第13話 天才

 蓮奈は、明るいふうに言葉を紡ぐ。しかし、そのスピードは、普段の元気のいい彼女に比べ、幾分か遅いように感じられた。


「私もさ、妖魔討伐に失敗したんだ。簡単な任務な筈だったんだ。特に何の力もない妖魔の討伐。それだけだったんだけど」

「けど?」


「けど……初めて妖魔と面と向かった時さ、急に怖くなったんだ。そいつは三メートルか四メートルくらいの、子どもの大蛇だったんだけど、それでも怖くなったんだ。訓練じゃ全然そんなことなかった。訓練じゃあ、なんだってできたんだ。術もなんでも使えたし、術なんて一回見たり教わっただけで覚えられた。年上のやつと何十回って稽古しても全勝できた。家のなかじゃ、あたしは最強だったんだ。ほら、初めて話した時に天才の話しただろ。あたしは間違いなく、家の中じゃあ、間違いなく天才だったわけ、けど、外じゃあとんだ落ちこぼれだった」


「怖くて身体が動かない上に、手が震えてた、これじゃろくに印も結べない。そんなことしてるあいだに散々にボコボコにされて、この病院に担ぎ込まれたんだよ……おかしな話だろ」

「初めて、妖魔と戦ったんだろ。そりゃ、怖いさ。なんたって、熊とかイノシシとか、そんなやつの比じゃないくらいデッカくて強いやつと戦えなんて、そりゃ無理だ。……」


「……父さんもそう言ってくれたよ。怖いのは当然だって、そうなるのも無理はないって。でもさぁ、いまさらそんなこと言われても遅いよ。天才だって、お前ならなんでもできるって言ってきたのは父さんなんだ。父さんは、あたしを騙してたんだ……あたしは天才なんかじゃなかった……訓練が百点満点でも、実戦がゼロ点なら意味ないだろ……!?」

 蓮奈は顔を隠すようにうずくまる。


「あたしさ、一週間後に退院することになったんだ。今日の朝、言われた。でも……嫌なんだ。退院するの」


「だって、退院したら、また訓練して、しばらくしたらリベンジとか言って妖魔討伐に連れていかれるに決まってる。そうならなくても、遅かれ早かれそうなるんだ。でもやだ、いやだ。私は妖魔が怖い。思い出しただけで怖くて、おかしくなりそうなんだ……あたしは才能がないんだ……妖魔と戦う才能が……! だから、ずっと、入院したままがいい。ここにずっといて、築人とこうして話してるだけの日が続けばいい……」


「……それは無理だよ。俺もほとんど治りかけだから近いうちに退院するだろうし。それに、まだそう決め付けるのは早いよ」

「口だけなら、なんとでも言える」

「そうかもね。でも、これだけは言わせて」

「なんだ?」

「君は、きっと天才だ」

「……は?」

 蓮奈は思わず、築人の方を見た。

「確証はない。俺は初めて会った日と同じように、君がどれだけ強いのか、君が何が出来るのか何一つ知らない。けど、君は、天才なんだ。絶対にそうだ」

「はぁ……あはっ、はははははは……」

 蓮奈は思わず吹き出した。

「……なんか、おかしかった?」

「うん、おかしい。あんた、人を慰めるのめっちゃ下手じゃん。下手すぎ。あり得ないくらい下手、超ど下手」

「得意でないのは自覚してるけど、そんなに言う?」

「言う。ああ────でもきっと、そうだ。。うん、そうだな。そうに決まってる……なんか、勇気でたかも」 

「? そ、そう。それならいいけど」


「うん。あ、そうだ……ありがとう、築人。こんなあたしと仲良くしてくれてさ。友達になってくれてありがとう」

「なんだよ、藪から棒に」

「いや~、何となく。言いたくなっただけっていうか。ほら、退院したら会えなくなるし、また会えるかわかなんないし、それなら、仲良くしてくれたことのお礼くらいは言っておこうと思って」

「そ、そう。じゃあ、こちらこそありがとう」


 ────うん、ありがとう。あたしと友達になってくれて。私と友達でいてくれて。

  

 こうして、あれから一週間は直ぐに過ぎて、蓮奈は病院を去っていった。


「さようなら、築人。機会があればまたいつか」

「うん、バイバイ。蓮奈。そのいつか、楽しみにしておくよ」


 また築人も、その二週間後に退院した。そして築人は修行の日常に戻った。かわりない日々を送る。築人にとっては、わりと幸福な日々の中。築人は蓮奈の事を忘れることこそなかったが、入院中の日々に思いを馳せることは少なかった。築人がもっとも心血を注ぎ、熱中していたことは追想でなく、修行だった。


 そして、代わり映えのない修行の日々は続いて時は経ってゆく……

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