第6話 討伐に行こう!

 人里離れた山道。人気や車の姿はなく、山を越えた遠くに集落が見えるのみであり、道に立っている電柱は緑の木々に隠れてしまっている。


 しかし、太陽の光を一身に浴びて、森は薄緑色に照り、野に咲く花々も問題ではないというように美しく逞しく在りながら風になびいて、きらきらと輝いていた。


 その道を、明らかにその森にはそぐわない、あまりにも光沢の過ぎる人工的な赤で彩られた軽自動車が一台、走っている。それを運転しているのは、葵だ。その助手席には、築人もいる。


「いま~春が来てぇ~君は~~キレイにぃ~~なった~~♪」


 車内で流れている歌に同調して、葵が機嫌を良くして歌いながら運転しているのを、築人は薄く笑みを浮かべながら見ていた。


「去年よりぃ~ずっとぉお、キレイにぃ~~なったぁぁ~~っ」


 ────ずっとちょっとだけ音程外れてるんだよな。まあいいか。


「んん? 築人も歌わないの?」

「えっ俺も歌うの?」

 ────そんなことになってたの?


「いや、そういうわけじゃないんだけど、折角だし?」

「ああ、そっ……ああ?」

「ほら、始まっちゃうよ! 二番! 動き始めた汽車の窓に顔を~つけぇて~」

「ええ~……」


 車は日の当たる山道から、日の光を通さない杉林、それから、峡谷地帯へと差し掛かる。葵は車を適当な道の端に止める。車から降りると、葵は築人とトランクから打刀と幾つかの札が仕舞われた桐の箱を取り出す。葵と築人はその打刀を、事前に着用していた帯刀用のホルダーに差し、葵は桐の箱を持ち、築人と共に河原へと降りていく。


「今日討伐する妖魔って?」

「えっとね~まあ、"自然型妖魔しぜんがたようま"であるのはそりゃそうだとして、今日討伐するのは、"山蜘蛛やまぐも"だね」


 妖魔とは人を脅かす神秘、物の怪の総称であるが、一つに妖魔といっても、幾つかの種類に分類される。


 先ず、妖魔について説明する必要がある。妖魔とは、万物全てに宿る強い負の情念に"妖気"と呼ばれるエネルギーが結びつき、肉体を得た姿である。


 妖気とは土地や大気が宿す妖力の事で、いわば地球そのものの妖力である。強い負の情念は霊的な意思であり、意思をもった妖力の塊であり、『妖魔の種火』と呼ばれている。それが、妖気を吸収し、妖魔となる。


 そして、先述のとおり、妖魔は発生の仕方によって種類分けが成させる。それらは主に三つの種類に大分される。


 自然界の動物やその地域の自然そのものに蓄積した負の情念が妖魔の種火となり妖気と結びつき生まれる自然型妖魔しぜんがたようま、この種は獣や虫、また自然を模した姿を取り、大型化する個体も多い。また、出現する個体には近縁種とも呼べるほど過去に出現した妖魔と似通った個体が出現することが殆どで、これらはさらに細分化したカテゴライズがなされ、種類毎に科目や名称が定められている。


 人間からうまれた妖魔の種火、世俗では生霊と呼ばれる物が妖気と結びつき生まれる人界型妖魔じんかいがたようま。この種は人の姿や人間的な身体の構造をしている事が多く、大型化することは少ないが、知能が高く、人語も解することがあり、また都市部に多く発生する。


 そして、人間、動物達の恐怖の念が集合し、妖魔の種火となり、妖気と結びついて生まれる、畏念型妖魔いねんがたようま。これは病や自然災害、極めて広範囲に流布された都市伝説などの恐怖が集合して妖魔となる。その姿形は様々で不定形。決まった形を取るというような法則性もなく、その恐怖によって生まれる何らかの『害』を極めて大規模にもたらすことができる能力を持つ。その範囲は最低でも都市一個分、最悪の場合は日本全土に及ぶ災害を引き起こしかねないとされている。


 と、こういった具合である。 

 今回、葵と築人が討伐するのは自然型妖魔。

 口振りからして、蜘蛛の形をとった妖魔だろう。


 葵は河原に付くと、桐の箱から『邪気捜札じゃきそうさつ』と印された一枚の札を取り出し、それに向かい刀印とういんを結び、念じる。するとその札から音波のような物が発信される。


 この札は陰陽術が刻まれた護符であり、この護符を用いることで陰陽術の行使に必要な作業や手順を大きく省略して術を行使することができ、また、護符の使用は印を用いて符に妖力を通すという工程のみであるが、この護符の術式自体は妖力の属性を問わず、妖力を伝播させるだけで発動する。そのため、どのような妖力属性の陰陽師でも、この護符さえあればどの属性の系列の法術でも使用できるという優れものである。


 今、葵が用いた札は『邪気捜じゃきさがしの術』と呼ばれる術が刻まれた物で、この術は簡易的な妖力の領域をさらに妖力の波に変化させ、ソナー装置のように妖魔の闇の妖力を探知し、潜伏している妖魔の居場所が掴むことができる、夜法の術の一つである。


「……」

 音波のような妖力の波を伝い探すこと数分。

 術が妖魔の居場所を掴み、護符が術の効力を失い、白紙となる。

「掴んだ! 行こう築人、川上の方だ!」

 葵は護符の入った箱を携え、築人を連れて川上の方へ向かう。


 しばらく上っていると、少し遠く、川原から少し離れた山林に、洞穴を見つけた。洞穴の中から、赤い星々が見えたかと思えば、勢い良く洞穴の中から三匹、二メートル程の大きさの赤い眼の蜘蛛が飛び出し、二人の前に現れる。更に、少し遅れて、洞穴からノシノシとした様子で、八メートルは有ろうかという大きさの大型の蜘蛛が現れる。


「子蜘蛛と母蜘蛛ってわけね……築人、もちろんキミにも戦ってもらうけど……行ける?」

「うん、行ける」

 築人ははっきりと、動じずに答える。

「……その様子なら、子蜘蛛は任せてもいいかもね。よし、決まり! 子蜘蛛は任せた! 母蜘蛛は私がやるわ! まあ私の任務な訳だしそりゃそうなんだけど!」

「そうだ、山蜘蛛は糸の塊を吐いて相手の動きを封じるわ、その糸は重いから食らったら終わり、ほぼ動けない状態になるから、その時はアイツらに食われる覚悟でいてね。ヤバい、って思ったらすぐにデッカい声で助け呼んでね、タスケテーッ! って」

「うん、わかった」

「よし、じゃあ……解散! 頼んだわ!」

 葵はそういって洞穴の方へと駆け出して行き、


「さてと……」

「リハビリ、ってやつに付き合ってもらうよ」

 築人は三匹の子蜘蛛と対峙する。





 

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