第8話 トランプを作ったらわたしは


 村から出て数十分経った頃、吉井はふと思い出したように、出て行くときに村の人に言わなくていいのか? と横を歩いているみきに尋ねた。


「軽く言ってきましたよ。危険を承知で外に出て有益な情報を取ってくる。村の人のため、村の発展のためって」

「……うん。まあいいんだけどね。そういえばきみって何歳なの?」

「こっちに来た時14歳で、今はおそらく17歳、場合によっては18歳。そっちはどうなんですか?」

 みきは前を見たままスピードを落とさず歩き続ける。


 へえ。おれは29歳。まあ、そんなもんでしょうね、見た目的に。よかったよ、年相応で。で、どうなの? この世界全部さっきの村みたいな感じ? いや、国の中央にいけばかなり進んだ文明があるとかないとか。そうなんだ。あ、こっち来た時どんな感じだったの。塾の帰りに自転車に乗っていたらいきなりここに来て。森の中で思いっきり転びましたよ。それはきっついな、てか向こうどうなってるんだろうなあ。それが一番気になるんですよ、でも。みきはそう言うと立ち止まった。


「あなたが3年後から来てるのがすべて、っていうか。なんか向こうの世界とこの世界は並列して進んでるような気がして」

「そういうことになるのか。よくわからんけど」

「戻ったとしてもわたしの居場所ってあるんですかね。常識的に考えて」

 みきは急に立ち止まって地面の砂を足で払いながら言った。


 吉井はその姿を見て、まずいことを言ってしまったかもと思い、焦って励まそうとしたが、みきにはそういうのは通用しないのではないかと考えなおし、

「戻ったときは記憶喪失でごり押しするしかないと思う。いや、わかる。相当厳しい。3年だからな、周りから変な目で見られるのは間違いない。大体にして記憶喪失が現実で通用するのかもよくわからないし」

 みきの目を見て真剣な表情で言った。


「吉井さん、いくらなんでもそれは。大体にして記憶喪失って言う勇気あるんですか。毎回検査するとき、何回も医者とか看護師に「すいません。記憶喪失で」って言わないといけないんですよ!」

「だからきついのは承知だって。家族や友達にだって「だめだよ、あの子記憶喪失だから」ってずっと言われ続けるし。それにいつかわかってくれる、っていうのも期待できない。でも、それでもさ。ここよりはいいだろ?」

 感極まった風の吉井はみきの正面に立って両肩に手を添える。

 

「もうやめてくださいよ、そういうの。なんかこういう場面は一回はやっとかないといけないっていう義務感も滲みでてるし」

 みきは吉井の手を払いのけた後、再び歩き出した。


「まあ、それはある。そして歩き出してくれてありがとう。もうやらなくて済む」

「はいはい。でも吉井さん。わたしが今、一番欲しいものって何かわかりますか?」

「流れ的にはあれかい?家族とか友人との時間かい?」

「それもありますけど。ないって言うと引かれるからあるっていいますけど。いや、本当に実際その感じあるんですけど」

「……まあ、あるっていうことにしとくよ」

「結局ね、ケンタッキーなんですよ。これは3年異世界に住んだ人のあるあるだと思う」

「へえ。おにぎりとかみそ汁じゃないんだ?」

「あー。ないない。あればうれしいですよ? どれくらいかなあ」

 みきは歩きながら首をかしげる。


「個人的な好みもありますけど、カレーとかシチュー以下ですね。その辺って」

「なるほどな、こっちの世界あるあるか。おれ来たばっかりでわからないからなあ」

「まじでやばいんですよ。ケンタッキー、あれなんかすごいもの入ってると思う。だからわたし街に行ったらケンタッキー屋を開く、っていうのが一つの目標なんですよ」

「でもなあ、あれのレシピはあの会社でも上層部の一握りしか知らないらしいぞ。んでそのレシピの移動は装甲車みたいなのでやってるし」

「え、そこまで?」

「まあおれもネットニュースで見ただけだが」

「そっかあ、それは難しそうですねえ。じゃあ先にトランプを作ることにします」

「なるほど。紙だしな。ケンタッキーよりは現実的だよ」

「この世界って娯楽少ないんですよ。だからもう大富豪とかポーカーみたいなのがあったら全国民が狂喜乱舞ですよ。んでわたしはその功績から、トランプ夫人と呼ばれるようになるんです」

「その呼び方は受け入れられるの?  もうそう呼ばれている人多分アメリカにいるけど……」

「全然問題ないですね。で、他にはねえ」

 

 その後、吉井とみきはどうすればこの世界でケンタッキーを作るための財力を得ることができるかを相談しながら吉井がいた洞窟に向かった。




 野宿を挟んだ翌日の夕方、2人は洞窟に着いた。


 吉井が、おれは外で待ってる、という意思を示した為、絶対に行かないで下さいね! と強めに3回言った後、中に入ったみきは数十匹のオオカミモドキの死体を前に立ち尽くした。


「吉井さん! ちょっと待ってください、本当にあるんですけど!」

 洞窟の中からみきは叫んだ。


「いやだからさ。それだろ、オオカミ」

 吉井は洞窟の外から声を掛ける。


「えっと。その辺も含めて一回出ます!」


 よかった。たまたま通った権力者が何かの理由で死体を持ち去ったパターンがちょっと不安だったんだよな。吉井は1人胸をなでおろす。


「この世界でこんなにオオカミが集まるなんて聞いたことない。だからこれはオオカミモドキだと思います。おめでとうございます」

 洞窟から出たみきは軽く手を叩きながら言った。


「そう言ってもらえると来たかいがあったよ」

「でも普段はオオカミモドキも群れで行動はしないという話です。だからこんなにオオカミモドキが集まるなんて聞いたことない。だからもう少し奥に行って見ます。一応言っときますけどなんかあったらすぐ来てくださいね。一匹残ってる可能性割と高いんで」

「もういいよ、行くから」

「ありがとうございます。ここは素直にお礼を言いますね。じゃあわたしの後ろに」

「わかったよ」

 吉井はみきの後に続いて洞窟に入った。


 奥に進むと中は開けた場所になっており、みきは他のオオカミもどきより少し大きな個体を見つけてしゃがみ込む。


「確かに他のより大きい。しかし、これはちょっと大き目のオオカミモドキなだけって気も」

 

 いや、でも。みきはぶつぶつと独り言を続けた。


「大体にして他のよりちょっと大きいのが、オオカミモドキ(強)。ということはやっぱりこれは強なのかもしれない」


「なあ、もろに聞こえてくるんだけど。独り言にしては音量がだな」

 吉井が後ろから声を掛けたとき、みきはナイフでオオカミの耳を切っていた。


「いやいやいやいや! おい、なにしてんの!」

「知らないのを知ってて言いますけど。知らないんですか? この世界では魔物を倒したときその証明として耳を持っていくんですよ」

「まじかー、それはきついなあ」

「しょうがないですよ」

 みきは切り落とした耳を鞄にしまいながら、


「ここ、そういう世界ですから」

 そう言って、もう一つの耳を切り落とす作業に入った。

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