第13話 パセリ乗せるだけ
村長の家に着くとみきは吉井を手で制しコンコンとドアをノックする。
こういう風に前でやってもらえると楽だなあ、ありかがたいなあと吉井が感謝していると、ドアを開けた村長が、「おお、来たか」と2人を招き入れた。
村長の家は20畳程度の部屋が1つの平屋木造建築で、村長に促されるまま隅に置いてあった薄い座布団を取ると、さすがにわたしのも取りますよね? と言われ、吉井は無言のまま1枚みきに渡した。
「副村長の知り合いと聞いていたが。そういうことか」
「そういうこと? どういうこと?」
みきは村長、吉井を交互に見る。
「黒髪、それと肌の感じ。よく似ている」
「あー。そこはですねえ。一言でいうと、うーん。偶然?」
ねえ、そうだよね? そう付け加えみきは吉井の肩を叩いた。
「ええ、そうですね。たまたまっていうか」
「それでヨシイと言ったか。あなたはなぜここ」
村長が言い終わる前に、玄関の扉がどんどんと鳴り響く。
みきは、再び吉井と村長の顔をちらちらと見て、それではわたくしめがと言い、立ち上がった。
「はい、なんでしょうか」
みきは扉を開けながら言った。
「取り立てです。ま、前から言われてたやつです!」
10代の男と思われる男が慌てながら、すでに開いている扉をどんどん叩いた。
「おいおい。女の部屋をノックするときは、なんとかのように扱えってママに教わらなかったか?」
みきは吉井だけにわかるよう、こんな感じでいい? と日本語で言った後、不安そうな目で吉井を見た。
「いや、無理に上手く言わなくてもいいんじゃないの。というか、そのなんとかの例えをアメリカ人風に言うのが大事なんじゃ」
「しょうがないでしょ、そんな急には思いつかないんですよ!」
「だから無理にやれって言ってないし」
その後も2人が例えの内容について何度かやり取りしていると、あの、と扉を叩いた青年が遠慮がちに手を挙げる。
「今日中にどうにかしろって言ってますけど……」
「支払い? それなら副村長の担当だ。ほら、前言ってたやつだ。君が自分で処理するって」
村長は吉井越しにみきに声を掛けた。
「あ、あ……。はい、そうです。はい……」
一瞬固まった後、みきは、くいくいっと手首を動かして吉井を立たせた後、部屋の隅に誘いこみ、吉井は困惑した表情を浮かべながらみきの前に立った。
「え、なに?」
「やばいってもんじゃないぐらいやばい。こうやってわざとらしく端っこにきて小声で言うぐらいやばい」
ううぐう。みきは一瞬座り込みそうになるぐらい膝が曲がったが、ゆっくりと立ち上がった。
「言いますよ。やばいこと短めに言いますよ。要はですね、副村長として実績を積み上げてきたわたしは相談されたんですよ、村長に。村に借金的なものがあって、それの取り立てに近々国っていうか公的なのが来ると」
「ほう、それで?」
「で、言っちゃったんですよ。それ、わたしに任せてもらえませんか?って。なんかノリで……」
「はっは、なんだそのやり取り」
吉井は小声で笑って、みきの肩を叩いた。
「本来なら今のセクハラとも捉えられる接触行動について、村の会議で取り上げるんですけど」
みきはそう言って吉井を一瞥した後、村長の傍に立つ。
「すいません、一旦自分の家に帰ってきます。対策はある程度考えてるんで、最後の仕上げっていうか。パセリ乗せるだけぐらいの感じなので」
「ん、パセリ? とりあえず副村長に任せる。お前は下がっていい」
素早く頭を下げて部屋から出て行く男を見送った後、村長に、ではまた後程、と告げたみきは吉井を促しつつ逃げるように家を出た。
「あー。まじでやばいってー!」
自分の家に着いた瞬間膝から崩れ落ち、そのままゴロゴロと床を転げ回るみき。
「いくらなの?借金って」
吉井は部屋に置いてあった木彫りの雪だるまのようなものを触りながら、転がっているみきを見ていた。
