第25話 寝室にて


 おれのところで働かないか? という誘いについて、2人でじっくり検討してから明日に。そう返答した吉井とみきは老夫婦に指示された部屋に入った。


 部屋はススリゴがいた場所より少し狭く、ベッドが一つと二人掛けのテーブル、椅子が置いてあり、吉井は、最後で妙に疲れたなあと思いながら荷物を床に降ろし、椅子に腰を掛ける。


「吉井さん、ベッド一つだけなんですけど」

 みきはベッドに座り靴を脱ぎながら言った。


「見た感じそうだな」

 吉井はススリゴに分けてもらった豆を一つ食べ、果実酒を飲む。


 青白い月明かりがぼんやりと部屋を照らす中、何でここにいるんだろう。ここはどこなんだろう。吉井はこの世界に来てから数十度目の確認を行っていた。


「もういいですよね? わたしが、あなたと一緒になんて寝れないから。みたいなことを言うやり取り。互いに端に寄りながら寝ましょう。それとも一応揉めます?」

 みきはあくびをしながら、ほらほらと枕をぐるぐると回す。


「いや、ありがたいよ。そこ短くできるなら」

 吉井はみきがいるベッドの逆側に横になった。


「あ、そうだ。寝る前にさっきの件を」

「あの人のとこで働くっていうやつか」

「この流れ、厳密に言うと仲間になってません?」

「確かにな、でも」

 吉井はテーブルを引き寄せて果実酒のボトルを手に取り一口飲んだ。


「大枠でみたら仲間っていうか雇い主と従業者だから。一緒に行動するわけじゃないし」

「どうでしょうねえ。わたしから見たらアウトですよ。だって実際に戦うわけじゃないけど、でも。うーん、例えが上手くでてこない」

 みきは寝返りを何度も繰り返す。


「そうだなあ。部隊と母艦で指示してる人みたいな感じ?」

「すいません、わたしそれ系の見ないんで。何かロボっぽいのに乗るアニメだめなんですよ」

「おいおい、ちょっと待て。ざるの目が粗すぎるぞ。そのくくりだとめちゃくちゃアニメこぼれおちていくじゃないか」

「例外はありますけどね。エバーとかは平気です。あれロボじゃないし」

「まあその辺はいいよ……。ああ、じゃあさ。プロスポーツのチームのコーチと選手みたいな感じ?」

「うんうん。そうです。もうそれは一つのチームじゃないですか」

「そう言われればそうか」


 さっき言ってた金融業はススリゴ一人でやっているわけではないだろう。だからそこで働くとなると、どうしても関わりを持つ人が増えていく。その場合面倒なことが今後起こることは間違いない。

 

「やっぱり断るべきだな」


 吉井がそう言うと、「それが出来たらどんだけ楽かなって思いますね、わたしは」みきそう言った後、むくっと起き上がり、枕をクッションにしてベッドボートにもたれかかる。


「だってわたしたちここのこと全然知らないじゃないですか。情報を得るには知り合いは作っておいて損はないですよ。むしろこっちからお願いしたくらい」

「確かに。そう言われればそうだな」

「でもこっちにだってばらしたくない情報あるじゃないですか。やばい土がもうないとか、吉井さんの強さとか。それを出すタイミングっていうのもあると思うんですよ。でも誰かと関わることによってそれが左右されるっていうのはちょっと」

「うん、まあそう言われればそうだけど」


 せっかくどっちがベッドで寝る、寝ないの話をショートカットできたのに。ここで長くなんのかよ……。吉井は眠気をこらえながら枕に顔をうずめる。


「で、わたし思うんですけど。あの人に関しては仲間というわけじゃなくて、生きるためのパートナー、として捉えたらどうかなと」

「生きるためのパートナーと、仲間の違いについてはもういいよ。それでいこう、生きるためのパートナーで」

「ちゃんとしてくださいね、しばらくは心を許さないでください。現代の義務教育の水準の高さから考えて、わたしたちは会社で実績を上げまくるはず。褒められますよ、必要とされますよ、さらなる活躍を求められますよ、でもあくまで生きるためのパートナーですから」

「わかったよ、明日あの人に伝えてくれ。あなたは生きるためのパートナーだと」

 吉井はみきの逆側を向き目を閉じた。


「あ、そうだ! ギルド登録についてなんですけど。これ確認しないと寝させられません!」

 みきは吉井の肩を強く揺さぶる。


「いいじゃないか。せっかくだから登録したって」

 吉井は目を閉じたまま振り向かずに答える。


「なんかずっと、恥ずかしいだろ! みたいなこといって強いの出さなかったから、ああ、この人そっち方向で行くんだな。強いの出さないでやっていくんだな、って思ってたのに」

