第3話 そして結局聞き取れず
クレーターを眺めるのに飽きた吉井はとりあえず草原を歩いていた。目標がないので太陽に向かって歩く、おれ。
吉井は自分がいる場所、そしてその理由についてしばらく考えていたが、現状で答えが出ない問いを考えても無駄だと感じ、とりあえず飲み水を探しつつ進む。
数時間歩くと草原ではなく、ごつごつとした岩場が広がる場所が多くなり、いつのまにか景色がすべて岩山と砂と石で埋め尽くされた。
吉井は、水場から遠のいている雰囲気を肌で感じていたが、一度通った道を戻る苦痛は喉の渇きを少し上回っていたのでそのまま歩き続けていると、いつの間にか日が沈み辺りが暗闇に包まれたため、吉井は比較的大きな岩にもたれそのまま座り込んで目を閉じた。
なんか違うっぽい、とりあえず空港周辺ではない。さすがにそれだけはわかる。吉井は意味がないと分かっていつつも再び今の状況を整理しだした。
駄目だ、違うっぽいから先が出てこない。まあこれはね、健康状態に左右されるから。元気だったらもうちょっと何か。体育座りになり空を見ていた吉井は、ぽつりぽつりと雨が降っていることに気付く。
ありがてえ、雨だ。吉井は空を見上げたまま、反射的に口を開けつつ、水を貯めるために両手を合わせ、飲みつつ貯める。貯めつつ飲む。
そして20分後、降り続く雨の影響で泥まみれになりながら吉井は歩いていた。
飲んだから言うわけじゃない、大体そんな量は飲めてないし。吉井は思った。これなら雨降らなくてよかった……。この夜の雨と土っぽい地形はやばい、相性が最悪だ。
結局、吉井は夜通し歩きつづけ、太陽が昇りかけている早朝に洞窟を見つけた吉井は、ふらふらと中に入り、奥に向かって左手を壁について歩いた。さらさらと渇いた土が気持ち良かった。
雨はまだ降り続いており、疲れ果てた吉井は座り込むと同時に横になって目を閉じた。散々濡れた結果、雨に対する感情が嫌いから憎み移行しつつあった吉井だが、外で鳴っている雨音を聞いていると不思議と落ち着き、感情を憎しみから嫌いに差し戻した。
ん、なんだ。あ、おれ寝て。って。吉井は鉄がぶつかる金属音で目が覚めた。
なんだよ、大量のバケツでも運んでいるのか? 吉井が薄目を開けると同時に会話が耳に入った。
「おい、人がいるぞ」
「はあ?嘘だろ」
「ほら、横になってる」
「死体か?」
「そうだろうな。おい! 死体があるぞ! こっちに来い!」
2人のうちの1人が大声で叫び、足音からさらに数人が近づいている気配がする。
これは起きるべきなのか。そのままやり過ごしたほうがいいのか。吉井が薄目のまま声のした方を見ると、鎧を着た男が5、6人洞窟入り口に立っており、前の2人は槍を構えてじりじりと奥にいる吉井に近づいて来ていた。
おいおい、鎧と槍って……。吉井は起き上がり、大丈夫、問題ないから。と両手を上げる。
「おい、何でここにいるんだ!?」
近づいてきた1人が距離を詰めて来た。手に持っている槍を伸ばせば吉井に届きそうで、吉井は再度両手を上げていることをアピールしつつ、
「何もしない、寝ていただけだ」
とできるだけ冷静に見えるように言った。
「なんかおかしいぞ。……ナ、もういい、殺せ!」
吉井の目の前にいた槍を持った男は、一瞬振り返って、いいんだな!? と「殺せ」と言った髭の男に確認した後、吉井に向かって槍を突いた。
「ちょっと、ま」
槍の先がゆっくりと吉井の目の前に迫った。
なんだよ、絡まれたときは丁寧語とか使ったらだめだって聞いたような気がしたから、普通に喋ったのに。うーん、失敗だったか。こいつ、なんとかナって呼ばれてたやつ。長すぎてナしか聞き取れなかったけど。なんだそれは? 遅すぎるって。パントマイムジョークか? ええと、後ろに3人、全部で5人。こいつにやれって言った髭の馬鹿は責任者なんだろうか。吉井は目の前に徐々に迫ってくる槍を改めて直視した。これは金属だよなあ、こんなん胸に刺さったら死ぬよ。まあいいか、死んでも別に。いやでも、この速度で刺されたら貫かれるまで20秒ぐらいかかるぞ。というか、なんで後ろのやつらも何も言わないんだ。これがこいつらの戦場ギャグなんだろうか……?
