第9話 築人の切り札

 ────奴を、祓うしかない。


 築人は立ち上がり、ダイダラボッチを睨み付ける。睨みを利かせ合う一人と一体。


 ────妖力の量、質共に善し、も使えるだろう。しかし、問題は肉体の強度だ。今から使おうとしている術は一気にこのからだの妖力を放出する。いくら鍛えているとは言え、この子供の身体じゃあ放出の負荷に耐えきれるか解らない、が……ここで二人死ぬよりかは、マシだ。


 築人は意を決し、詠唱を始める。

「"火・水・木・金・土、五道接続ごどうせつぞく" "我が所行は聖なる秘儀、我が血肉こそその贄なり" "そして、秘儀よりるは、十二の神呪なり!"」

 すると、築人の瞳が純白に変色し、どこからか梵字の羅列、経文達が空より現れて、築人の瞳に入り、刻まれていく。

「────"スヴァーハー"」

 そして、そう唱えると、身体に無数の白く光る

線が走り、その線は目に収束する。


「"十二天尊神呪じゅうにてんそんしんじゅ"」

 それが、築人────否、明月の術式であった。

 ダイダラボッチはそれに呼応し、その右拳を上げる。しかし、

「"オン・ヴァジュラニラ・スヴァーハー"」と風天の印を結びながら唱え、次に「哭天風槍こくてんふうそう」と唱える。

 すると、突如として風の渦が巻き起こり、それがダイダラボッチの右腕を穿ち、粉々に砕いた。


 これこそが明月が持つ術式が、十二天尊神呪。

 十二天にまつわる真言をその真言に該当する十二天の印を結ぶことで、その天部の力を妖力で再現し扱うことができるという術式。この術式の構造は壊・日・木・夜・槌の五つの法術を統合し再現するというものであり、使用するにはまず体内の妖力を限界まで放出することで、どの法術でも常に自由に扱える状態でなければならず、故に、『太極』の妖力を持つ明月、築人であっても、この術式の維持には、妖力を限界まで放出し続け、それにより発生する肉体のオーバーロード────莫大な身体的負荷に耐え続けなくてはならない。故に、


「……っっ」

 築人の口から血がつう、と流れ、目もその角膜も血に染まって見えなくなり、眼球の色が赤一色になるほど充血していた。

 ────臓器はもう全部限界に近い……破裂寸前、目もそうだ。ああ、早いな、前世なら全然保ってたってのに。次の一撃でやれなきゃ、俺は死ぬ……


 その両の手は震え始めている。その震える右手で、打刀を抜く。

 片腕を失い荒ぶるダイダラボッチに向かい、築人は左手で印を結んだ。その印は────帝釈天印。右手の刀を天に掲げ、真言を唱える。


「"オン・ヴァジュラーユダ・スヴァーハー"」

 すると、雷が刀を走り、包む。その刀の鍔から下は金剛杵こんごうしょのような形状に変貌し、そこから絶えず湧く、荒ぶる雷が刀身を包む。


 築人はその刀を両手で構え、

雷轟斬衝波らいごうざんしょうは」と唱え刀を振り下ろす。すると、その雷が何十倍にも増幅し、空一帯を包む雷霆となった。その雷霆はダイダラボッチに振り下ろされ、衝突する。


 ダイダラボッチの身体を無数の雷が走り、その身体を砕いていく。一握の砂も残さず消し飛ばしていく。


 そして、閃光が止む。

 すると、そこにいたはずのダイダラボッチは、もう消え失せていた。

「────ッ、は、あっ……!」

 築人は術式を解く、すると、

「ぎい、ッっ……!」

 全身から血が噴き出して、全身が深紅に染まった。


 ────けど、姉様は守れた……今は……それで、い、い……


 そうして、築人は倒れ込み、もう紅に染まりきっていた築人の視界は真っ暗に暗転した。


 

 

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