第15話 ラカ、……ラ?


「なあ、これ見ると国が300枚の債権を50枚で転売したみたいだな」

 書面を眺めていた吉井は小声でみきにささやいた。


「え、ずるい! なんでそんなことが」

「オオカミが出たって報告を受けた国が、回収面倒になって安く売ったんじゃないか」

「あー、なるほど。ってあと、もういちいち言うのもしんどいんですけど、吉井さんこっちの文字読めるんですね……」

「うん。読めるな」

「また土の恩恵で納得させようと! いくらなんでも万能すぎません!? だって土ですよ、土!」

「いや、あれ生きてたんだろ?」

「生きてたとしてもさすがにやりすぎですって。なんで土が文字理解してるんですか!」

「それは多分ほら。言葉と一緒でドーム丘が文字を理解していたか、文字を理解している人をだな」

「おい、何を言ってるのかわからないが早く300枚を用意してくれ。こっちも予定がある」

 ススリゴは指で床を叩いた。


「ああ、すいません」

 そう言った後、みきと目を合わせた吉井は部屋の隅を指す。 


「なんか気になってるっぽいからさ。ちょっと隅で打ち合わせしよう」

「いいでしょう。やっぱり打ち合わせは端っこですからね」

 

 吉井とみきは部屋の奥にあるキッチンのようなスペースに移動した。


「今結局何枚あるんだっけ」

 吉井は腕を組んで3人の様子を見ながら訊いた。


「みきは、全部で212枚ですね。増えてないかなーって何回も数えたんで。あ、なんか裏に書いてありますよ」

「へえ、見せて」


 吉井はみきから紙を受け取り、書かれている内容を確認する。


「おいおい、50枚をさらに値切って30枚で買ってるっぽい」

「はあ? 安すぎません? 逆ぼったくりですよ!」

「結果10分の1か。そりゃあ買いだったのかも」


 なるほどなあ、こうやるんだ。吉井は『*月*日 30枚でこの債権証明書を譲る タフタ』という文章を読み返した後、ちょっと話してくるからここにいて。とみきに告げ、紙を持って3人の前に座った。


「早く金を用意してくれ。お前は持ってないんだろ?」

 ススリゴは吉井を諭すようにゆっくりと目を見て言い、横に座っていた兵士の1人も、そうだ。早くしてくれとススリゴに続く。


「要はですね。200枚払うんで、それでいいよ、みたいな内容の裏書をしてもらいたいんですよ」

「おい、お前は何を言ってるんだ?」

 ススリゴは立ち上がって吉井を見下ろす。


「で、100枚分なんですけど」

 吉井はススリゴを無視して兵士2人に視線を向けた。


「おれとあっちにいる女が一緒に行きます。で道中、魔物が出たらおれらを囮にして逃げていいです。ほんと気にしなくていいです。本人達が納得していることですから」

「え、いいのか?お前らに死んでもらっておれたち逃げるけど。あ、2人同時はもったいないから1人ずつだぞ!」

 興奮して一気に喋る兵士と吉井の視線が合った。

 

 はっきり言うなあ。吉井ははっきり言う兵士を見て思った。


「いいです。なんか歩いていたら危険な位置ってあるんですかねえ。一番後ろとか前とか。そこでいいんで」

 そう言ってもう一人の兵士にも視線を向ける。


「それなら一番後ろがいい!そうだよ、な」

 はっきり言う兵士はもう1人の黙っていた兵士に同意を求めるように言い、その後二人の兵士は、前だ、いや後ろだ、と吉井を気にせず相談を始めた。


 そうだよなあ。村人みたいなのを囮にして生き延びるって、気にしない人は気にしないだろうけどちょっとね。でも今回は本人たちがいいって言ってからな。

 それにみきが言ってた出張所みたいなの。さすがに中央っていう場所に行くまであるはず。5、6日で行ける距離でもなさそうだし。そこで強めの兵士でも探せば帰れるだろ。大体、この2人の兵士が生き残ったのは倒したからじゃなくて、殺されなかったからっぽいし。2人死ぬ人間がいるって思ってくれれば。


「高すぎる。ここからニガレルンまで2週間あれば着く。そこで兵士を雇えばいい話だ!」

 ススリゴは振り返って2人に向かって言った。


「そのニガレルンからここまでで3人死にましたけど」

 最初黙っていた兵士はススリゴを睨みつける。


「だからと言って100万も払ってはここまできた意味が!」

「死んだ5人分前金しか払ってないはずだ。それだけでも十分あんたにとって利益があるだろ。兵士以下の人間が2人付いてくるんだ、絶対まずそっちから死ぬ。それであいつらをモドキが殺すか食ってる間に、あんたはおれたちが逃がす。ニガレルンまで2回の遭遇ならおれたちは助かるんだ、それでいいだろ!」