吉井は迷ったが、やっぱり痛そうだから刺されるのは嫌だ。という判断をした後、改めて……ナ達を見る。
こいつは20代前半ぐらいかなあ、で指示した髭が40代ぐらいか。しかし槍ねえ、どうなのかのう、実際使えるのか? でもこれ先が十字になってるのじゃないんだな。実用的なのは普通のやつか。普通もよくわからんが。と吉井はじっくり槍の形を確認したが、それでもまだ時間があったので胸に迫ってきた槍を、ゆっくり余裕を持って避けた。
「は?おまえ、今のは」
……ナと呼ばれていた吉井に槍を突き刺そうとした男は、一旦引き構えた後、再び吉井に槍を向け、今度は何か叫びながら突いた。
うーん。吉井は目の前の男を見た。天然っぽい感じでボケをかぶせてきたか、それとも。
吉井は向かってくる槍を奪い取り、いいよな?と自分に言い聞かせながら、槍の持ち手側で……ナの太腿と腹部を、そして指示していた髭の男には若干むかついていたので、……ナを追い越して髭の男の前に立ち、鎧のつなぎ目を数か所、少し強めに突いた。
ぐああああ、と……ナが跪いて悶え、対象的に指示をしていた髭の男は静かに座り込んだ。
吉井はそのまま外に出ようと歩き出すと、洞窟入り口で固まっている3人と目が合う。
喉が渇いた。まずはそっちか。なんかいけそうだし。
「食料と水を持っているか?」
吉井は洞窟から出ず外の3人に声を掛けた。
3人はどう答えていいかわからないようで、顔を見合わせて小声で何か喋っている。
なんだよそれ。答えが気になるんだよ、早く言ってくれよ。吉井は座り込んでいる2人を見ながら、剣先を前に持ち直した。
「あ、ある。あるぞ」
3人のうちの1人が背負っていた、布っぽいもので包まれた荷物を降ろした。
あーあ。吉井はため息をついて荷物を見る。あんのかよ、しかもけっこうな量が。
吉井が考えていた現状での希望は、実は乗っていた飛行機が、日本国内だが「え? うそ、こんなとこ日本にあるの?」という鳥取砂丘的な場所に墜落。そしてその後、墜落のショックから記憶が混同して、太陽が2個に見えるぐらい、ぐちゃぐちゃになったところで寝てしまい、こいつらは何らかの撮影のカメラリハをカメラなしでやるような低予算の現場にイラつきながら、現場に向かったため場所を間違えてしまって、なんか変なことになっているということだったが、こんなにも無駄な荷物を持っているという状況ではさすがに無理があり、吉井は絶望した。
「じゃあ、それを半分取り出して、そこに置いてくれ」
吉井は、一応やっといたほうがいいのか、こういう場合は。と槍の先を髭の顔面に向けた。
「わ、わかった。いいぞ、半分だな」
1人が布袋のようなものに入っていた荷物を全部地面にぶちまけ、3人がかりで仕分けを始めた。
それにこんだけ持って来てるっていうことは、こいつらが住んでる街なのか、駐屯地みたいなところなのかわからんが、そっからけっこう距離あるってことだよなあ。
「あ、うお」
座り込んでいた……ナと呼ばれていた若い男が、ふらふらと立ち上がり状況を把握しようと周りを確認した。
「おい、座ってろ!」
必死で仕分けをしていた1人が……ナに向かって言った。
「なんだ、お前らな」
そう言いかけた瞬間、吉井は後ろから何かが近づいて来たことを感じ、ふと体の場所をずらしながら振り返った。
それは一瞬で吉井の横を通り、……ナの頭部の上半分を噛みちぎった後、もう1人の座り込んでいた髭の男の喉元に食いつき、男の頭部と胴体が一瞬で分断された。
血が大量に飛び散り、とっさに顔を手で覆っていた吉井は指の隙間から、オオカミのような生き物が仕分けをしていた3人に飛びかかっているのが見え、よくわからんがと、持っていた槍を投げる体制に入った。そし投げようとした瞬間、吉井は槍に伝わる力感からオオカミを貫いた後、そのまま3人の誰かに刺さってしまうような気がしたので、2、3歩進み、飛びかかっているオオカミの下から槍を突き上げた。
洞窟の天井に槍と一緒に突き刺さったオオカミを確認し、ふと吉井は3人に目を移した。
「あ、あの上の方?え、ですか」
手前にいた男が手に持っていた槍を地面に置いた。
「ん、上?」
洞窟の天井から落ちてくる血を避けるため、3人に近づきながら吉井は訊いた。
「い、いきなり襲ってすいません。わからなかったもので」
手前にいた男は跪き、2人もそれに続く。
「いや、いいんだけど。それでちょっと教えて欲しいことが。ごめん、ちょっとじゃなくて結構な」
先程と同じ様な雰囲気を感じ、吉井が振り返ると別のオオカミが口を大きく開け、飛びかかってきており、吉井は手前にいた男が置いた槍を掴むと3人が目に入った。
3人は互いに目を合わせ、うんうん。と頷き、ありがとうございます!とそれぞれ言いながら、洞窟から出て走り出した。
いや、今見たのは「ここはおれに任せて逃げろ!」じゃないんだけど。吉井は襲ってくるオオカミの頭部を槍で突き刺した後、洞窟を出るため振り返ろうとすると、奥に光る数10匹ものオオカミの目に気付いた。
何匹いるんだよ、これ。吉井は再び槍を構えながら考える。
振り切って出れるとは思うんだけど、同じ種類だけじゃないかもしれないしなあ。でもあいつらに付いて行ったら、人のいるとこに行けそうなんだよなあ。でも、まあいいか。安全に行こう。後ろから噛まれたくないし。吉井は洞窟の奥に進む。
洞窟の入り口は狭く、2人並んで歩ける程度の空間だったが、しばらく進むと体育館程度の開けた場所となり、薄明りしかない暗闇の中で吉井は襲ってくるオオカミを順番に槍で突き刺した。
大体は同じ種類だったが、2匹だけ他より少し大きく、また少し動きが素早いものがいた。しかし吉井には、そうとう不自然にゆっくり歩いている人程度に見え、他と同様問題なく対応できた。
数分後、20匹程度のオオカミを倒した吉井は、洞窟の中央で立ちすくんでいた。
さっきは雨降らなくていいって思ったけど、やっぱりもう一回降ってもいいかもしれない。体に付いた返り血を見て吉井は考えを変えた。
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