第10話 病院にて

 ─────目を覚ますと、整然とした白い天井があった。それで、ここがどこかの病院の病室であることがわかった。身体中激痛がする。頭のてっぺんから爪先まで。動かせるのは眼球くらい。だけど、首が回らないから視界は広くない。天井以外に見えるのは仕切りのカーテンと身体のどこかに付けられているであろう点滴の点滴袋だけだ。


「築人!」

「築人……ああ、よかった! 本当に」

 目覚めて三秒くらいで、いつか見たような光景が広がった。前と違うのは、二人が自分を抱きしめてこないというところと、視界が途切れる境界線に、うっすらと、父様らしき影かあるくらい。


 姉様の頭には包帯が巻かれている。

 後に聞いたことだが、姉様は脳震盪と頭に軽い怪我を負ったが、一週間ちょっと程の入院程度で済んだらしい。かく言う自分は、二週間もの間昏睡状態で、全身傷だらけな上に全身の骨もバキバキに折れているそうだ。


 だがしかし、姉様はこうして、怪我は伴ったが無事なようだから、今回の所は良しとしたい────。


 ◇


 築人が運ばれた病院は、千葉有数の某総合病院である。その病院は昔から秘密裏に陰陽師を受け入れ、陰陽術や陰陽道に造詣のある医師や看護師、またもう既に現役を退いた陰陽師などがスタッフとして在籍し、傷を負った陰陽師向けに治療やリハビリテーションを行っている病院である。


 全国ではこういった、超常の者である陰陽師達に秘密裏にその門戸を開く病院が点在し、それらは陰陽道や妖魔の存在を世間に隠匿しているがために、俗世とは殆ど関わりを持てない陰陽師達の、重要な数少ないライフラインでもある。


 築人が目覚める数日前のの夜、晃と朔、そして葵が、築人の治療を担当する医師の診療室に呼ばれていた。

「────うん、築人くんの容態は依然として悪い状態だ。身体中傷だらけ、全身骨折に内臓もイカれてるところも多い。もうここまで来ると、よく生きてるもんだ、と彼の生命力に脱帽したくなるレベルだ」

 老年の医師が、参っている、というよりかは、何かに驚いているような口調で話す。


「……わ、私のせいだ、私があの時捜索に連れていかずに、そのまま逃がしていれば……!

うぅ……!」

「落ち着いて、葵」

 涙ながらに取り乱す葵を、朔が宥める。

「んまぁ、落ち着いて……実はね。悪い状態とは言ったけど、良くならない、とは言ってないのさ。むしろ治る見込みはかなりある」

「……というと」

 晃が聞くと、医師はパソコンのカーソルを動かして、数枚ほどのレントゲンやCT写真をディスプレイに映し出した。


 その写真には、悲惨な程に粉砕したり、損傷した築人の身体の写真が最も右に、そして、左に行くごとにその損傷が、微々たるものであるが、治っている写真に推移している。


「これは……?」

 訝しげに晃が聞くと、医師はよくぞ聞いた、というように答える。

「これを見てもらえると解るんだけど、築人くんの傷がね、ちょいちょいだけど、独りでに治ってるんだよ、もちろん、こっちも傷が治るように様々な術を施した。しかしね、ここまで治りが早いのは見たことがない」


「築人くんの身体は異常なレベルで回復しているんだよ。自分でね、自己回復ってやつだ。この回復スピードだと、あと一ヶ月もすれば、もうリハビリが可能なところまで回復するだろう。ま、それは築人くんの覚醒する時期次第だけどね。

 でも……長年陰陽師専門の医師をここでやってきたが、こんなことは始めてだ。私が見てきた論文じゃね、『太極の妖力』はその妖力そのものが回復能力を持っているらしい。けどね、そこまでなら、まだ常識の範疇での『驚異的』で済ませられたんだけど、ねぇ……」

「まだ、何かあるんですか?」

「問題はさぁ、築人くんの傷のことなんだよ」

「まさか……!?」

「ああいや、今言ったように、築人くんの身体は治癒が進んでいる。これ以上悪くなることはない。この私が断言しよう。私が言いたいのは、この傷の発生要因だよ」


「?……それは、ダイダラボッチの攻撃によるものでは」

「残念ながら、違う。私は彼が搬送された時に傷口の隅々まで調査した。そして、CT写真も、に撮った。そこまでしたのは、妙だと思ったことがあったことなんだ」

「築人くんの傷口はね……外部から付けられたというよりは、内部から、まあ、なんというか、破裂したみたいに、内側から何らかの負荷がかかって、損傷した、というようなところだ」

「それは……」

「君にも心当たりがあるんじゃないかな、晃くん。そう、妖力の過大放出による肉体の自壊、妖力のオーバーロードだ」


「妖力のオーバーロード。肉体が受け入れられる妖力には限界があり、それ以上の妖力を出力すると身体が妖力の放出に耐えきれず、自壊するというものだ。どれだけの質、量ともに上質な妖力を備えていようと、肉体の許容量と耐久性は低い。妖力を扱う、という時点で既に陰陽師というのは人間の限界に挑戦しているのだからね。だからこれは、加減を知らない若い陰陽師にありがちな事だけれども……築人くんの身体でもそれが起こった、という可能性が濃厚だね」


「まあ、それでね。これの何が重要かって言うのは、解るだろう」

 晃は医師に聞かれ、恐る恐る、その答えを口にする。

「……このオーバーロードが、何故起こったか」

「正解だ。葵くんの話によれば、ダイダラボッチは出現し、攻撃を受け、一時的に気絶してしまった。次に目を覚ました時に葵くんが見たのは、傷だらけの築人くん、のみ。ここまでいったら、解るんじゃないかな……」


 診療室に一層強い緊張が立ち込める。


「そう、築人くんは、あのダイダラボッチを倒してしまったんじゃないのかなア。まあ、あくまでもこれは、私の荒唐無稽な想像の域を出ないけどね」

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