第20話 色見本ないと無理かも
翌朝、兵士達が部屋で準備をしている間に、みきは部屋の隅で昨日の夕食の残りをひざ掛けで隠しながら食べていた。
やっぱりやましい気持ちあるんだなあ。吉井はその状態のみきに声を掛けられず、先に部屋を出て食堂で座っていると、明らかに二日酔いのススリゴが部屋から出てきて、吉井の顔を一目見た後に宿の外に出た。
最後にもう1回ギルドに行って確認してくるのか。吉井は一瞬ススリゴに付いて行こうと思ったが止めて、兵士達とみきが食堂に来るのを待った。
そして数十分後、宿に戻ってきたススリゴは食堂に集まっていた4人に、追加の兵士は来ない。ずっとここにいるわけには行かないので今日出る。と告げ部屋に一度部屋に戻った。
「くそ。このまま行くのかよ」
はっきり言う兵士はそう言って立ち上がり、飯の分は働いてくれよ。と吉井の肩を何度もばんばんと叩く。最初黙っていた兵士は、吉井とみきを交互に見た後、はっきり言う兵士の後を追った。
決めた、次魔物出てきたら思いっきりやってやる。みきすら引くぐらいつええしてやる。出て行く兵士を見送った吉井は思った。
ニガレルンを出てしばらく歩くと見晴らしのいい街道に出たが、兵士2人とススリゴは落胆を隠さず無言で歩きつづけた。
みきは、景色いいですねえ。風も気持ちいいですねえ。と数分毎に見て感じたことを大き目の声で話していたが反応するものはおらず、何度目かの結果的には独り言の後、ああもう、耐えられない! と後方からタッタッと早足で歩いて一番前に立ち、後ろ歩きのままススリゴ達に向かって両手を広げた。
「皆さん、聞いて下さい。わたし、みきは普通の村人ですが、この吉井さんは規格外の男なんですよ、言ってしまえば強いんですよ! もう朝だろうが夜だろうがもう関係なし。今までも大丈夫だったし、これからも大丈夫です。だから普通に、明るくなくていいんです。普通に、ただ普通に旅する感じで歩いて下さい!」
それを聞いたススリゴは一瞬顔を上げた後、再び正面を見て歩き、はっきり言う兵士は、なんだそれ、と大げさに笑い、最初黙っていた兵士は口元をひきつらせて苦笑いを浮かべた。
「な? おれこれが嫌だったんだよ」
吉井は上げた両手を静かに戻しているみきを憐れみつつ言った。
「わたしはみんなを安心させようと。すいません、それもあるけどこの空気に耐えられなくて……」
「ほら、いいから後ろに戻ったほうがいい。次魔物出たらおれ、これ見よがしに力を見せつけるから」
「ほんとですか……?」
みきは半泣きで吉井を見つめる。
「絶対お願いします! 後先考えなくていいです。もうバランスとかどうでもいいんで!」
「ああ、わかった」
やってやる、もう知らんからな。やってやる。吉井は決意を胸に秘めまっすぐ前を向いた。
そしてニガレルンを出発してから15日目の夜、吉井達は結局魔物に1度も遭遇しないまま明日にはラカラリムドルに着くところまで来た。
兵士達とススリゴの雰囲気はかなり和らぎ、野営の準備をしている最中も、これまでより多く会話が生まれ、また最後の夜だから楽しくやろう。というはっきり言う兵士の提案により、皆が持っていた食料を使い切ったことで、これまででもっとも長く、また騒がしい夕食となった。
「よかったですね、吉井さん。みんな明るくなって」
みきは両手に乾燥した肉を持って笑顔を浮かべる。
「ずっとどきどきしてたよ。いつ来るかって」
「そんな感じでしたよねえ、やたら拳握りしめててるし。この贅沢食い最高です!」
みきは持っていた肉を交互に口にする。
まあいいか。道中の重い雰囲気は辛かったし、つええできなかったけど。今後あるだろ、見せつける機会も。なんなら今日これからあるだろ、流れ的には。吉井は手に持っていた芋を食べた。
夕食後は今日の見張り当番のはっきり言う兵士と吉井以外はすぐ横になり眠った。
そして数時間後、吉井は違和感に気付いて何もない暗闇を見た。
あれ、これ来たか? でもなあ、これまで何回もあったんだよ。神経が尖りすぎててなんでも気になってしまうっていうの。ロックオンの範囲が広がちゃってるっていうか。葉っぱが風で飛んでるだけでもいちいち反応してたからなあ。意識そらしても葉っぱがひらひらするだけでスヌーズうるさいし、面倒だから途中から気持ち切ってたんだけど、最後だしさっき付けたからかなあ。
もう少し様子を見てみよう。と吉井はそのままにしておくと、はっきり言う兵士が、おい、お前ら起きろ! と叫び、兵士とススリゴが目を覚ました。
「あっちだ、あそこ!」
はっきり言う兵士が後ずさりしながら指差した方向に、動物の目と思われる光が点々とあり、それを確認した吉井は考えた。
