第12話 石時計

 往復4日掛けて村に戻って来た時、吉井は村の出入り口でみきに呼び止められた。


「すいません、吉井さん。疲れてるところ申し訳ないんですけど、これから数週間あなたを別の場所に隔離し監視します。その上で村長に面会が可能か判断させてもらいますので」

「おいおい、なんだよそれ。そんな大げさな」

 吉井が柵を開け中に入ろうとすると、みきは柵を引き戻して閉めた。


「その間はこの前見た予備村。あそこで生活して下さい。基本どの家も空いているので好きなところ使っていいですから」

「ええ……。いやそれはちょっと」


 吉井が渋っていると、村の敷地内から数人こちらを見ていることに気付いたみきは、「ちょっとあっちで話しましょう」と言い森に向かって歩き出した。


 歩いて数分、川辺にあるトイレから少し離れた場所でみきは立ち止まる。


「この辺まで来れば大丈夫です。で、正直に言うと数週間も必要ないんですけど」

「そうなの? 村の決まりとかじゃなくて?」

「結局よそ者は嫌われるんですよね、それは本当です。それにこの辺の人達って欧米風の顔つきですよね。で、わたしたちはもろに日本人じゃないですか。明らかに知り合いっぽい感じがですね」

「まあそう思われてもしょうがないだろうな」

「で、そういう近い人間にこそ厳しい対応すると、結果わたしの評価上がるじゃないですか。あいつはひいきしない、みたいな」


 おい、ちょっと待て。こいつ自分の株を上げるためだけに、おれを数週間も隔離するつもりかよ……。吉井は完全に呆れつつ熱弁するみきを見ていた。


「でもこれはあなたのためでもあるんですよ。これから村で生活する上では最初が肝心なんですから。従順であつかいやすいやつだ。っていうイメージを持たれたほうが絶対にプラスです」

「そのプラスっておれにとってそんなに意味が」

「言い訳は聞きませんよ。あと食料はわたしたち村人が食べている物の1ランク下のを1日2回。わたしがそこのトイレの前に置いておきます。時間はこの村に時計がないので、気持ち昼前と気持ち夕方で」

「うーん、囚人感がどんどん強まってきてるんだけど」

「食料を用意するだけでも頑張ってるほうなんですよ。ここって資本主義じゃなくてみんなで稼いだのを分配するっていう方式ですから。バイトしてお金稼ぐとかってないんです。だからわたし個人が村からの恩給で貯めていた配給権を、あなたに使って食事を用意する形に」

「でもこっちでの食料って重要なんだろ。要は金みたいなもんじゃん。それを個人で貯蓄できるんだとしたら、それは若干破綻してるような」

「もう! いちいちうるさいですね。大体のことは副村長権限でなんとでもなるんですよ!」

「ああ、なんかごめん……」

 吉井はそう言って俯いた。


 なんだろ。結局立場が上の人が搾取してるような気がするけどなあ。あとトイレの前に置かれるのはちょっと。吉井は目の端にあったトイレを見て思ったが、今言うと文句を言われそうなのでやめた。


「で、数週間って何してたらいいの?」

「そうですねえ、じゃあ」

 みきは予備村の方向を見て、うんうんと一人頷いた。


「家の掃除にしましょう。ちょうどやりたかったところなんですよ」

「おいおい。見た感じ数十軒あるんだけど」

「ちょうどいいじゃないですか、時間はあるし。最初の食事のときに雑巾と桶みたいなの持ってきますからそれでお願いします」

「まあやりたい気持ちになったらやっとくよ」

「定期的に雑巾の使用感チェックします。掃除のやり方も考えときますんで、詳しくは最初の食事のときに説明するということで」

 

 そう言ってその場を立ち去ろうとしたみきは、そういえば。と振り返った。


「もし魔物が村を襲うようなことがあって、吉井さんが倒してくれたら一発おっけーです。わたしも、どやどや、これがわたしの知り合いやで。とアピールできますから」


 じゃあ、また。と手を振りながらみきが立ち去った後、吉井は川の向こうの予備村を見た。


 あいつ結局自分がおいしいのを持っていくつもりだよな、どっちに転んでもいいっていう。


 一回予備村に行って食事のために戻ってくるのが面倒だったので、吉井は近くにあった大き目の石に腰を降ろしぼんやりと川を眺めた。




 予備村に移って数日経つと吉井は配給の食事が唯一の楽しみとなり、いつ食事が来るかを知りたいという欲求から、吉井は等間隔で石を置いて2つの太陽が作る木の影を把握するという簡易的な時計を作り始めた。

 作業に熱が入り、どんどん本格的なものになるにつれて掃除が疎かになっていったが、川辺からいい感じにざらついた石を見つけてきた吉井は、それに雑巾をこすり付けて布が多少破けているという使用感を出し、定期的にみきに渡していた。


 そして食事の受け取りと5枚目の雑巾を交換するためにトイレの前で吉井が待っていると、また破いたんですか?と食事を持ったみきがうんざりした様子で言った。


「しょうがないだろ。こっちだって色々あるんだ」

「ふーん、まあいいんですけど。あ、今日は一回予備村に行きます。どんな感じになってるか」

「ああ、いいよ。でもちょっと、そうだな。まあ見ればわかるか」

 吉井はどんぶりに入った小麦粉を水で溶いて固めたようなものをつまみながら歩き出した。


「ねえ……。これはなんですか?古代文明を村人に広めようとでも?」


 予備村に入ったみきは、直径2~3メートルある石を集めて作った時計を見て固まった。


「時計だよ、太陽の光を利用してる。たくさんあるのはだな、曇りで影がいい感じに出ないときがあってさ。いろんな角度からのが必要だと思って。最初は地面を軽く掘ってたんだけどさ。雨が降ったときにだめになっちゃって」

 現在7個になった時計の一つの前に立ち、吉井は身振り手振りで説明した。


「わたしは掃除をお願いしたはずなんですけど。なぜ雨で駄目になって石にしたとか、そんな童話みたいなことして遊んでるんですか」

「それはだな。ほら食事の時間を知りたい、と思って、なん、となく」

 徐々に小声になりながら吉井は座り込んで石を調整した。


「え、もしかしてあの食事が楽しみで早く食べたいから?ちょっと待ってください。あんな1ランク下の食事を?」

「あれだって噛めば味がする。今ではむしろ好きだよ」


 みきは大きなため息をつき、オーバーアクション気味に首を振った。


「わかりました。結構時間経ったし村に戻りましょうか。村長に挨拶しましょう。これ以上時計を増やされてもしんどいですから」

「おお、いいのか」

「まあもう信頼は揺るがないでしょう。でも魔物出なかったですね」

「そんなこともあったなあ。忘れてたよ」


 あ、今度時間あるときあの石どかしといてくださいね。えー、もったいないって。だれか使うよ。みんな感覚でやってるから、絶対いらないって言われます。感覚だけでやってんだ。すげえな、食事時間結構正確だったぞ。だからいらないんですよ。ほんとどんだけ楽しみにしてたんですか。日によっては2ランク下のだってあったのに。ああ、それはさすがにわかったよ。たまにこれはちょっとっていうのが。


 吉井とみきは配給された食事内容について話しながら村に向かって歩き出した。

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