 はっきり言う兵士が立ち上がってススリゴを指差して怒鳴ると、それをきっかけにススリゴを加えて3人で言い争いが始まった。


「なるほどねえ。そういうやり方ですかあ」

 隅から戻って来たみきは吉井の横に座った。


「やっぱり帰り道に兵士を雇うつもりだったんだな。それまでがきついよ、精神的に。というか今言ってたけど5人も死んだらしいぞ、ひどいな」

「でも他の村で雇えばいいんじゃないですか? ニガなんとかに行くまで村あるし、もっと安く行く人いそうですけど」

「でもいなかったときの絶望感がなあ。帰るだけでもこの人たちにとってはでかい賭けだから、できるだけ生きる確率は上げたいだろ。それにまたここに戻るのはつらいぞお。大体、兵士はおれらに金払うわけじゃないし」

「あ、でも!」

 みきは、はっとして吉井を見た。


「もっとスマートにできるじゃないですか。吉井さんオオカミモドキ倒せるんだし、あれいけたら大体大丈夫ですよ。だから単純に護衛して100枚まけてもらえば」

「そりゃ思ったよ。最初に、でもなあ」

 

 吉井は未だ言い争ってる三人を見た。


「結局こいつ信頼できんのか、みたいになるからさ。嫌なんだよ、無駄に力を誇示するの。必要だったらやるよ? あの三人が殺されそうだったらやるよ? でも今は無理だって」

「なんですかそれ。結局やるなら一緒じゃないですか」

「全然違う。飲酒運転とわき見運転ぐらい違う。あ、ごめん。わき見運転と故意の事故ぐらい違う」

「え? それどっちがどっち?」

「うーん、なんて言うか」

 吉井は一度ゆっくり息を吐いた。


「おれもね、正直やりたいよ。ちょっとは。ナイフ持ってさ、めっちゃ速く動いて喉元にしゅっ、とかね。あのはっきり言う兵士とかに。前から力を試したかったからさ。でもそれはね、つええの暴力っていうか。大人が言う事聞かない子どもを叩く行為と変わらないんじゃないかと思う。暴力は否定しないよ、おれ今後がんがん使うし。でも、なんかこういう所での力の誇示ってね、この周りに数台のカメラがあって、それを録画したものを編集した後に、絵にして動かして、誰か違う人が声を吹き込んだものを見ると、なんだかなあ。ってなるよ、絶対。あ、隠したいんじゃないし、勘違いされて「周りのやつらおれのこと弱いって思ってるわー。本当はめっちゃ強いのにー」がやりたいわけでもないのよ。むしろ魔物は出て欲しいんだって。オオカミより強くて、これ村っていうか国全体の問題じゃね? レベルのを一瞬で倒してさ。生き残った兵士が中央に戻ったときに、あの吉井っていうのはとんでもない! って言いふらして欲しいという感じ。その気持ちは正直ある、ここで嘘ついてもしょうがない。それはある」

「また長々と……」

 みきはうんざりした表情で吉井を見た。


「結局、吉井さんは自分がかわいいっていうのと、痛がり屋だというのは理解しましたけど、もうちょっとわかりやすく」

「おい。自分が大事だっていうのは認めるが、痛がり屋というのはまた少し違う。もしおれが自衛官だとしたら、国民の安全と財産を守るために全力で」

「でも吉井さん向こうで自衛隊入ってないじゃないですか」


 その後、吉井とみきが日本での自衛隊の必要性にまで発展した話をしていると、「そっちも揉めてる中悪いが」ススリゴは2人の会話に割り込んだ。


「ああ、はい。すいません。ほら」

 

 吉井がみきに手をかざして会話を中断すると、聞いてましたよ、わたしも。と憮然とした表情でススリゴ見た。


「さっきの条件でいい。ただし、ラカラリムドルまで行ってもらう」

「え、ラカ……?」


 それどこ? 吉井は助けを求めるようにみきを見る。


「いやいや、話の流れを読みましょうよ。吉井さん。ここで出てくる地名っぽいのなんて、さっきから言ってる中央の方でしょ」

「そう言われたらそうか。えっとラカ、ラ?」

「ラカラリムドル、ラカラリムドルだ」

 ススリゴは呆れたように繰り返した。


「はい、わかりました! では、最終調整に入りますので少し待っていて下さい! ほら、行きますよ」

 みきは吉井の袖をつかみながら3人に頭を下げ家を出た。


「なんだよ。最終調整って」

「一旦わたしの家に。話はそれからですよ。あ、でも一応言ってみてください。おれつええから3人を守るなんて簡単だ。100枚は貰うけど安心していいぞ、って。それで3人が納得すればいいんでしょ」

「タイミングを見て言うだけならいいけど、絶対証拠をって言われるだろ? それ言われたら、おれもうテンションめっちゃ下がるからな。喋らなくなるし、場の空気悪くなるのは間違いないから」

「はいはい、わかりましたよ。タイミングは任せますから」

 

 みきは前を歩いている吉井をせっつきながら進んだ。

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