第21話 ラカラリムドル周辺
翌日の夕方、ラカラリムドル周辺に辿りついた吉井達は、ススリゴのこの道から行くと街の全貌がよく見えるというアドバイスにより、少し遠回りして山を登り開けた場所から街を見下ろしていた。
「なあ、思ってたより規模が……」
「はい……。わたしもこれほどとは」
吉井は自分と同じように呆然としているみきに言った。
目の前の平原に畑のようなものが所々あったが、それは街の中心に向かうにしたがって整地され広大な農地となっており、その先には高密度の住宅地が広がり地平線と馴染んでいた。
また街には大きな川が流れそれが農地へと等間隔で枝分かれしており、再び住宅地に目を移した吉井は大きな山をいくつか見つけ、山ってあんな感じで街にあるものだったか。と自分の記憶を探ったが、時代背景の違いということで一応は納得した。
「こ、この規模はちょっと予想外です。マインクラフトでも作るのが大変っていうか。これ人口数万じゃきかないですよ」
「だよなあ。広さも琵琶湖ぐらいあるし」
「すいません、それ滋賀県出身の人しかわからない例だと」
「日本で一番有名な水場なんだぞ。あ、そういえばみきは出身どこなの?」
「滋賀県出身の人には酷な話かもしれないですけど」
みきはそう前置きした後、横浜? と半笑いで吉井を見た。
またかよ。吉井はこれまでの自己紹介でのやりとりを思い返す。
神戸のやつも出身聞いたら、神戸っていうんだよ。兵庫県でいいだろ。あ、そういえばこの前、函館って言ってたのもいたな。横浜もそうだけど、なんだよ港町のやつは都道府県で言わないって決まりでもあんのかよ。
確かにおれが滋賀の大津っていっても、どこ? ってなる。それはわかる大体おれは犬上だけど。でも、それとこれとは。あ、犬で思い出した。昨日のウサギ、今日の朝にでも確かめようとしてたけど思いっきり忘れてたな。まあいい、うん。いいよ。それも含めて、まあいい。吉井は考えていたことを一旦置き、「横浜か、いいね」と笑顔で言った。
「あと、1ヵ月単位で気になってたんですけど。あの人たち魔物のこと、たまにモドキって言ってません?」
「そうだな。最初からだろ、村長の家のときから」
「ええ!? そうなんですか。じゃあずっと?」
「え、今気づいたの?」
吉井は呆れた表情でみきを見た。
「奇跡的にスルーしてたんですねえ。全然知らなかった」
「おれ訊いたよ。なんでモドキっていうんですかって。3、4日前かな、夜の当番のとき」
「へえ。わたしが寝ているときにそんな裏話が」
「で、知ってるんだって。魔物っていう言葉も、そうやって言う人たちがいるっていうことも」
「ほうほう。ではなぜ」
「ニュアンスとしてはだな。うーん、入れ歯洗浄剤っていろいろあるけど、全部まとめてポリデントって言ってしまうような。いや違うな。モスバーガーをモスって言ってる感じ。そうだな、それが近い」
「全然わからないんですけど。なんか漫画とかアニメでないんですか」
アニメかあ。えー、なんかあったかなあ。吉井は脳内に浮かんだタイトルを整理する。
「そうだ。魔物=白いモビルスーツ、モドキ=ガンダム。そういう感じ。うん、これ以上はない」
そうだよな、多分。吉井は何度か頭の中で反芻した。
「うーん。大体わかったんですけどもう一押し欲しいですねえ。声優で例えるなら?」
「ごめん。声優はおれあんまり詳しくなくて。一応1話のエンディングでは一時停止して確認はするんだけど」
「はいはい、その程度ね。わたしは観てる時点で新人以外は大体わかりますけど」
「すげえな。あ、そう言えばあれだ。きみはオオカミモドキって言ってたけど、中央のほうでは、モドキオオカミっていうらしいぞ」
「え……逆なの?」
「そうそう。都会ではな。楽しみだよ、きみが街に入った後どっちを使うのか」
「え、いや。それはだって」
「ここではみんな平等さ。横浜育ちも滋賀県育ちも、な。ああ、いいんだぜ」
吉井は含み笑いで続ける。
「向こうでできた新しい知り合いが数人いたらさ、おれがいないところでモドキオオカミって言っても。大丈夫、新しい街、新しい環境だ。急にカラコン入れてもおれは気にしないから」
「やめてくださいよ。そんなことでわたしは変わりませんから。まあ、ただ」
みきは改めて街を見た。
「わたしは適応能力高いんですよ。だからここでも生きてこられたんです。ゆえに、ほら。あれですよ。どこか地方に転校したみたいな感じっていうんですか? そこにしばらく住んでたら言葉のイントネーションは変わるかもしれません。でもそれは馴染もうと思って意識して変えるわけじゃないから。逆に恥ずかしいじゃないですか。無理して変えないっていうのも。自然に任せるだけですよ」
あ、こいつ絶対魔物のことモドキって言うな。吉井はそう確信した。
こいつら最後まで逃げなかった。ススリゴはラカラリムドルの規模に驚いている様子の二人を無表情で見ていた。
ニガレルンの時と、それに昨日だってたまたまモドキではなかっただけで。契約があったとは言え普通なら逃げだすだろう。まあそれを踏まえての話だし、こちらは別にいいんだが。大体あいつらはオーステインの出身だ。モドキに遭遇する機会もあって怖さもよく知ってるはずなのに。
ススリゴは改めて思う。今後おれの前に現れるだろうか。自分の命を犠牲にしてまで約束を守ろうとするやつが。
「あのう、こっから宿屋とかそういう宿泊施設までどれぐらい掛かります?」
転校して数カ月経った頃、その地方の言葉で話すかどうかの話を終えたみきは、ススリゴに訊いた。
