第24話 まずは要塞から


「吉井です、入りますよ」

 2回ノックした後にドアを開け吉井はススリゴの部屋に入った。みきは、「失礼しまーす」と言いながら吉井に続く。


「来たか、まあその辺に座ってくれ」

 ベッドに座りサイドテーブルに置いた果実酒を飲みながら、ススリゴは部屋にあった2人掛けの椅子とテーブルを指す。


 8畳程度の部屋はベッドサイドのランプの光だけで、こういう部屋の感じ。こういう雰囲気に飲まれてはだめだ。なにか薄暗い白熱灯の明かりだけだと、心がなんとかなってどうのこうのっていうのがあった気がする。吉井は気を引き締めようと、持ってきた先程の果実酒を瓶から直接口にした後、ゆっくりとススリゴを見ながら椅子を引いた。


「で、なんでしょう。わたしたちに用って」

 椅子に座ったみきは腕を組みながら言った。


「お前らこれからどうするんだ。何か予定はあるのか?」

「そうですねえ。わたしたちも色々と考えてはいますよ。ねえ?」

 みきは足で吉井のふくらはぎを突く。


「そうだな。途中で寄った大き目の街にあった、あれ」

「ニガレルンか」

 ススリゴは果実酒を飲み、乾いた豆のようなものを口に入れる。


「そうそう。そこであったギルド? ああいうところに登録しようかと」

「……え? 吉井さん、え」


 みきは吉井を見て固まった後、「わたしそれ聞いてないんですけど!」と言いつつテーブルをどんと叩いた。


「ギルドか。そういえばお前腕は立つのか? 結局おれたちは実際見てないからな」


 困ったな。吉井は果実酒を一口飲んだ。この問いはどっちに転んでも恥ずかしいぞ。いやあ、全然できないです。って言ってごまかして、後ですげえ! ってなるか。今説明して馬鹿にされて後ですげえ! ってなるか。


「すいません。ギルドの話は一旦置いといてですね」

 

 みきはそう言った後、小声で、「どんだけつええしたいんですか? わたしは呆れましたよ。後でゆっくり説明してもらいますから」と横目で吉井をにらみつける。


「こっち、っていうかラカでは。うーん説明が難しいんですけど。例えばわたしが、すごいものを作ったとするじゃないですか? 勝手に開く扉とか、勝手にパンが作れる機械とか」

「勝手に? どういう意味だ。扉が意思を持つのか?」

「あ、すいません。自動で、そう。自動でに訂正します。それでそういうものを作った後、後追いっていうか真似した人がですね、わたしにそのアイディアの使用料を払うとかそういうシステムってあるんですか?」


 ススリゴは一瞬考えた後、口を開く。


「そういうのは聞いたことがないな。大体にして一つの新しいものができたときは多数がそれを模倣して改善し発展していくものではないか?」


 正論っぽいなあ。なんかそういうものな気がするなあ。吉井は反射的にうんうんと頷く。


「いや、そうなんですけど。それをやってしまうと最初にやった人が、報われないっていうか。なんかすげえこと思いついたな、頑張ったな! っていう拍手だけでは生活できないっていうか」

「少なくとも後世に名前は残るし、そんな特殊なものを考えつくような人間が目の前の金とかそいういうものに興味を持つのか? それにどうしても知られたくなければ、工夫すればいいだろ」


 ぐ。なんで。い、言い返せない。みきは拳を握りしめて呟いた。


「まあまあ。特許みたいなものはないってことだ。わかっただろ」

「吉井さん。これは計画の変更が必要です。まずトランプを作成する前に要塞のような研究所を作って、情報統制から始めないといけないと」

「いや、あれの性質上使った時点でばれるだろ……」

「うーん、言われてみればそうですね。じゃあ方向性を変えましょう。トランプの作成、これもやりますがルールという情報を売ることに」

「ああ、なるほどね。セット販売か」

「あ、なんか今見えました! わたしたちが書いたルール紙とトランプが飛ぶように売れていくのが!」


 ルール紙ね、さすがにルールブックっていうと違和感があるよな。そのまま紙に書くだけだもんなあ。吉井は見出しっぽく【大富豪】【7並べ】と書かれその下にルールが書いてある紙を想像した。


