第4話 みきが住む村


 洞窟を出た吉井は、鎧を着た人間が持っていた何度口にしても材料が分からない激しく乾燥した何かを食べながら、大小の岩と赤茶色の土しかない風景の中、夜通し歩き続けた。


 そして洞窟を出て翌日の昼過ぎ、しばらく登っているなあ、なんか岩少なくなってきたなあ。と感じていた吉井は、急に視界が開け進行方向が崖になっていることに気付いた。


 おお、これはすげえ。割と高いとこにいるな。


 吉井は数10メートル程度あると思われる高さから、眼下に広がる地平線まで続く森林を眺める。


 川があるな。海は見えないか、あるのか知らないけど。しかし、どこみても森だら、お、あの辺なんかある。視線を何度か左右に振った後、ふとした違和感から吉井は一点を見つめた。


 あそこ、森だらけの中に建物がいくつか。あんだけあればもう村だよな。いや、村だよ。完全に村といってもいい、だからあれは村だ。


 森の中にぽっかりと空いた空間に3、40軒程度の建物があるように見え、そしてその集落のような所の周りは木の柵のようなもので覆われている。

 確実に何かしらの人為的なものを感じた吉井は、素通りする選択肢はない、と最短距離でその集落に向かうため崖を降りようとしたが、高所恐怖症である自分の精神状態に多大な不安を感じたので、山を下りる形で迂回してその場所に向かった。



 二つある太陽の位置で方角を覚えておこうと、吉井は何度も太陽を見て位置を確認ながら山を下りたが、大きな岩を避ける等して迂回する度、徐々にあいまいになってきており最終的に森に入った瞬間、吉井はすべての位置情報を失った。

 もうどうでもいい。大体にして太陽で位置取りとか無理。吉井は完全に開き直り森の中を適当に進んでいると、数時間後に集落の周りを囲んでいる柵を見つけ、吉井は少し自信を取り戻した。


 おいおい、やればできるじゃないか、おれ。北極星で位置を把握するっていうのを漫画で読んだことがある経験は役に立たなかったが。


 吉井はしばらく柵沿いに進み、集落の入り口と思われる場所の前に立った。


 入り口は開閉式の柵になっており、どうしようかと吉井がうろうろしていると、柵の向こう側から一人の少女がこちらを見ていることに気付いた。


 16、7歳に見える小柄な少女は吉井と目が合うと、振り返って近くの家の中に入り、数分後に小学生程度の男の子を連れて出てきた。


 その少女は男の子を連れて入り口近く、吉井と数メートル離れた場所まで近づき、棒立ちの男の子の前に膝をついて目線を合わせた。


「はい、じゃあ今からピザって10回言って下さい。ちゃんと10回ね」

「ピザって? なに?」

「その問いは意味がないなあ。いいから言ってみて」


 なんで? なんでピザっていうの? 首を傾げ納得のいっていない男の子を、言えばわかることもあるから。ね、言ったらわかるから。とせかしながらも少女はちらちらと吉井の方を見る。


 ん? ピザって。おい、それは。吉井は村の入り口の柵を掴める距離まで近づいた。


「ピザピザピザピザピザ……」

 男の子は指を折りながら10回数える。


「じゃあ、ここは?」

 少女は自分の肘を指差し、ねえねえ。ほら。と言いながら再び吉井に視線を送る。


「ひじ!」

 少年がそう答えると少女はがっくり肩を落とした後、ぽんぽんと少年の頭を叩き吉井に近づいて来た。


「そこの人、このやり取りに過剰ともいえる反応をしめしたってことは、あなた日本人ですね」

 少女は柵に顔を寄せて吉井の目の前で満足そうに頷く。


「あ、ああ。そうだけど。じゃあ君も?」

 吉井は反射的に周りをキョロキョロと見渡す。


「そういうことですね。まあ、積もる話もあるでしょう。わたしもあります」


 静かに柵を開けた少女は吉井を招き入れて閉めた後、いくつか並んでいる家の一つを指差し、詳しくはあっちで。と言い歩き出した。



「やっぱりピザっていうものをある程度認識してないと効果ないんですかねえ」

 そう言いながら少女はドアを開け木造のコテージのような家に入った。


 玄関で靴を脱いだ少女を見て、まあここは合わせておくべきだよな。と考えた吉井は履いていた靴を脱いで、少女の靴の横に並べた。


「で、あなたはいつ、どこから来たんですか? ほらほら、そこに座って」

 そう促されて、吉井は床に座り込んだ少女の正面に座った。


「ええと、3日ぐらい前に滋賀県から」

「そうじゃなくて! その、あなたのいた現代の時間っていうか」

「いつって。うーんと、2年からかな?」

「に、2年……? え、ちょっと2年!?」

「うーん、あ、西暦で言うと2020年」

「あ、ああ。よかったです。過去か超未来かと。わたしあれで把握してるんですよ」

 少女は壁に彫っている無数の「正」の字を指差す。


「ああ、それ日付なんだ。しかし量が多すぎて気持ち悪いな……」

「でもそれなら大体合ってる。わたしこっちきて3年ぐらいだから」


 こっちと向こうで同じように時間進んでるんだ。じゃあもう戻れないってこと?いや、そんな。でも体も。少女はぶつぶつと正の字を見ながら呟いた。


「おいおい、3年って。というかここってどこなの?」

「止めて下さいよ。質問は一つに、って言ったじゃないですか」

「いや一つだし。言ってないし。でもわかったよ、そういう感じでやっていくのね。はいはい、君すげえな。こんなとこにいて普通にできるって」

「あなたが2人目なんですよ。ここであった日本人」

「え? そうなの。じゃあ、もう1人は」

「……長くなるけどいいですか」

「うん、まあいいけど」


 少女はゆっくりと立ち上がり口を開く。


「いたんですよ。車に乗って来た人が」

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