第19話 遭遇

 

 村を出てから2週間程度、野宿とたまに近くの村に泊まるということを繰り返した5人は、ニガレルンの街並みを目視できるところまで辿りついていた。


 自然と弛緩していく空気の中、吉井と変わって一番後方にいたみきが、あれなんですかねえ。犬なのはわかるんですけど犬種まではちょっと。と最初黙っていた兵士に言いながら、道を少し外れた森の中を指差した。


 最初黙っていた兵士は、みきの指差した方向を見て、あ……、と一瞬固まった後、おい、急げ! と声を張り上げると同時に振り走り出た。ススリゴとはっきり言う兵士もそれに続き、一番前にいた吉井は早足で後方に向かいながら、おれがやれば大丈夫ですから。とすれ違う3人に言い、みきを連れて森の中に入った。


「なあ、あいつら本当に行きやがった! どうかしてるぞ!」

 はっきり言う兵士は時折振り返って2人の位置を確認する。


「けど、助かりました。時間稼ぎにはなる」

 黙っていた兵士はまっすぐ前を見ながら走った。


 現時点では判断できんが、これを続けるのなら100万の価値はあるかもしれんな。それならニガレルンで探す兵士は1人だけでもいいから優秀なのを。

 無言で走っているススリゴの意識はニガレルンで雇う兵士にいくら払うかということに移った。



 数十分後、塀の上から外を見ていたはっきり言う兵士は街に向かってくる2人を確認すると、下で塀にもたれて座っていた最初黙っていた兵士に、あいつら戻ってきたぞ! と大声で言った後、吉井とみきに向かって大きく手を振った。



「なあ。さっきの犬みたいなの魔物なの?」

 吉井は両手で手を振って兵士に答えているみきに訊いた。


「魔物か魔物じゃないかでいうと。そうですね、2匹いたでしょ、右にいた方は魔物ですよ。それは間違いないと思います。全然違いましたよ、うん。やっぱり本物だな、って」

「いや、なんかないの? 明確な違いは」

「それはその。ほら柔道とかでは組んだ瞬間相手の強さがわかるっていうし。その辺は必要ないっていうか」

「いや、普通の人なら組んだら死んでるだろ。じゃあ村の人達も感覚で見分けてたの?」

「だからあ!」

 みきは両手を振るのを止め吉井を睨んだ。


「魔物すごく強いんですよ! 普通の人ならすぐ気づくんですよ! 吉井さんがなんか適当にやっつけるからわかんなくなるだけで」

「え、ああ。そうか。なんかごめん」

「魔物特有の圧倒的なスピードとパワー。わからないはずないじゃないですか! だけど吉井さんもわたしから見たら早過ぎて、逆に吉井さんにはどう見えてるんですか」

「うーん。なんかゆっくり動いているように見える」

「おいおい、まってくれよ。お兄さん」

 

 みきは大げさに、はっはは、と笑う。


「それだとね。わたしたちといるときどうなるんですか? 超スローで、ぉうんぃんとねえええ。わああぁぁたしがあぁあ、ねえぇえぁえ。とか言ってるんですか?」


 そう言われるとな。吉井は自分の感覚をみきに伝えようとしたときに、ふと思いついた。


「ずっと前からさ。漫画とかアニメで強いやついるだろ」

「いますねえ。それが?」

「おれ、そのキャラクター達と同じ状態なんだよ。あいつや、友達が死んだと思い込んでいたあいつと、あいつ。それにあいつも。いろんな漫画の登場人物の強い感じっていうのが、今実感としてわかった」

「ちょ、ちょっと。冷静になってくださいよ。結局その登場人物が強いのってコマの中だけですよ。現実の感覚と一緒にされても」

「なんていうか。フルオートで敵が来た時にロックオンしてる感じかな。だから日常では普通。でも、あれなんかおかしいな? って体が反応した時だけ、スローになるっていうか。まあ自分でもゆっくり見ようと思ったり、早く動こうって思ったら調整できるんだけど」

「ねえ、吉井さん。そんな都合のいい自動制御って……」

「まあ自動運転で車が走ることもできるんだ。その辺はいいんじゃない?。お、もう着きそうだぞ」

 吉井は街を囲む壁を指差した。


「あの、全然納得できないんですけど……」

 

 みきは、なにそれ。どういう状態? とぶつぶつ言いながら吉井の後を歩いた。



 ススリゴは笑顔で出迎えていた兵士達とそれに答えている2人を置いて、ニガレルンのギルドに行き兵を募集したが、行きにススリゴ達が魔物に襲われた噂が広まっていたこともあり、その日ギルドの終了時間までに応募してくる兵士はいなかった。


 ススリゴはギルドの外で待っていた4人に、今日はニガレルンで泊ることを告げ、ギルド職員から紹介された食堂と雑魚寝ができる部屋がいくつかあるだけの簡易的な宿に5人で向かった。

 

 翌日の朝、もう一度ギルドを訪れたススリゴは、もし来たとしても連れには言わないでくれと窓口の職員に頼んだ後、募集の値段を倍にして丸1日待ったが、やはり1人も集まらなかった。


