第23話 知り合いの家というかススリゴの実家
「へえ、トロンっていう単位でいうんですね。お金のこと」
みきは布袋から1枚取り出し、「これは何トロンですか?」と夫に尋ねた。
「それは1万トロンです。西の方では使わないんですか?」
「そうですね。単純に1枚とか枚数でやり取りしてました」
まあ村では金銭のやり取りそんな無いから別に不自由なかったのか。吉井はテーブルに置いた金貨を手に取って感触を確かめた。
なんか12倍ぐらいって言ってたな。ということは5万トロンって60万円かよ。高いなあ、あの塗り薬。
「で、他のもあるじゃないですか。村っていうかわたしは個人的に金貨、銀貨、銀貨(下)ってわけてたんですよ。そっかあ、単位あるんですねえ」
「やっぱりトロンで数えた方が便利だと思う。枚数だったらどの貨幣か混乱する場合もあると」
夫は妻が入れたお茶を飲み、妻は果実酒を入れたコップを吉井の前に置いた。
吉井はなんとなく酔うのが怖くてワインに手をつけていなかったが、しゃあない、注がれた分は飲もう。と礼を言ってから木製のコップに口をつける。
「ですよねー。トロンか、トロン」
その後もみきはいくつか質問し、銀貨は1枚100トロン。銀貨(下)は1枚1トロンということを聞き出した。
「そういえば2人は村でどういう関係だったの?」
妻は再び夫の横に座り、2人に尋ねる。
「わたしたちの関係、ですか。えーと、義理の姉妹の、子どもではあるんですけど。すいません、それがどういう状況かが……」
「義理のいとこです。おれとみきは2人とも養子で。2人の親は姉妹なんですけど、それも血が繋がっていません」
吉井は、そういうことだよな。と自分の立場を頭の中で相関図を作って位置付けた。
「そう……。それは複雑だわ。ねえ」
妻は夫に同意を求めるように言った。
「はあ? そりゃ、ただの他人じゃねえか」
食事を終えたススリゴはあくびを噛み殺しながら言った。
「おい、そういう言い方はするな。見てみろ、実際2人はよく似ている。やはりどこかでつながりもあるだろう」
夫が言うと、妻は、そうそうと頷く。
「ねえ、吉井さん。このわたしたちが似ているっていう話、今後もずっとされるんでしょうか……」
みきは吉井にだけ聞こえるように小声で言った。
「絶対続くな。あれだ。ええとサッカー選手だと、インタビューの最後に『あなたにとってサッカーとは』っていう質問。あの感じで人変わっても同じこと訊かれるよ。もう答え決めとこうぜ」
吉井はみきに合わせ耳打ちするように言った。
「あー、わかります。あの本当に質問しょうもないですよね、あなたにとって数学とは。会社とは。財布とは。ピアノとは。わたしが質問者の上司だったらまじで怒りますよ。はあ? ちょっといい感じに締めたつもり? と。あれほんと意味ないんですよ。建築家の密着インタビューの最終日に聞いたとしましょう。あなたにとって建築とは? って。仮に家族です、って返ってきたとしたら、また訊くでしょ? なぜ家族なんですか、って。そしたら、まあこれも仮に、離れたくても離れられないものだからです。みたいな返事とかで。それだったらね。間の家族いらないじゃないですか。なんでそんな中途半端な謎かけをしないといけないんですか。だから、例えば70代ぐらいの人にね、あなたが建築を続ける理由はなんですか? って訊くのはいいですよ。で、答えが、わたしにとって建築とは家族のようなものだ。離れたくても離れられないしね。だったらいいです。それならいいです、でもね……」
「さすがに長いって」
吉井はみきのすねを、自分の靴のかかとで打った。
「みなさん、ごめんなさい。ちょっと家族のことを考えていたら混乱して」
みきは水を一口飲み、にっこりとほほ笑んだ。
「ま、まあ。疲れているんだ。2階に上がって左に部屋があるから2人はそこを使えばいい」
「食器はそのままでいいわ。ゆっくりしてね」
夫妻は立ち上がり食堂を出た。
「おれは2階に上がって右の部屋にいる。寝る前に寄ってくれ」
