの実家を出た吉井とみきは、暗闇の中ランプの光を頼りに数十メートル進み、隣の住宅まで十分な距離があるのを確認し、ススリゴの実家の敷地内の畑と道が同化しているぎりぎりの場所で腰を降ろした。


「この辺なら万が一突風が吹き荒れてもどっちの家にも迷惑にはならないはずです」

 みきは落ちていた石を拾って地面を掘り起こす。


「へえ、掘るんだ」

「万が一突風が吹いて途中で火が消えたら嫌ですからね。埋めるのも楽だし」


 突風気にしてんなー。吉井はみきの様子を眺めていたが、芋だけじゃ燃えないよな。と横の畑に降り落ちていた枯草と木の枝を集め始めた。


「よしよし。あんまり掘りすぎても駄目ですからね」

 

 みきはパンパンと手を払い、「あ! また汚れるから今払うんじゃなかった!」と言いながら布袋をゆっくりと開く。


「どう、耳ある?」

 穴の横に枯草と木の枝を置いた吉井は、後ろから布袋を覗き込んだ。


「正直暗くて何も見えないです。でもはっきりとは見たくないんで、吉井さんすいませんがちょっと離れたところで高い位置にランプを」

「はいはい。でもそんなに嫌なら布袋ごと燃やせばいいだろ」

「わたしの唯一の収納道具なんですよ。街での物価事情もわからないうちは捨てられません」


 みきは丁寧に芋を取り出しながら、まだいける、まだこの芋もいける。と芋の状態を確認した。


「芋しかないじゃん。袋の中身」

「ある程度は置いてきたんですよ。芋は固いから下に入れていただけで。買い物袋でいうなら、上に肉とか卵とかフランスパンとかあったんですから」


 こいつバケットって言わない派なんだなあ。ちょっと評価上がったよ。吉井がいつからフランスパンがバケットに変わったかについて考えていると、あ、ああ……。これは。みきが芋を手に持ったままうなだれる。


「浸食が始まっています。これ以降は処分の対象になる。思ったより犠牲は多かったです……」

 みきは布袋を逆さにして揺らし、入っていた芋を掘った穴に入れた。


「お、耳あったの?」

「吉井さん。大事なのは結果ですよ」

 みきは布袋をパンパンとはたく。


「わたしは確かに入れた。そして途中取り出しておらず、今入ってない。これで十分だと思いますけど?」

「はいはい。そんなに見るの嫌なのかよ」

 吉井は枯草を芋に掛け、その上から木の枝を適当に乗せた後、ランプを傾けて火を付ける。


「おお、わりと燃えますねえ」

「木足りないかもなあ。取って来るわ」

 

 再び畑に降り枯草と燃えそうな木を拾い集め、ふと顔を上げると、畑に同化した道の寄りの場所で体育座りのみきが暗闇の中じっと火を見ていた。


 小さな火に照らされたみきの、笑っているような、もしくは悲しんでいるような横顔を無駄に見ていたことに吉井は気付き、いや違う。これは違う。雰囲気に飲まれてたけど、これよくあるやつだ。そんなにいい場面ではないよ。あぶねえ、普通のところで無駄に感情を持っていかれるところだったよ。はやく草と木を追加しないと火が消えてしまうからな。

 

 両手一杯に枯草と木の枝を抱えた吉井は、通常の状態となりみきのもとに戻った。


「ちょっと吉井さん。その量この穴にはオーバースペックですよ」

「まあまあ。消えたら困るし」

 吉井はみきの横に座こみ、少しずつ木と草を足していく。


「なんか芋のいい匂いがしますねえ」

「まあ芋を焼いてるからな」

「ですよねえ、焼き芋状態ですもんねえ。ちょっといい感じに焼けてるのを取り出して食べます?」

「いや、おれはいい。耳がどうのこうのっていうのを散々聞いたから」

「あーあ、吉井さん。普通の食事とベッドで日本の感覚に戻っちゃってますよ。村にいた頃なら間違いなく食べてたと」

「それはそっちもだな。楽々死体から耳ちぎってたのにさっきから気にし過ぎだよ」

「わたしの適応能力の高さが裏目に出てるだけですよ。必要ならまた変わりますから。でもまだこの芋を食べようか、止めようかと迷うぐらいは、タフに生き抜いてきたこっちの感覚も残ってますし」