「無理ですよ。いくら待ったって」

 ギルドの受付カウンターの奥に座っている中年の男は、落胆しているススリゴに少し同情しながら募集要項が書いた紙をひらひらと揺らした。


「もう何日か待てば人は集まるのか?」

「どうでしょうね、難しいと思いますよ。知ってます? 最近魔物の様子がおかしいって」

「ああ、ラカラリムドルでも少しそんな話を聞いたな」

「今までいなかった魔物がいたり、いた魔物がいなかったり。読めないんですよ、魔物の動向が。だから個人で護衛をしてた兵士も今は様子を見てるようですね」

「そうか、わかった」

 ススリゴはそう言ってギルドを後にした。


 宿に戻ったススリゴは全員を食堂に集め、5人でラカラリムドルに向かうことになったことを告げた。

 兵士たちは戸惑いを隠せず、特にはっきり言う兵士は怒号交じりでススリゴに詰め寄ったが、ススリゴから同じ内容の説明を何度も受けた後、最後は最初黙っていた兵士に促されて2人の兵士達は落胆したまま部屋に戻った。

 

 ススリゴはしばらく食堂の椅子に座っていたが、ちょっと出てくる、と吉井達に言い宿から出て行った。


「なんかまずいことになってますねえ」

 みきは兵士達が置いていった分の食糧に手を伸ばした。


「うーん。思ったより兵士って集まらないもんなんだな」

「でもススリゴさんは別室だからいいけど、わたしたちあの落ち込んだ兵士と同室ですよ……」

「あの人達が寝てから戻ろう。同じ空間はさすがにきつい」

 吉井は外で買ってきた野菜スープを器のまま飲んだ。


「吉井さんがはっきり言わないからですよ。心配ないって」

「おれ言ったぞ! 犬みたいなの探しに行った時!」

「あれ、小声過ぎるでしょ。なんか今だ! みたいに言ってたけど聞こえてすらいないと思いますよ。でも、おれがやれば大丈夫ですから。って。あはは、いやー。あれはよかったですね」


 みきは、おれがやれば、おれがやれば。と吉井の声真似を繰り返した。


 こいつ聞こえてたのか……。あの後言われないから、みきにも聞こえてなかったとばかり。確かに、おれがやれば大丈夫っていうのはちょっときついものが。吉井は激しく後悔しながら下を向いた。


「もっと言葉じゃなくて行動で示さないと」

「いや、言葉でも行動でも示したよ。犬を撃退してるし、大丈夫だって言ってるし」

「なんか弱いんですよねえ。もっとインパクトが必要ですよ」

「言っただろ、フルオートだって。正直みきが見つける前におれ犬に気付いてたし、みんな知らないと思うけど、地味に途中違う犬の魔物っぽいのを1回撃退してるんだよ!」

「ええ……。そうなんですか。それ言わないと気づかないし。やっぱりあの人達の目の前まで魔物が迫るのを待たないと」

「それも思ったけど。でも無駄にあの人達を危険にさらすこともないだろ。自分の力を見せつけるために」

「はいはい、そういうことにしておいてあげます。あなたの自我が崩壊してしまいますからねえ」

 みきはテーブルにある食料を一つの皿に集め始めた。


「さすがにそれぐらいで駄目にはならないから。で、それどうすんの?」

「明日の朝ご飯ですよ。わたしの」

「まあいいのか。残したやつだし」

「ちょっと。その言い方はやめてください。これは余ったやつです。残したって言われるとわたしが卑しい感じが出るじゃないですか!」


 どう違うんだ……? 吉井は思ったが黙ってみきの作業を見ていた。


「食事の準備も終わったし。じゃあ吉井さん、2人が寝ているか見てきてもらっていいですか?」

「ええ? おれかよー。てか早過ぎない?」

「2人共疲れてるだろうしもう夢の中ですよ。もし起きてたら次わたし行きますから」

「次はそっちだからな」

 と言い吉井は部屋に向かった。


 部屋の前に立った吉井がゆっくりとドアを開けると、兵士達は窓側に並んで座り何か小声で話している。

 吉井は、すいません。ちょっと忘れ物を、と言いながら自分の荷物を一度開けた後、何かを取るしぐさをしてから、じゃあまた後で。といいドアを閉めた。


「だめだ。全然寝る気配ない。それにそうとう暗いぞ」

 食堂に戻ってきた吉井はため息と共に椅子に腰かける。


「ああー、やっぱりそういう感じなんですねえ」

 みきは食堂のテーブルに突っ伏した。


「ねえ、吉井さん。ここで限界まで眠気をためてから向こういって速攻寝ましょう。それしかないですよ」

「そうだなあ。それしかないか」


 その後2人は吉井の強さが今まで読んだ漫画の中ではどれが一番近いか。ということを話し合っていたが、結論が出ないままみきが眠さの限界に達したので、2人で部屋に戻った。


 失礼します。とみきがゆっくりドアを開けると兵士達は寝ており、よしよし。またしても作戦の勝利ですよ。と言いながらみきは持参のひざ掛けにくるまった。


 吉井はしばらく眠れずに、横になったままドアを何となく見ていたが、がたがたと音がして、足音の感じからススリゴが戻ってきたのがわかり少し体に力が入った。そして隣の部屋のドアが大きな音で開き、そして、どんっ、とさらに大きな音で閉まった。


 荒れてんなあ、なんか申し訳ないよ。もうちょっと上手くおれが強いのを伝えられればよかったのに。吉井は再び後悔しながら目を閉じた。 

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