第7話 この国の初めて
みきの住む村は中央にある大きな道を挟んで、木造の平屋が30軒程度並んでおり、一番奥には他の家とは少し違う雰囲気の比較的大きな家が建っていた。
「これがみんなの家です、それで」
いくつか近くの家を示した後、みきは一番奥を指差した。
「あの奥の家が、ここの村長の家であり、集会所であり、また神社的役割の場所です」
「ふーん。じゃあ、とりあえずそこに行っといたほうがいいかな。外から来てるし挨拶でも」
吉井が村長の家に向かおうとすると、みきは違う違うと手を振った。
「そっちじゃなくて、まず行くべきところがありますから」
「そうなんだ。じゃあそっちから」
みきは家と家の間から森に向かって歩き出し、吉井は後に続いた。
2人で村の裏手の森を歩いていると、数分で小さな川が流れている場所に出た。
「ここの水飲めるんですよ。で、水浴び、食器や服を洗うみたいな使い方もしてます」
「へえ、ガンジス川風の使い方なんだな」
吉井はしゃがんで透明な水をすくう。
「最初は戸惑いましたよ。だって服洗ってる場所の下流で飲み水汲んでてる人も結構いて。なんかその辺適当なんですよ」
「それはきついな。でもそういうの言える空気なの? ここに住んでる人に」
「ふっ、まあ言えるようにしたんですよ。わたしの実力で、ね」
みきはそう言って川のそばにある小屋を指差した。
「へえ、なにあれ?」
吉井はぬかるんだ足元を気にしながら小屋に近づく。
「わからないですか?あれはおそらくこの村で、いやこの国で」
みきはにやりと笑みを浮かべる。
「初めての水洗トイレですよ」
「あー、それで水をあっちに」
その二つある小屋の下には川から引かれた水が通っており、数メートル先で再び川と合流していた。
「手前が男性用、奥側が女性用。使うときはちゃんと気をつけて下さいよ!」
「ふーん。なんで奥が女なの?」
「いちいち言わないですけど、こういう世界だって女には色々あるんですよ。こと川式水洗トイレに関しては、レディはセカンドが主流です」
まあ、よくわからんが。吉井はそう言いながら進み、女性用の横に小さな屋根付きの祠のようなものを見つけ、なあ、あれは? とみきに尋ねた。
「はっはっは。わからないんですか?これだから」
みきは肩をすくめて、ぽんぽんと自分のこめかみを指で叩いた。
「なんかいちいちむかつくな……」
「あれは赤ちゃんスペースなんですよ。見た感じどう考えても独身のあなたにはわからないでしょ? 母親がどれだけトイレに行くときに困るか、あれがあることによって、くっく。連れてこれるんですよ、ここに赤ちゃんを」
「なんか自分で思いついた風だけど、こういうの現代のトイレでは標準装備だからなあ」
「ちょっとやめて下さいよ、現代とか持ち出すの。この世界ではこの世界でしかないんですよね。これを作るのにどれだけの時間が掛かったか」
みきはしゃがんで水洗トイレに流れていく川の水を目で追った。
なるほど、トイレね。吉井が川を挟んだ向こう側に目を移すと、みきが住んでいる村より少し規模の小さい集落のようなものが視界に入った。
「あっちってなにかあるの?」
吉井は小さな集落を指差す。
「ああ、あれはですね」
みきは興味がなさそうに集落がある方向に目をやる。
「いわゆる予備村ですよ。なんかあった時用の」
「え、ヨビムラ?語感はいいけどさ。なんかってなに?」
「まあいいじゃないですか。村にもいろいろあるってことですよ」
いろいろあるから、なんかあったときに?全然わからんな。
理解することを諦めた吉井は、「じゃあ村長だっけ、そこ行っていい?」と村の方向に歩き出した。
「待って下さい、もうちょっと感動してくださいよ! ここまでくる過程を想像したら誰だって心動かされるはずです。だって10代の少女が異国でトイレを作ったんですよ!」
「いや、すごいんだろうけどさ。見せ方っていうか、なんだろうな。編集のやり方がいまいちであんまり伝わらないっていうか」
「吉井さん。言っておきますけど、何でもかんでも作り手のせいにできるほど、こっち世界甘くないですよ。あ、それと言い忘れましたけどわたし副村長なんですよね。それで村長に合うには副村長の許可、もしくは推薦が必要だから」
「へえ、そうなんだ。その年で副村長ってすごいんじゃないの?」
「そうそう、異例の出世です。17歳で副村長なんてまずありない。聞いたことあります? 17歳で副村長って?」
「まあないな、よく村のシステムもわからんし。てか副村長って言いすぎじゃ」
「こっちでは副村長ってめちゃくちゃ言いますから。しかも実質3年ですからねえ。ここに来て。そりゃあもうえげつないっていうか。トイレで活躍した後だったし、指名受けたときは凄すぎてみんな軽く引いてたっていうか」
みきはしゃがんだまま半笑いで吉井を見た。
「へえ……。そう」
吉井はみきを一瞥した後、大体見たからいいよな。と村の方向に歩き出した。
「ちょっと待って。まだ水洗トイレの可能性についての議論が!」
とみきは手を伸ばしたが吉井は立ち止まらず進む。
「え、もうそんなに!? 早歩きにも程がありますよ!」
体制を立て直したみきは視界から消えつつある吉井を慌てて追いかけた。
「あの、副村長として。はあはあ、紹介するには」
吉井に追いついたみきは膝に手を付いて息を整える。
「ん?なに」
「は、早歩きの件はわたしの胸にしまっておきましょう。で、はあはあ。副村長として紹介するには、あなたが本当のことを言っているかどうか確かめる必要があるんですよ。ありえない? ばかじゃないの。って、はあはあ、言われるでしょ。オオカミもどきだけじゃなく、はあはあ、強まで一人でやっちまうなんて」
「ええー。あそこまで行くのか? けっこう掛かるぞ。往復したら3日ぐらいは」
「い、いいでしょう。これは重要なことですから。それに」
はあ、ふう。みきは息を整えてから、吉井の荷物をあらためて確認した。
「けっこう色々持ってますね。それ食べ物も入ってるですか?」
「ああ、まあな。こっちも色々あって」
「それぐらいあれば村の食糧を持ち出ししなくて大丈夫そうですね」
「ああ、やっぱり貴重なのね。食べ物って」
吉井は持っていた鞄をとんとんと叩く。
「そりゃあもう。食べ物をめぐって殺し合いが起こるんですから。この村ではないですけど」
「食べ物貴重な世界ね。わかるよ、そういう感じ」
「わたしが聞いた話では、たった一つのパンをめぐってですね。近所に住ん」
「ああ、いい。よくある流れだろ。とりあえず早く行こう、さっきから話が進まねー」
「だからこういう無駄も必要なんですって。特に最初は! ってまた早歩き!」
みきは村の敷地外に出て行こうとする吉井を追いかけた。
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