 みきは落ちていた木でつんつんと芋に触れる。


「それもう焼け焦げてるだろ」

「耳のせいだから仕方ないけどもったいなかったですねえ。今度はゆっくりと焼く工程も楽しみながら食べましょう」



 数分後、火が消えたのを確認し2人で穴を埋め終えると、みきは大きく背伸びをした。


「すっきりしたー。これで新しいところに進めますよ。で、その余った草木はどうするんですか?」

 みきは立ったまま夜空を見ている吉井に言った。


「ああ、そうだな。戻してくるよ」

 

 吉井は草木を集めて手に持った後、吉井と同様に夜空を見上げてるみきに、「そう言えばさ、フランスパンのことバケットって言わないの?」と訊いた。


「ああ、なんか癖で」

 みきは夜空を見上げたまま続けた。


「おじいちゃんがあれのことをフランスパンっていうんですよ。で、一回店でご飯食べてるとき、おじいちゃんが店員にフランスパンのお替りを、フランスパンのお替りをお願いします。って頼んだんですけど、バケットですね。って店員に言い直されたっていう事件があって。その後の店の中とか帰り道は普通だったんですけど、家に入った途端わたしに言うわけじゃなく、独り言みたいな感じで激ギレして。どっちでもいいじゃないか! というか、通じてるんだったらわざわざ言い直す必要はあったのか! みたいな感じで。それをソファーに座って聞いていたわたしは思ったんです。これからはフランスパンで統一しようって」

「悲しいけど、どうでもいい話だな」

「そうですね。教訓としては、うーん。なんでしょうね?」

「それがわかってないなら教訓にはなっていないんじゃ」


 しかしこいつおじいちゃんからかなり影響受けてるな。ぶちきれる感じも似てるし。吉井はこれまでのみきの言動を思い出しながら、余った草木を戻すため畑に降りた。


「まだ上見てんの?」

 手を払いながら道と畑の段差を登りながら吉井はみきに言った。


「夜空がきれいだなって。吉井さんも見てたじゃないですか」

「おれは軽くだけど、きみは思いっきりだからな。道中のなんもないとこのほうがきれいだったんじゃないの」

「ほら、あのときはきつかったじゃないですか? みんなモドキでピリピリしてるし空を見上げる余裕なんてなかったんですよ」


 あ、こいつ。モドキって言った。吉井は気が付いたが、たまたまかもしれないと思い今回は見逃すことにした。


「で、さっきの誘われた話なんですけど、やってみません?」

「あ、やるんだ。何で?」


 吉井はなんとなくもう一度空を見たかったが、横でみきが見続けており、今やると2人で夜空を見上げるという絵になるので、さすがにそれはない、と判断し埋めた土をなんとなく足で整えた。


「夜空を見ていたのは関係ないですよ。元村人の勘っていうか」

「関係なくはない感じで見てるけどな。どっちみちトランプ作ることしか決まってないしいいんじゃない。さっきのベッドでの話はなんだったんだ、っていう気もするけど」

「曲がりくねりながらも今正解に辿りついたじゃないですか。あれは無駄ではないですよ。あ、それと今思ったんですけど」


 みきは家に向かって歩き出し、吉井もそれに続いた。


「さっきのフランスパンの教訓。人にはいろんな立場があるよってことだと思うんですよ。今日で言うと芋です。モドキの耳に浸食された芋でも食べたいと思う人と、そうでない人。それはその人たちがいる環境によって左右されるんで、その人たち自体には責任はないんじゃないかなって。フランスパンのおじいちゃんとバケットの店員もそうですよね。それに夜空を見上げて星を見ていると、あの光は今現在見ている人が生まれる前のものなんだなって。だから、あの人の仕事手伝ってもいいかな、って」

「すごいな、言ってること全然入ってこないよ。こんなことってあるんだなってぐらい」

「は? ちゃんといい話になってるじゃないですか」

「あと最後強引だなー。星の光とあの人の仕事のとこ」

「わかりました。年齢か疲れのせいで理解力が衰えているようなのでもう一度最初からちゃんと説明しますから。おじいちゃんは、昔海外に住んでいたこともあったんですよ。だからそれが……」


 うーん。体感的には午前2時ぐらいか? 吉井は横を歩くみきが喋るおじいちゃんの小話を理解しようと聞いていたが、おじいちゃんが好きな「静かなるドン」の話になったとき、タイトルは知っていたが中身を読んだことがなかったので、理解するのを諦めただ家までの道を歩いた。

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