第7話 園條姉弟VS山蜘蛛

 子蜘蛛三匹を前にして、築人は刀を抜き、呼吸を整える。


 ────まずは法術の基本からだ。妖力を発し、攻撃する場所にそれを集中させる。


 築人の周りに、煙のような、オーラのような物が立ち込める。

 これは全ての法術の基本。己が妖力を外界へ発する技術『顕術けんじゅつ』。


 そして、そのオーラは築人のもつ打刀に集中する。

 これは体内外の妖力をある一点に集中させる『集術しゅうじゅつ』。


「いくぞ……」


 築人は打刀を構える。すると、子蜘蛛は一斉に糸を吐いてくる。


 築人はその糸を躱して子蜘蛛の間合いに迫る。

 そして一匹の子蜘蛛を横薙ぎに斬り裂き、そのままの勢いで二匹目も両断する。それにおののいた三匹目は咄嗟に飛び上がり、糸を吐きながら後退する。しかし、築人はそれを見逃さず、突きの形で刀に集中させた妖力を発射する。射ち出された妖力はビームのように空を走り、子蜘蛛を穿ち、その肉はごうっ、という音と共に消し飛んだ。


 築人に斬られた子蜘蛛達も動かなくなり、やがて自ら塵となって消え失せていく。


 情念により全ての妖魔を生むもの、人であれ、獣であれ、木々、土であれ、それは全て自然より生まれるもの。故に、妖魔は死ぬときは塵となり、"最初から無かったかのように"消滅するのである。まるで、その負の情念がさっぱりと晴らされたかのように。


 築人は刀を鞘に仕舞った。

 ────まぁ、長いこと妖魔祓いが出来なかったにしては上々かな?

 築人は妖魔祓いの出来を、自分の中で評すると、

 ────姉様は大丈夫かな……大丈夫だとは思うけど、あの奔放な性格だとつい心配になるんだよな…… 


 そう思って、築人は山蜘蛛を退治しに葵が向かった方へと走った。


 ◇


 ────任せるって言っても、大丈夫だったかなぁ、我が弟は。まあ、結構真面目な性格してるし、無理そうだったら無理せず逃げてるでしょう! 多分。きっと。メイビー。


 葵は桐の箱を適当な所に置いて、洞穴前の母蜘蛛の所にまで来ていた。


 大きな母蜘蛛が、葵を見下している。対して葵は刀を抜かず、ただ母蜘蛛を見据えるのみ。


 先に仕掛けたのは母蜘蛛。糸を吐き、相手の動きを止めようとする。しかし、葵は大きく後ろに飛び上がり、回避。そして、

操爻そうこう」と呟く。すると、周囲にあった岩石や木々が一気に砕け、宙に制止する。そして、葵が右手を母蜘蛛の方へ突き出すと、母蜘蛛のそれが一気に母蜘蛛に降り注ぐ。


 操爻とは、壊法の術では基本とされている術の一つ。妖力から変化させた圧力で周囲の物を破壊、そしてその瓦礫を強い引力と斥力の空間によって支配し、操るという術である。


 母蜘蛛はその岩石達に封じられたかに思われたが……


『ギ、ギ、ギイイイイ』

 呻き声を上げると、岩石や木々一気に押し退けて再び姿を表した。

「む……やるな……!」

 それを見ると葵は剣を抜き、構える。

 母蜘蛛は糸の塊を放つ。

 それは弾丸のように射出され、的確に葵の胴へと飛んで、動きを止めようとする。葵は動じることなく構えたまま、

陣爻じんこう!」と叫ぶ。すると、その糸は葵へと当たる直前に何か、見えない壁のようなものに阻害され、空中でべちゃりとして止まった。


『陣爻』これは法術の流派を問わない、基本的な防御術であり、妖力の結界を周囲に展開することで攻撃を防ぐことができるという術である。また、この結界内は術者の妖力で満ちているため、陣を展開している妖力を攻撃術式に転用することもできる。


「やっぱ強いね、お母さんってのは。なら私も本気を出しちゃおうかな……!」

 葵はそう言うと、法術の詠唱を始める。

「"星夜ほしよの浜、うろを行く小舟、幻想寺院げんそうじいん異人いじんの法師、遺伝学いでんがく外法げほう"」

 すると、葵の身体が陽炎のように歪んでいく。


 そして、

「"異界座標いかいざひょう、設定完了"」

「"刻越術式こくえつじゅつしき、起動!」

 と言うと、葵の姿が消えた。と、思った次の瞬間、バシャアッ、と。飛沫の音がした。

 音の方を見ると、母蜘蛛の身体がバラバラに切断されていたのだ。


 先に葵が詠唱していた文言は園條家に代々伝わり、その血を引くものにしか伝授されない秘法『刻越術式こくえつじゅつしき』である。この術式は術者を起点とした結界を肉体の中に凝縮し、その妖力を循環させ、肉体と脳を極限まで強化し、術者が体感する時間を遅らせることで、超高速での行動を可能にする術式、いわば、法術を用いて強制的に、それも人知を越えたゾーン状態に肉体を誘う、究極のドーピングである。


 この術式は強力であるが、世界の法則を逸脱し、時間を超越した世界で活動する術であり、それ故に術者の肉体に内部から負荷を与えながら展開される術式であり、この術式によって活動できる時間は体感時間にして十五秒。現実の時間にして七秒。それを過ぎれば負荷によって内臓から徐々に損壊し、四十秒もあれば術者の肉体は泥のように崩壊するだろう。だがしかし、この術式を習得したものにとってはそんなものはしたる問題ではない。


 なぜならこの間に、倒すべき敵を倒してしまえばいいだけなのだから。時間を超越した世界の中では、自分以外の全てはほぼ静止している。動かない、ただの木偶の坊を斬れというのに、なんの困難があろうか。


 葵は母蜘蛛の方に駆け寄り、一気に斬りつけた。そのおぞましい複眼の乗った頭を、その八本の足を、丸々と太った腹を。そして斬り抜け、刀を鞘に仕舞い、術を解く。


 その時間、現実時間にして二秒弱。


 母蜘蛛は何が起きたかも解らないままざっくばらんに斬り捨てられ、そのまま塵に還るのだ。

「一件落着、と」

 母蜘蛛が完全に塵となるのを確認すると、葵は刀を鞘に仕舞い、一息ついた。

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