もう少し引っ張るか。で、この人達の前で暴れるっていう。でもなあ、もともと道中この人達が辛そうだから安心させるために、思いっきりつええしようという話だったけど。もう最後だしなあ、無理にしなくてもっていう。あ、そうだ。倒した後、魔物を見せて、やってやったんすよ。おれ強いんすよ。でいいか。よし、それで行こう。見せつけるっていうのは変わらんしな。
吉井は、とりあえずおれ見てくるんで。と3人に言い、体育座りをして寝ているみきに立つように促したが、眠いっていう感覚以外ないぐらい眠い。と目を閉じたまま、ぼそぼそと喋るだけだったので、吉井はみきを引きずって指差した方向に向かった。
残された3人はそれぞれ最小限の荷物を手に持ってその場から逃げ出そうとしたが、夜に動いた方が危ないのではないか、というススリゴの意見によって、いつでも動けるようにと体勢を整えながら、暗闇のなか吉井達が向かった方向を見ていた。
数十秒後、動物の目の光が見えなくなり、吉井達が戻って来た。
「お、おい。どうだったんだ?」
はっきり言う兵士は吉井に近づいて肩を揺すった。
「ああ、もう大丈夫ですよ」
「大丈夫なのは見てわかる!あれはモドキだったのか?」
「なあ、さっきのってどうなの?」
吉井は横で座りこんでいるみきの手を引き立たせた。
「すいません。人って立ったまま寝れるんだなって思いました」
「おやすみなさい、では詳細はまた明日に」
そう言ってみきは自分の野営していた場所に行き再び横になった。
吉井はみきを何度か揺すったが、まったく起きる気配がなかったため、3人がいる場所に戻り、知ってるんですよ、おれ。でも一応確認というか。やっぱ場所によって色々あると思うんで。だからほんと一応聞くだけなんで。両手を組んだり離したりしながら吉井は言った。
「魔物と普通の動物の見た目の違いってなんですかね」
「はあ? お前今さらなに言ってるんだ?」
はっきり言う兵士は焚火の傍に座り込んだ。
「いやだから。地方によって違いあるじゃないですか。あっちじゃモドキ? って言わないし。ハマチとブリみたいな、ああ。これはいいです」
「一般的には黒くなると言われているがな。おれも実際それほど見たことはないが」
ススリゴは、はっきり言う兵士の横にある大きな石に腰掛けた。
黒くなるって何……? 存在が? やっぱりそういう感覚的な部分で捉えてるのか。吉井は、うんうんと頷いて、最初黙っていた兵士に、あなたは? と手のひらを向けた。
「何かの加減で体毛の色が変わる。これは共通だと思うけど」
なるほどなあ。それならいいわ、黒くなるね。吉井は先程のウサギ程度の大きさの動物を思い出す。でも体毛が黒って言われても夜だし視界がなあ。というか夜は動物なのか魔物なのか見分けられないってことか。いや、それってどうなの? それにもともと体毛が黒い動物って見分けられないってこと?吉井は疑問を抱えてたまま、そうですよね、そうそうと納得している風を装う。
「一緒ですね。その視点で言えばさっきのは茶色、暗めの茶色っぽい感じだったかも」
吉井がそう言うと一同は安堵の表情を浮かべた。
「おお、そうか。しかしお前すげえわ、よく行ったよ。命知らずだな! おい、飲めよ。水だけどよ!」
はっきり言う兵士は水筒を吉井に手渡した。
「どうも。あ、そういえば」
吉井はたき火の近くにあった木に火を付けた。
「ちょっともう一回確認しとくんで、さっきのとこ行ってきます」
「え? いや、いいけどよ。一応気を付けろよ」
はっきり言う兵士はそう言った後、ススリゴが口を開く前に吉井は歩き出した。
これ何色? ウサギのような動物の亡骸を焚火で火をつけた棒で照らした。
黒っちゃ黒だけど。いまいちわからんな、茶色っていえば濃いめの茶色だし。蛍光灯の下ならわかるんだけど、この火の明かりじゃ微妙すぎる。やっちまったなあ、力入ってたから思いっきり行ったし。おれですら一瞬すぎて正直ウサギか魔物かわからなかったんだよなあ。でもこれを今向こうに持っていって、おれがこの魔物やったんですよ。って言って、は? 魔物じゃないしってなっても嫌だしなあ。それはめちゃくちゃ恥ずかしいよ。色の感覚って人によって若干違うし。せっかくいい雰囲気になってきたからあんまり壊したくないんだよ。
くそ、みきが起きてたらな。こういうときにいると茶色で失敗したとき助かるんだけど。
吉井はウサギのような動物の亡骸を埋めて、ススリゴ達のもとに戻り、やっぱりウサギでした。と言いながら、見張りをしていた場所に座る。
明日の朝、早起きして色確かめよう。そんで魔物だったら明日の空気を見つつ必要に応じて、おれがやったんすよ。って見せつけよう。吉井ははっきり言う兵士に貰った水を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます