第11話 リハビリと出会い
診療室での話が終わり、三人は診療室前の廊下で立ち尽くしていた。三人は難しそうに眉間にシワを寄せて黙りこくっていたが、
「葵、おまえは築人のことを見てきなさい。私は……母さんと話がある」
「はい……」
晃に言われて、葵はその場を去っていく。葵が居なくなり、二人は一旦、診療室から少し離れた場所に移動して、話を始める。
「なあ、どう思う、朔」
漠然とした質問。それに、朔は、
「どう思うもなにも、私の言うことは一つです。あの子にはまだ、陰陽師の仕事は早すぎる……」
「そうか、まあ、そう言うだろうとは、思っていたさ。私が言いたいのは、その逆だ」
「……ええ、私も。そう言うと思っていました」
「私は、もう陰陽師としての仕事をさせてもいいと思っている。あの怪我も、ダイダラボッチが現れたことに対する偶然のアクシデントに過ぎない。あの先生が言うことは私も本当のことだと思っている。あの子はもう十分、陰陽師としての実力を備えていると思っている。足りないのは実地での経験だけ。ゆくゆくは今回のようなアクシデントにもそつなく対応できるだろう。それも、そう遠くない未来にだ」
「……どうだろう」
「私は、もう何も。きっと私の心配しすぎでしょうから……」
晃の次に言うことを何となく察し、朔はそうして話を終わらせようとする。
「……すまない」
晃はそれをみて、ただ一言だけ。そう言った。
◇
一ヶ月後。
築人はリハビリテーションを始めていた。医師の推測は極めて的確に当たっていた。目覚めた時点でも半死半生であった築人の身体は加速度的に回復し、医師が予言した一ヶ月後、築人はリハビリを始められるようになるまで回復したのである。
陰陽師のリハビリは、一般の人間とのリハビリと比べても特別なものはない。さしもの陰陽道も、妖魔の呪詛に侵された人間の解呪や、応急処置として肉体の治癒などを行うヒーリングの術を専門に扱う術師は居れども、大怪我などによって失われた身体機能を一気に回復するような、瀕死の病人の身体を瞬間的に全快させるような術を扱える者は存在しない。そのため、陰陽師であっても身体技能の回復は、地道なリハビリを重ね続ける他にない。
築人の場合、身体の治癒はハイスピードであっても、長い間ほぼ機能停止状態にあった身体の錆を落とすのに、過酷な日々を過ごしていた。
手を握るのにも数週間、その手でまともに食事をとるのに一ヶ月半。そして、歩行にはより一層の時間を要した。震える手で平行棒を握り、目の前を見据えても、脚はぬいぐるみの脚のように芯を持たず、力が入らない。
────ここまで身体の自由が利かないとは思わなんだ。もどかしくて、さすが胸に堪える。
地を踏み締めるのにも、右足と左足を交互に動かすのにも長い時間がかかって、徐々に歩けるようになった時、窓を見たら季節が変わっていた。青空が広い夏が過ぎて、青空の中心が深くなる秋がやって来た。
築人は一般の入院者もいるリハビリテーション室でリハビリをしていたが、築人がやっと歩けるようになる間に、その部屋にいる面々は入れ替わり立ち替わり変わっていった。
時を同じくして、築人のいるリハビリテーション室に、一人の少女が入ってきた。長い髪を後ろ手に束ねた、築人と同年代くらいの少女だった。
彼女の目は攻撃的な鋭さがあった。
それは、世界中の全てを威嚇しているような目だった。
その眼差しは築人にも向けられた。
リハビリの時間帯が被っているのか、二人はよくリハビリテーション室で会っていた。会話を交わすわけではないにせよ、その部屋で同世代の人間は築人と少女の二人だけ。自然と、お互いに存在を意識するようになっていた。
やっとのこと、スムーズに歩けるようになり始めた築人の横で、少女がはぁはぁ、と息を荒らげながら、おぼつかない様子で脚を動かしている。彼女の額にはいつも脂汗。彼女はいつも焦っていた。そして時折、築人の事を横目にじろり、と見つめていた。
────やりにくいなぁ……
築人は少女の存在に何となく、居心地の悪さを感じていた。
だが、少女は築人が驚く程のスピードでリハビリをこなしていった。築人が数ヶ月とかかった歩行訓練も、その尋常ならざる剣幕のまま、数週間で達成していく。
築人が歩行器で、自立して歩けるようになった頃、少女も歩行器を使って歩けるようになった。
それで、二人は互いを、より強く意識していた。
桜の木の葉が紅に色づいてきたある日、リハビリの休憩に、築人がリハビリテーション室近くの休憩スペースのソファーに座り込んでボーッとした時間を過ごしていた。すると、
「なあ、あんた」
歩行器を押して、少女がやって来た。
「なんだい?」
「あんた、陰陽師だろ? ずっと見てたけど、隠せてないぜ、妖気が」
「……はは」
築人の閉じられていた唇から、ふっと息が漏れ出るように、変な笑いが出た。彼女の存外に男らしい口調に? そうではない。初対面の相手から出た開口一番の言葉の衝撃度の強さを決める大会があるのなら、間違いなく優勝の名言で出てきてたことへの可笑しさと、よく判ったものだ、という驚きと、こんなところで自分と道を同じくするものがいるなんて、という感心、この三つの感情が混じって、笑えてきたのである。
「うん。そうだよ……ってことは、君も」
「おう、見習いだけどな。でもびっくりだ、あたし以外にもこうやって入院している人がいたなんてって。わりと感激してる」
少女はそう言うと、ゆっくりと、築人の隣に座ってまた言う。
「なあ、話しようぜ。あんたも見習い陰陽師だろ。あたし、あんたを最初に見た時からずーっと気になってたんだよ。ずっとな。それに、私とあんた、話が合うと思うんだ」
「きっとあんたも……期待されてる人間だろ?」
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