「見ただろう? 今の時間からじゃ農地歩いてるだけで夜だ」
「ですよねえ。いや今日に着くって言ってたんで一応」
「おれは知り合いの農家の家に泊まろうと思ってるけど、お前らも来るか?」
ススリゴは顎で農地を指した。
「え? いいんですか。田舎に泊まっていいんですか?」
「いいぞ。多少金は払ってもらうが」
「ねえ、どうします? 田舎に泊まれるみたいですけど!」
みきは吉井に声を荒げて言った。
「なにを今さら。3年間泊まりまくってきたのに」
「人の家は別ですよ! だって、考えても見て下さい。日本でわたしが吉井さんの家に泊まったら田舎に泊まろうが成立するけど、吉井さんがわたしの家に泊まったら、もう田舎に泊まろうじゃないじゃないですか。タイトル詐欺ですよ」
「おい、文脈に関係なく滋賀県をさげてんな……」
「気のせいですよ。じゃあ言ってきます」
みきは少し離れて立っていたススリゴの傍に行き、「すいません。泊る話よろしくお願いします!」と言って頭を下げた。
「ああ、聞こえてたからな。それならこのまま真っ直ぐ進むぞ」
ススリゴは指で山を下るルートを示す。
「お、行くとこ決まったのか?」
少し離れた場所にいたはっきり言う兵士が3人の輪に入り、「どうすることにしたんだ、お前ら?」と吉井とみきに尋ねる。
「これから吉井さんとススリゴさんの知り合いのとこに泊まるんですよ。そっちは?」
「ああ、そうなんだ。おれらは帰るよ。できるだけ早く戻りたいんだ」
「なるほどなるほど。ではここでお別れですねえ」
みきははっきり言う兵士に歩み寄り右手を差し出した。
「お前らがいてよかったよ。少しは気がまぎれた」
はっきり言う兵士はみきの手を握り返す。
その様子を眺めていた吉井は、おれも一応やっとくか。と思い、はっきり言う兵士に近づき、色々助かりました。お前のことも結局よくわからなかったけどな。いや、別にそんな。と2、3言会話を交わしながら握手をした。
「あれ、もう1人の人は?」
みきは最初黙っていた兵士を探した。
「ああ、あいつ先行ったよ。どうしても早く帰りたいんだって」
「ええ、まずいですよ! 今がこの旅で一番死ぬところなんですよ! 早く行ってあげてください!」
「なんだそれ? 一番死ぬって」
はっきり言う兵士は最初黙っていた兵士が向かった方向を見た。
「だから一番死ぬんですって! 先に1人行ったんなら、場合によっては魔物に襲われてて、それを見つけたあなたが、うおおお! って立ち向かうけど結局死ぬんですよ。それをわたしたちは後で知ることになるんですよ! ねえ、吉井さん。まずいですよね? 一番死ぬとこですよね?」
みきは同意を求めるように吉井を見た。
「面倒だから日本語で言うぞ」
吉井はそう言い小声で続ける。
「きみの言うことはわかる。でもフラグみたいなのがあるとしたら、おれが護衛してても街に入って解散した後、なにかに巻き込まれて殺されるから。ずっと見てるわけにもいかないだろ? 大体おれ的にはピークは昨日の夜だから、もうこれからは大丈夫だと思うけどね」
「それ危険ですよ。だって吉井さんの観てきた偏った経験でしょ。わたしは『愚者は自らの経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というのをアニメで学んだんですよ。歴史を紐解くと、やはり別れたときが一番死ぬときが多かったように思います」
「うーん、じゃあ普通に途中まで一緒に行く。これでいいだろ」
「そうですね。ここで別れるよりは大分ましです」
みきはススリゴとはっきり言う兵士に途中まで一緒に行こうと提案し、2人共別に問題ないという返答だったので、吉井と共に先に行った最初黙っていた兵士に追いつくため走った。
前を走る2人が見えなくなると、ススリゴは横に立っているはっきり言う兵士に、成功報酬の受け渡しとボーナスを支払うことを告げた。
「へえ、ボーナスまでいいのか?」
「ああ。こういうのは結果だ。仲介したあいつに渡しておくから受け取ってくれ」
「そりゃあどうも」
その後ススリゴとはっきり言う兵士は吉井達を追うように歩き出したが、会話はなくただ無言で山道を降りた。
最初黙っていた兵士に追いついたみきと吉井は、一緒に行く必要性を説明するも理解してもらえず、みきの、今が一番危険なんですよ! という声が何度も山道で響いた。
そうしているうちに、ススリゴとはっきり言う兵士も合流し、渋る最初黙っていた兵士をはっきり言う兵士がなだめながら街に向かって進んだ。
農村地帯に入る頃、はっきり言う兵士は、「おれたちこっちけど」とススリゴが向かおうとした反対方向を指した。
「ここまで来たら魔物は来ないんですよね?」
みきは心配そうに兵士2人を見る。
「ああ、この辺までモドキが来たっていうのは、あんまり聞いたことが無いからな」
「おい、早く行かないと」
久しぶりに喋った最初黙っていた兵士に引っ張られるように、はっきり言う兵士も歩き出し、じゃあなーと3人に向かって手を振った。
「いい人達でしたね。ちょっと考え方がこっちの世界寄りすぎでしたけど」
そう言ってみきは最後に大きく手を振る。
「そりゃあこっちの人だからな。お、もう先行っちゃってるぞ」
吉井は先に進んでいるススリゴに気付き歩き出した。
「あらあら。情緒がないですねえ」
みきは最後にもう一度兵士達を見た後、吉井の後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます