第14話 結局は数だと言っていた
村長の家に入ったみきは村長とその場にいた村人に、非常にデリケートな問題だからわたしに任せて欲しい。もし失敗した場合は副村長として全責任を負う覚悟がある。と告げた。そしてそれを聞いた村長は大きく頷いた後に、任せたぞ、と言い残しその他と共にぞろぞろを家を出た。
「すげえな。どんだけ信頼されてんだよ」
「やっと気づきましたか、これがわたしの立場ですよ。一般の村人ではないってことがわかったはず。あ。吉井さん。ここから相談するときは日本語でいきましょう。聞かれては困る内容もあるでしょう」
「まあいいけど」
吉井とみきは3人の債権者の正面に座った。
お、なんだこれ。吉井は目の前に置かれた紙に気付き手に取った。
「国からの書面で、内容は今回の回収する債権の依頼書だ。見るのはいいがお前らの中で文字が読めるやつがいるのか?」
ススリゴは、このような状況に陥る原因を作った自分に苛立ちを覚えつつ、紙を手にしている男とその横にいる黒髪の2人を見た。
タフタ達がしていた国の債権を購入し自分達で回収するという話。ススリゴは最初にそれを聞いたときから興味を持っていた。
当初は自分も共同購入者となって遠征に帯同することを考え、50万トロンの債権の半分より少し多く出せば連中も納得するのではないか、と30万トロンを用意した。
しかし徐々に3人の雲行きが怪しくなり、債券を単独で安く購入できる好機と捉えたススリゴは、タフタとの交渉の結果、当初出資する予定の30万トロンで購入することができた。
購入後、オーステインに行くために必要な護衛をギルドに依頼を出すことも考えたが、等級だけで判断するのに不安を感じたススリゴは、割高にはなるが自分のつてを使って正規兵から募集しすることに決めた。
もともと中央の正規兵の基本給は他業種から見ると低く設定されており、都度派兵するときに内容に応じて実費を追加する仕組みであるため、一部の階層及び実力者を除いては皆別の仕事を持っていた。
ススリゴは150万トロンを使って仲介者に注文。3日後に7人の兵士が集まったと人づてで連絡が入った。
ススリゴはイイマの食堂に仲介者を呼び出して支払いを終えた後、7人という中途半端な数よりは、もっといい人材を2~3人のほうがよかったのではないか? と目の前で食事している仲介者に言った。
「実際行けばわかると思うが」
そう前置きして仲介者であるミナトロンはグラスを傾けた。
「もしモドキに遭遇した場合、多少腕が立つぐらいではどうにもならない。だから結局は数なんだよ。でも安心していい。1人はまともなやつが見つかったから。どっちみち、まともな兵士2人はあの金じゃ無理だしな」
「配分はどうしたんだ?」
「150万だろ? そのまともなやつに80万、残りのやつに一人10万で60万。手数料でこっちに10万」
「数カ月拘束の兵士とお前が同額、か」
「この短期間にすぐ動けるまともなやつを1人見つけたんだ。それだけでも価値はあるよ」
「そういうもんかね」
ススリゴは納得できないまま食事を続けた。
「あ、そうだ。向こうでは」
食事を終えた後、果実酒を飲みながらミナトロンは言った。
「1万トロンを1枚って言うらしい。貨幣の枚数で数えるみたいだ」
「それは知らなかったな。なぜだ?」
「さあ? 数の概念が少し違うんじゃないかな」
ミナトロンはもう1本同じものを、と厨房に向かって空になったボトルを揺らした。
「おい、飲み過ぎだ。じゃあ100トロンはどう表すんだ?」
「いいじゃないか、たまに会ったときくらい」
ミナトロンは注文したボトルを店員から受け取とり、自分のコップ注ぐ。
「それも銀貨で1枚だ。まあ価値が変わるわけではないからね」
「それならいいんだが。しかしどうでもいい情報だな」