「だから前も言ったけどこれは自意識の問題だって。あれだ、例えばスーパーで買い物するときに、大根、がんも、卵、牛筋、はんぺんとかを一緒に買うの嫌だろ?」

「え、なんで?」

「うーん、感覚的なもんなんだけど」

 吉井は起き上がった。


「レジの人に、この人今日おでん食べるんだ。おでんの素を買わないのは前買ったの残ってるんだ、って思われるはきついっていうか」

「ええー。それはないですよ。それなら鞄持ってない状況で家から割と遠くのコンビニでペットボトル買ったとき、このままでいいですか? って言われて、すいません。袋をお願いしますって言う時の方が嫌ですよ」

「それは違うな。自意識とは別の問題だ」

「全然わからないです。っていうかさっきのレジの人って誰の立場なんですか? 兵士? ススリゴさん?」

「それはまあ例えだから、誰が誰ってわけではないけど……。でもな、ギルドならいいじゃないか。仕事でやってくれ、って言われてるからやるっていう立場だから」

「く、下らない。結局つええしたいんじゃないですか」

「ああ、したいね。そりゃしたいだろ、実際つええんだから」

「はい、大体理解しました。そういうことですね」

 納得した様子のみきは枕を戻し横になる。


「もう寝ていいのか?」

 背中を向けたみきに吉井は声を掛けた。


「いいです。人の目を気にしていていたわけじゃなくて、人の目を気にしている自分の目を気にしてたってことでしょ。より矮小な気がしますが自覚はあるようなので」

「まあどう思うかは受け取る人次第だ。きみの受け取り方はおれが否定することではない。おれができることはきみの受け取り方を変えるような行動をとることだからな」

「説明すればするほど遠くなりますね。明るいから閉めますよ」


 みきが手を伸ばして窓側にあるカーテンに手を伸ばしたとき、「あ、そういえば」と吉井は起き上がった。


「あのオオカミの耳どうしたの?」

「耳? え、なんの耳?」

「ほら、ええと。オオカミモドキの耳。最初のほうの洞窟で耳切ってただろ?」


 みきは一瞬固まった後、「あ、ああ!」と声を上げた。


「すいません、忘れてました。なんかいい頃合いで使おうと思ってたんですど。もう雰囲気的には章変わってますよねえ……」

 と部屋の隅に置いている荷物を見る。


「え、じゃあずっとあの布袋に入れてたの!? まじか!」

「やっちゃいました。さすがにこちらの衛生管理状態でも推奨はされてないです。多分芋の下にいっちゃってから目に入らなくて。ねえ、吉井さん。見るの怖いんですけど……。残した給食を机に押し込んでる状態で1学期を終え、そして今夏休み明けを迎えた感じなってる例のやつじゃ」

 みきはシーツを持った手を震わせた。


「しゃあないな。明日の朝にでもあの布袋ごと庭に埋めるしか」

「それはまずいです。そのパターンだと犬の散歩中に発見され、通報を受けて中身を見たこの地域の見回りの人が、モドキオオカミの耳だー! って言いふらし騒ぎになってそれが国のえらい人の耳に入ることに。あ、すいません。耳が続きました。で、ここのススリゴさんの家の人が疑われて大変なことになるはず」

「じゃあ、より深く掘ればいいだろ。犬の手が届かないくらいに」

「いやいや、それができないから完全犯罪って難しいんですよ。でも、もう使い道ないんですかねえ、だってモドキオオカミの耳ですよ! 誰でも手に入れられるものじゃないんですよ!」


 吉井はベッドを降りて布袋を掴みみきの目の前に差し出した。


「これ持って移動できるのか?」

「う、それを言われると。知らなかったわたしと知ってしまったわたし。もうあの頃には戻れないです。背中が気になって歩けないです……」

「はあ、しょうがない。ちょっと行ってくる」

「え、なんかあるんですか? この問題の解決方法が」

「いや、いくらでもあるだろ」


 そう言って部屋から出た吉井は、数分後ランプを手に戻って来た。


「ススリゴさんから借りてきた。家からちょっと離れたら軽くなら燃やしていいって」

「おお、それはいい案ですよ。大概の場合は灰になったらこっちの勝ちですからね」


 吉井はランプみきは荷物を持って静かに階段を降り、音を立てないよう細心の注意を払って玄関のドア開け外に出た。

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