第10話 お前が行くんかい(前)

 

 もういいかな。椅子に座っていたタフタは、一度背伸びをして立ち上がりカウンターを通り抜けて店のドアを閉める。


 父親から引き継いだ燻製の専門店はギルドに近い立地もあって、昼食と夕食の時間は客が途絶えることがなかった。そして夕食時のピークが過ぎた今、棚に商品が殆ど残っていないのを確認してタフタは今日の仕事を終えることにした。


 以前は店を閉める前に丁寧にカウンターや、その周辺にある様々な燻製を置く棚を丁寧に掃除していたが、結局翌朝も同じように丁寧にやる必要があるため、タフタは最近ある程度片付けて終わるようにしている。


 今日は割と売れたな。タフタはカウンターの中にある金を二度数え、その一部を持って店を出ていつもの食堂に向かった。


 暗がりの中で石畳の道を歩きながら、先々月に溜まった目標としていた金額、50万トロンの使い道についてタフタは考えを巡らせていた。店の改装が一番の候補だがせっかくだからそれ以外に何かないか。

 そしていつも通り、考えがまとまらない内に店に着いた。


 店に入ると周りを見渡したタフタは、入り口から一番近い四人掛けのテーブルが開いていたので、静かに座って主人に見えるように手を挙げた。目が合った主人は軽く笑みを浮かべ、注文を聞いて厨房に戻ってきた若い女に、タフタの方を見るように顎で示し、調理に戻った。


 

「いやあ、びっくりした。イイマ知ってるか? お、タフタもいるな!」


 タフタのテーブルに酒と定食が運ばれたと同時に、店内に入ったゴイスはタフタの正面の椅子に腰を降ろした。


「やあ、ゴイス。仕事終わりかい?」

「そうそう。それでよ、聞いてくれよ。第5師団の偉い人の子どもがモドキオオカミにやられたってよ」

「へえ、そうなんだ」

 タフタは木でできたコップを手に取る。


「それがさ。嘘かほんとか20匹はいたんだって」

「20?」

 

 モドキオオカミは単独を好み群れを作ることはなく、それに個体自体が少数で遭遇することはほとんどないんじゃ。タフタはおぼろげな自身の記憶を探った。


「それにこれは内緒なんだが」

 ゴイスがするするとタフタに顔を近づける。


「君が知ってるならみんな知ってそうだけど」

「いやこれはまだ全然広まってない話だ。おれの所属、要は第2師団のトップの知り合いが第1にいて、その第1の知り合いの同期の弟がだな。第4にいるんだよ」

「今言った人達は、全員もう知ってる気がするけど」

「そこからもいくつか通ってるけどな。でな、さらに驚くのが、そのモドキオオカミ2匹を一瞬で倒したっていう人間がいるって」

「ふーん、それはすごいことなんだろうね」

「すごいってお前。1匹で村数十個が壊滅したことがあるぐらいだぞ!」

 興奮したゴイスはタフタのコップに手を付け、中身を一気に飲み欲した。


「あーあ。それ、後で頼んでよ。大体モドキのことはよくわからないんだ。見たこともないからね。君と違って19年間僕は街からろくに出たこともないし」

 タフタは空になったコップの底を眺めた。




 タフタ、ゴイス、それと現在2人がいる食堂の主人、イイマは家が近かったこともあり小さい頃からよく3人で遊んでいた。

 イイマは2人より3つ年上で体格もよかったため、タフタ、ゴイスがイイマの後をついて歩き、目に付くおもしろそうな場所があればどこでも3人で走って行った。


 タフタの家の食材を勝手に持ち出して、3人でイイマの食堂で料理をしたり、モドキを見るため、深夜に家を抜け出して街の城壁に登っていると衛兵に通報され、それぞれの親に怒られたりしたが、タフタはあの頃が一番楽しかったと、今でも時折いくつかの出来事を仕事中に思い出している。


 そしてタフタとゴイスが15歳になる頃、父子家庭だったタフタの父親が亡くなり、燻製屋をタフタが継ぐことになったころから、3人で遊ぶことが少しずつ減っていった。


 たまにイイマがゴイスを誘ってタフタの店に顔を出すこともあったが、店で忙しそうにしてるタフタを見ていると、なんとなくイイマとゴイスも声を掛けずらく、結果、イイマは家の食堂を手伝う時間が長くなり、ゴイスはモドキ狩りの家系に特有の高い身体能力を生かし、ギルドに登録して父親や叔父と一緒に狩りを行っていたが、おれには合わない、というか鎧を着てみたい。という理由により17歳で国の正規軍に入った。




「それでここからが本題だ。国が売ってるいろんな債権があるんだけど知ってるだろ? んでモドキが出た近くの村の借金300万の権利がなんと、50万で買えるらしいぞ!」

 ゴイスはタフタが頼んだ定食と同じものを勢いよくかきこみながら身振り手振りを交えて説明した。


「それだけ国が手放したいならほんとに人気ないんだね」

「そりゃそうだろ。兵士がモドキに殺されてるし、誰も回収になんて行きたがらないからな。大体にして場所がオーステインなんだぞ」

「ああ、知ってる。始祖に一番近い場所、ね」

「だからチャンスなんだ! オオカミモドキだってずっといるわけじゃないだろ。今はもうどっかに行ってるから全然問題ないよ。で、往復3カ月あれば戻ってこれる。それで差し引き250万トロン。1人で暮らすなら10年は過ごせる金が手に入るんだ。これは絶対行くべきだぞ!」


「よお、その話。ちょっとまぜてくれないか?」

 イイマが酒を片手にテーブルに座り込んだ。


「お、イイマ。店はいいのか?」

 ゴイスが店内を見渡すと、カウンターには人はおらず奥のテーブル席に2人の客がいるだけだった。


「ああ、今日は客の入りが悪い。大丈夫だ」

 イイマは手に持った特大のコップに入った酒を一息で半分ほど飲み干し、テーブルに、どん、と置いた。


「いいねえ。イイマが乗ってきた。ほらタフタ、な。燻製屋はしばらく休もう。お前もずっと働いてばっかりだったろ? 少しはゆっくりしろよ」

「いや、むしろゆっくりできないと思うけど……」

「しかしゴイスが言ってた、2匹のモドキを殺した人間がいるってのが気持ち悪いな」

「さすがに見間違いじゃねえかと思ってるよ」

 ゴイスはイイマのコップを手に取り酒を飲む。


「だってよ、おれのとこの師団長でもきついって言ってたぞ、2匹同時は。なんか聞く所によると、モドキってどんどん強くなってるらしいしな」


 へえ、そうなんだ。タフタは口に出さず店員の女性を呼び、果実酒のおかわりを貰った。


「まあおれもオオカミモドキ見たことないから。何とも言えないんだけどさ」

「本当か嘘かわからないなら気にしてもしょうがないか。じゃあどうやって行くんだ?」


 おれが考えてるのはだな。そう言ってゴイスが話始め、その後イイマとゴイスが楽しそうに計画を立てているのを、タフタはちびちびと果実酒を飲みながら聞いていた。

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