「300枚。この国の一番でかい貨幣で300枚。200枚ぐらいは用意できてるんですけど、あと100枚足りないんですよ」
「ふーん。それってどれぐらいの感じ?」
「この村50人ぐらいいるんですけど、その全世帯の所得を合わせて、でかい貨幣で換算すると年間60枚」
みきは転がるのを止め、立ち上がって部屋の中をうろうろしている。
「ごめん、いまいちすっと理解できない」
「村の年間収入の2倍ぐらいのお金ってことです。ほら、ちゃんと見て下さいよ! この壁メモ! こうやって書いてたのに!」
みきが指した先の壁には、「100枚ぐらい、取り立て、来る」と彫られていた。
「よくわからないけどさあ。あと100枚だろ、なんとかなんないの?」
「吉井さん。なんか100枚だからなんとなく100万ぐらいの感覚かもしれないけど、こっち換算だと気持ち1,000万ぐらいだから!」
「いや、じゃあさ。それわかっててよく引き受けたな」
「それはまあ。その現代知識を生かしてですね。とんち的なやり方で切り抜けられるかなって……」
「3年もいて大変だったっていう割にはなめてんなあ。こっちの世界」
「もう来てるんですよねえ、取り立ての人。ちょっとどんな感じか見てきてもらっていいですか? とんちが効きそうな人かどうか」
「それは外見では判断できないと思うけど。でもいいよ、ちょっと見てくる」
吉井は靴を履いてみきの家を出た。
家を出るとちょうど3人の男が村を案内されており、1人は平服の中年、残りの2人は鎧を着て槍を持っていた。
洞窟にいた兵士みたいなのと同じだな。あれが標準装備なのか。吉井は家の前に立ち、目の前を通り過ぎる3人を観察する。
中年の男、2人の兵士は共に大きな荷物いくつか肩に掛けていた。そして3人共に足取りが重く、強い疲労の色がにじみ出ており、1人の兵士の背中にはもろに血がべっとりと付着している。
吉井は3人が通り過ぎた後も、しばらく後ろから様子を眺め、村長の家に入ったのを確認してからみきの家に戻った。
「ねえ、どうでした?わたし金の斧と銀の斧の話でなんとかしのげるかな、と思ってるんですけど、大丈夫そうですかね!?」
「うーん、斧がどうのこうのっていう雰囲気じゃないかな」
みきは家に入ってきた吉井に四つん這いで近寄って来たが、吉井はそれを制止して座り込みさっき見た光景を思い出した。
まあ普通に襲われたんだろうなあ。荷物多かったのは途中で死んだ人の使えそうな物を取りあえず持ってきたのかね。あ、そうか。荷物あるんだったら魔物か。物目当ての人間に襲われたんだったら盗られそうだし。
しかし、あれだけいい感じに返り血が付いてるんだったら、兵士は1人死んだってことじゃないよな。3人、いや5人ぐらいか。
それにみきは国とか公的なものが取り立てに来るって言ってたけど、1人普通の中年っていうのはおかしいな。こんなとこまでわざわざ事務方連れてくる意味ないし。あ、大体にして。
吉井は再びドアを開けてなんとなく村長の家を見た。
あの人達、回収したところで帰れんのか? 来た時より少ない人数で。
ふと視線を感じた吉井が振り返ると、親指を立てて満面の笑みを浮かべているみきが目に入った。
「これでもかっていうぐらい考え込んだあげく無駄にドアを開ける。そしてその顔、解決策は見つかったみたいですね」
「解決はしてないな。でもやり方はいろいろあるだろ」
「よろしいよろしい。では先方もお待ちだ。我々も村長の家にお邪魔するとしよう」
吉井を通り越して先に家を出たみきは室内にいる吉井に手を差し伸べる。
はいはい、ハラスメント以上にこういう決めっぽいシーンやりたいのね。吉井はみきの意図を理解し、その手を掴んだ。
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