ススリゴはそう言って果実酒のボトルを持って階段に向かった。
「ふう。行った、か」
ススリゴが視界から消えると、みきは姿勢を崩し椅子にもたれ掛かる。
「行ったか、じゃねえよ。電車のアナウンスもだけど、無駄にヒートアップして日本語でぶつぶつ言ってるからさ。完全に様子のおかしいやつだぞ」
「すいません。電車のアナウンスとあなたにとって~とは。の話はわたしの中で思い出し怒りの対象で。っていうか、薬あんなに高いの!?」
みきはテーブルに置いてあった薬をいそいそと鞄にしまい込む。
「やっとその話ね。あれ原価いくらなの?」
「村の傍に川あるじゃないですか。あれしばらく下るとちょっとため池みたいになってるとこあって。そこに生えてる草をつぶしてお湯でぐちゃぐちゃにしただけなんですけど」
「へえー。実際効くの?」
「どうなんですかねえ。体感的にはアロエぐらいじゃないですか? 使ったことないですけど」
「しかし、あれで60万なら二人で運んだとしても結構な金に」
「あー! あんなんで5万トロンならもっと持ってくればよかったー! あれ家にあった自分用のやつなんですよー!」
「でも見分けつくのか? 他のやつと。効能も劇的ってわけではなさそうだし」
吉井は木の箱を開けてると、薄い緑色のクリームが中に入っていた。
「そうですね。切り傷に塗ってすぐ治るとかじゃないですから。数日経つと、あれ、治り早い? みたいな。で、なんか村の人に聞いたところによると、この色合い出せないみたいです。ラカにある色んな塗料を使っても」
「微妙な効き目の薬なんだなあ。でもこっからだと往復1カ月以上掛かるうえにドーム丘のある土地で取れたものだから、レア感が価値を上げてんのかね」
「わたし最初あの村の人達がどうやって生計を立ててるのか全然わからなかったんですよ。なんか大体みんな家にいるんですもん。で、ある時なんか近くにニガなんとかより規模小さいんですけど、ちょっとした集落があってそこに薬を売りに行ってるって知って」
「へえ、どれぐらいで売ってたの?」
「一旦売ってそれで食料買ってたんですけど、樽にぱんぱんに入れて持っていっても、そこまでの利益は出てなかったと。だからお金に換算したとしたら」
みきは塗り薬の容器をテーブルの上で転がした。
「大体っていう言葉では甘いくらい適当ですけど。これぐらいなら100トロンってとこじゃないですかねえ」
「そっか。そんなもんか」
まあここに来るまで仲介がめちゃくちゃ入ってるんだろうな。吉井は道中の小さな村、街の景色が頭に浮かんだ。いや、それはいい。それよりも。
「なあ、いきなりトロン使いまくってるけど。円を大事にするって話はどうなったんだよ」
みきは、はあ。ため息と共にテーブルの上で頬杖をつく。
「試し切りですよ。新しい武器を手に入れたときとかの。言ったでしょ、いきなり実戦では使えないって。もっと言えば、これ大丈夫かな? っていうぐらい流行りに思いっきり乗っかった若干攻めた服をね、いきなり友達の前で着れますか? っていうことですよ」
「ごめん、例えが2個入ってもうなんのことか」
「円を思う気持ちはありますよ、横浜生まれ横浜育ちのわたしの心には。ただ実際使うのはトロンだっていいじゃないですか。で、どうします? ススリゴさん呼んでたけど」
「ああ、それね」
なんか誘われそうな感じだよなあ。会話の節々に認められた感あったし。吉井は階段を見ながら思った。
「とりあえず行って見よう。あれも継続でいいんだよな。仲間はしばらく入れないっていうの」
「当然です」
みきは椅子を引いて立ち上がる。
「あの人は、そうですね。関わりは持っておいて損はなさそうですけど、1巻の表紙の端にいるっていうぐらいの距離感で行きましょう」
「はいはい。主人公グループの端で横顔ぐらいの感じね」
「うん、そんな感じで」
みきと吉井は階段を登りススリゴの部屋に向かった。
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