「おいおい、せっかく教えてやったのに。向こうに行ったら合わせたほうがいいと思うよ。しかし、なんというか君らしくないね。なぜ人を雇ってまでこんなことを?」
「深い意味はない。たまには外に出るのもいいと思っただけだ。果実酒はこれで最後だからな」
ススリゴはそう念を押し、ミナトロンのグラスに酒を注いだ。
「わかったよ。では君の成功を願って」
グラスを掲げた後、笑顔を浮かべミナトロンは一息で果実酒を飲み干した。
改めて考えるとずいぶん遠い場所だ。割りに合わないのは間違ってないな。ススリゴはミナトロンが頼んだ果実酒を自分のグラスに注ごうとした時に、ふと気付いた。
たまには外に出たい、それも本当だ。しかしそれだけではない。おれはあの3人が、そうだな。そういうことだ。
出発の当日、まともな兵士に40万その他の兵士に5万を前金で渡し、残りは成功報酬とすること。また20万は活躍に応じてボーナスを支払うことを説明した後、ススリゴと7人の兵士は街を出た。
当初まともな兵士が魔物を撃退したときススリゴは、これはいい人材を雇ったと安堵した。そしてその後も何度か魔物に遭遇したが、まともな兵士を中心にその他の兵士が連携を取りながら撃退し、問題なく進んでいった。
しかし概ね中間を過ぎた頃、野営の準備をしていたときにそれは起こった。
日が殆ど落ちかけた中、当番が火を焚いて簡素なスープを作り終え、それぞれ食事を始めようとしていた頃、ネズミ程度の大きさの魔物が、鍋から器にスープを移そうとしていたまともな兵士の指を噛みちぎった。
まともな兵士の叫び声により周りは騒然となり、慌てた誰かが鍋をこぼして火が消え、さらに混乱が広がった。
立ち直ったまともな兵士はすぐさま槍を取ったが、その逆の手の指も同じように噛みちぎられた。
掴んでいた槍を落としパニック状態となったまともな兵士は、足でネズミのような魔物を蹴り飛ばそうと、わめきちらしながら走り回った。
それを見たススリゴは素早く荷物をまとめた後、他の全員に向け、この場を離れろ!と怒鳴りつけた。
そして数十秒後には、まともな兵士の右大腿部に向こう側が見えるぐらい大きな穴が開き、まともな兵士は嗚咽を漏らしながら倒れ込んだ。
そして、その場を離れようと走り出したススリゴが最後に振り返ると、魔物はまともな兵士の足先を食べているということが、まともな兵士の叫び声でわかった。
明け方まで無言で進み続けたススリゴ達は見通しのよい川辺に着き、全員が倒れ込むように腰を下ろした後、昨日の夜の見張り当番への叱責が始まった。
ススリゴを除く全員の兵士が見張りの兵士を責め、結果次に魔物が襲ってきたときはその見張りの兵士が相手をすることが決まった。
そして8日後の朝、目が覚めた1人の兵士がウサギ程度の魔物を発見した際、前回見張りをしていた兵士は、2人の兵士に槍で脅されて無理やり前に押し出され、数分後に魔物に生きたまま腹部を食われながら死んだ。
その後ススリゴ達が魔物に遭遇した際は、誰か一人が魔物に殺されて食われるか、生きたまま食われるか、の状態になったときに残りが逃げる、ということを繰り返すこととなり、オーステインに着く4日前には5人目の兵士が死に、当初8人だったメンバーは、ススリゴ他2名の兵士の3人になっていた。
こんなはずでは。こんなことは予定外だ。大体オーステインに行くまでモドキに遭遇するなんて街道を通っていれば2~3回程度だと言っていたではないか。
村長の家で座り込んでいるススリゴは仲介者のミナトロンがが喋っていたことを思い出していた。ただ、あれだけは合っていたな。
結局は数だ、と。ススリゴは膝の上に置いた手を組み直した。
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