第8話 ダイダラボッチ
「姉様!」
一仕事終えた葵の元に、築人がやってくる。
「おー、築人、その顔を見るに、うまくやれたみたいね」
「はい! 姉様は……」
「私はもうバーッチリですともよ! 姉なめんなあー?」
葵は築人の額にデコピンを入れ、築人は「いたっ」という声が漏れた。
「じゃあ、討伐も終わったことだし、帰ろっか」
「はい」
二人は荷物をまとめて、車を止めた場所へ戻って来た。刀や護符の入った箱をトランクへ仕舞おうとトランクを開けた時。
ゴゴゴゴゴゴ……
と、地鳴りがした。そのあと、一秒ほど遅れて、ガタガタと地面が揺れた。
「地震!?」
「大きい……! ちょっと、しゃがんでおいて。なんか落ちてきたら大変だから!」
それから五秒ほど揺れ続け、その揺れが止まる。
「……止まった?」
二人が一安心して立ち上がると、
ドスン、ドスン、と、大岩が落ちるような音が断続的に鳴り響いた。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン……
音は鳴り響き続ける。
「これは……まさか!」
葵が急に駆け出す。
「姉様!?」
築人がそれについていこうとする。が、
「危ないから、築人はここにいて!」
「でも……!」
築人が上目遣いの困り顔で、葵を見つめる。
「……わかった、わかったから。ただし、私が逃げろといったら全速力で逃げなさい、わかった!?」
「……はい!」
「やーね、ほんと……」
葵は築人を先導して音のした方向の川辺へと下りていく。
葵と築人は再び川辺に戻ってきた。葵は警戒した表情で空を見回す。すると、二人のいる川辺に色濃い黒が覆い被さった。
「やっぱり……」
葵が見上げた先、川辺の対岸にある山々の隙間。そこには、巨人がいた。
その全長は三十メートル後半から四十メートルほど、その身体は土と岩石によって構成され、その胴には地層のような模様があった。その瞳は怪しく紅に光り、虚空を見つめている。
「ダイダラボッチ!」
葵がその妖魔の名前を叫ぶと、築人の手を引いて走る。
「姉様!?」
「逃げるよ! 全速力だ! あれは無理、私じゃあ勝てない! 少なくとも父様みたいな"一位級の陰陽師"が二、三人は居ないと……!」
走る二人。しかしその姿を、ダイダラボッチの双眸が捉えた。
ダイダラボッチがその拳を振り上げ、大地に叩きつける。すると、対岸にある山がドオッ、という音と共に崩落し、その土砂が川辺の流れを塞き止めて、二人を襲う。
「チィッ!!」
葵は咄嗟に、築人を小脇に抱えて二メートルほど跳び上がり、土砂を回避する。しかし、
「……ッッ!」
目の前には轟速で飛んでくる岩石が。
────山の崩落から来たのか、それともダイダラボッチの能力か。いや、そんなことはどうだっていい。まずは防御だ……!
「陣こ────」
陣爻を唱えようとした葵であったが、どうやら一足遅かったようだ。
「ぐぇあ……っ!」
岩石の先端が葵の額にもろに当たり、葵の力がふっと抜けて、二人は墜落する。
二人が落ちた先は幸運にも土砂が流れ込んだお陰で生まれた柔らかな土の上であり、築人が怪我を負うことはなかったが……
「姉様!……姉様!!」
葵は頭から血を流している上に、気絶していた。
しかしダイダラボッチは健在、山がなくなって広くなった空から、二人を見下している。
ダイダラボッチ、それは全国各地で古くより伝承されている、伝説の巨人。その巨人の一挙手一投足は、自然を操る。その手は土を運び、山を造り、そして壊す。その足を踏みしめた土地は大きく窪みが出来、それにやがて水が流れ、池や沼を造る。
自然の破壊と創造。それを自由に行う巨人、それがダイダラボッチである。
その正体は山の負の情念が生んだ、山の化身。
────このダイダラボッチがどのような理由で生まれたのかは解らない。しかし、このダイダラボッチが山から街に下りてこようものなら、大変なことになる。なにより……姉様も危ない。
築人は思案する。その思案はあまりにも短い時間で終わった。
────奴を、祓うしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます