第14話 四年後…

 二〇二一年 早春


 千葉県千葉市某所にある閑静な集落。


 古きよき田園と、新築と築何十年とあろう年季が入った家々が混ざり会う、二十一世紀日本の片田舎の、典型的なモデルケースのような風景のある町。その外れの山に、一つ。狭い石段から繋がる神社があった。そこは神主も常駐しておらず、ただ小さな社があるのみの、田舎によくある小規模な神社だった。だが、今、その入り口は、たった一本の規制線によって閉ざされている。そのため、この神社に立ち入る者は誰もいない。


 いったいどうして、この神社が規制線によって閉ざされることになったのか。事の発端は、数ヶ月ほど前に遡る。この神社は元々、山もろとも更地になる予定であった。神社ごと山そのものをある不動産会社が買い取り、ある事業のためにここを更地にする運びとなったのである。いわゆる地上げというものである。


 元より、その神社を訪れる者もおらず、山の所有者も既に亡くなっていて宙ぶらりんの土地であったこともあって、地元の人間は、自分たちの土地を外の者に侵されるという抵抗はあれど、それに反対するものは少なかった。という訳で、その土地の解体はつつがなく行われる予定であった。しかし、そんな時。山の神社の境内で、一人の変死体が見つかった。


 その死体は地元の住民である老婆のものであった。その老婆は、神社の御神木と呼ばれた木に首を吊っていたのだ。それだけなら、それはただの酔狂な自殺者に過ぎなかった。


 彼女は、この神社によく参拝に来ていたり、神社をボランティアで掃除していた、この神社の常連参拝者だった。彼女は唯一、この神社が取り壊されることに強く反対していた人間であった。


 そんな人間が、愛した神社で首を吊って死んでいた。地元の人間は、なにも感じないわけもなく、今に老婆の祟りが来るだろう、と戦々恐々としていた。しかし、山の解体事業は進み、老婆の死体は取り除かれ、しっかりと供養された。そして、工事が行われるかに思われた。しかし、その工事が着工する一日前────神社で、二つ目の死体が見つかった。その死体の身元は、解体工事の現場責任者の男であった。その死体は損傷がひどく、至るところに切り傷や刺し傷のある状態であったらしい。


 この猟奇殺人を受けて、工事は現在一時中止、神社は完全に閉鎖されて、地元の人間からは、老婆の祟りとして恐れられていた。


 神社が閉鎖されて数週間が経った夕暮れ時。そんな、閉鎖された神社の規制線を人知れず潜り、石段を登る少年がいた。少年は黒いロングコートを羽織、腰には刀を携えている。


 何を隠そう、この少年こそ、四年の時を経て、更に心身術を磨き続けた築人であった。

 

 築人はこの四年の間も修行や妖魔討伐を続け、十三歳の時、若くして陰陽師の免許を取得。正式な陰陽師として活動し始めたのである。


 陰陽師としての位は"一位"。 

 陰陽師はその功績によって階級が変動する。

 階級や四位から一位までピラミッド式に展開され、そこからさらに一位の上である正一位、そして陰陽師階級の頂点に位置し、他の階級とは違い、十二の席しかない、陰陽師最強級を表す"天位てんい"がある。つまり、築人は今、上から三番目の階級にある。


 しかしながら、陰陽師全体での一位陰陽師の割合は約十パーセント程であり、齢十五にして一位の座を取るのは異例なことである。このことから、築人の名は関東の陰陽師達を中心に、『神域の天才陰陽師』として話題になりつつあった。


 そんな築人がわざわざ刀を携え、神社へと向かっている。


 この時点で、この一連の事件が、間違いなく妖魔が絡んでいるということは言うまでもないだろう。

 

 石段を登り終わると、二十数メートル先に社があった。そして、その社の前には、いないはずの人影。見たところ、腰が曲がっている老人のようであった。築人は警戒しながら、社へと進む。

 

 ひどく古びた小さな社。

 その前にいるのは、箒を持って境内を掃除する小さな老婆。築人が老婆に近づくと……


「あら、こんばんは。めずらしいねぇ、こんな古い神社に。旅の人?」

 老婆は穏やかな顔で、築人を出迎えた。 

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