「それさ、ルールある程度小出しにした方がいいんじゃないの。月ごとに変えるとかさ」

「あらあら、さすがアラサーはいやらしいですねえ。最初買った人にも新しいルール欲しさに買わせるつもりですか」

「ルールがどういう感じで広まるかだよな。もう知ってるからいらないよ、ってなるかもしれないし」

「まあその辺は市場を見て判断しましょう。じゃあ最初のセット販売のルール何にしますかねえ」

「うーん。1発目はインパクト欲しいよな」

 吉井はあごに手を当てていくつかのルールを思い浮かべる。


「そうですよねえ。じゃあポーカーいっちゃいますか」

「いや、ごめん。やっぱり最初はその場で理解しやすいほうがいいかも。神経衰弱で小さな波を作ってからのー、みたいな」


 またこいつら訳の分からない言葉でしゃべり出したな。ススリゴは果実酒が空になったので1階に行き新しいボトルを持ってきたが、戻ってきても二人の会話は続いており、「おい、話が進まないからちょっといいか?」ススリゴは果実酒の封を開けながら言った。


「あ、ああ。すいません。じゃあ吉井さん。今度思いつく限りのトランプのルールを紙に書いておいてください」

「わかったよ。さっき考えたら思ったより出てこなかったけど」


 吉井とみきはススリゴの方に椅子を向け、で? という状態を作る。


「おれは中で金貸しをやってるんだが」

「へえ。それは店をやっている人とかの経営者?それとも一般の人に?」

 これは面白そうだと吉井は身を乗り出した。


「どちらもやっているが。メインは街の住民向けだな」

「町金ですね、うんうん。そのジャンル読んだことありますよ、吉井さんは?」

「おれも一応漫画喫茶で昔読んだことはあるけど。どれぐらいの利息とってるんですか」


「そうだな。いくつかあるが」

 

 いきなりそこに興味を持つか。ススリゴは戸棚から紙と鉛筆を取り出しながら思った。


「1,000トロンを貸したとすると、3日後3,000トロンだな」

 ススリゴは紙に数字を書き、とんとんと鉛筆で叩く。


「ね、ねえ。吉井さん」

 みきは震えながら吉井を見た。


「や、やばすぎますよ。町金っていうか闇金ですよ……」

「トイチだっけ。10日で1割でけっこうなもんで、場合によってはトゴっていうのもあるって見たけど。それでも10日で5割だぞ。これ10日で何割なんだよ……」


「あの、ちょっと」 

 吉井は遠慮がちにススリゴに向かって手を挙げた。


「この利息。ラカラ、ラカ? ここではでは合法扱い?」

「合法? 双方の合意があってやってるんだ。何が悪いんだ」

 ススリゴは首を傾げながら吉井を見た。


「わたしからもいいですか。これどういう感じで増えるんですかね」

 

 みきが紙を指差すと、「こういう金額になる」ススリゴは紙に、1,000トロン、3日後3,000トロン、9日後9,000トロンと書き足した。


 3日毎に3倍か。これ返せる人いんのか? 吉井は紙を見ながらどういう人が借りるのかを想像した。


「吉井さん、これトイチどころか。うーんと、トヒャク近いんじゃ……? あー、ここ3年使ってなかった脳の部分が震えてます」

 みきは目を閉じて首をぐるぐる回す。


「いや、無理してトで言わなくてもいいとは思うけど」

 

 吉井は下を向いて考え込みながら。ええと、だけど。と指を折って数えた。


「おいおい。今言ったのは例外だ。それにこれは3日までに返せば利子なし。そういう契約になっている。通常は1,000トロン貸した場合、3日後に1,100トロンだ」


 ススリゴはさらに紙に書き足して吉井を見た。こいつはどう思うんだろうな、この説明を受けて。


「例えばなんですけど」

 吉井は紙の文字を眺めながら続ける。


「1,000トロン借りたとして30日後で2,000トロンですか?」

「あ、ああ。そうだ」


 こいつ、やっぱり。あんな村で育ってなんですぐわかるんだ。毎回新しく雇ったやつに説明するのにどれだけ時間が掛かるか。

 ススリゴは吉井に対しての警戒心が高まったのを感じたと同時に、より興味を持っていることも理解していた。


「ああ、そっちはそういう計算なんですね。なんかすごく良心的に思えるっていう」

 みきは紙に計算式を書いて頷いた。


「どっちみちすげえ金利だけどな。単利なのが多少のやさしさなのか」

「ああー、なんでしたっけ。それ」

「ごめん。おれも雰囲気で言ってるから。もう一個のやつなんていうかわからないし」

「あれですよ。元の金額に金利が乗ってくるかどうかってやつでしょ。多分ですけど」


 みきは口元を手で隠し、「計算めんどくさいからですよ」と小声で言った。


「なあ、お前ら2人でおれのとこで働かないか?」

 ススリゴは吉井とみきが話しているのを遮り、自身が持てる最大の笑顔で言った。

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