第5話 築人、はじめての討伐へ

 それから六年後 二〇一七年 初夏

 築人十一歳の頃。

 築人にとって、この五歳から十一歳までの六年間は、とても慌ただしく、激動の者であった。


 『太極』持ちであることが判明した築人は、晃によって特別な修行メニューを組まれることとなった。週四回、園條家による壊法術の修行と、残りの週三回は園條家と親戚関係にある他属性系統の陰陽師の家に出向き修行、その間にも座学や基礎的な格闘技、肉体面でのトレーニング。築人の六年間はひたすらに厳しい修行の日々であった。


 しかし、築人はそれに文句を言うことはなく、むしろ進んで過酷な修行をするようになっていた。無論、築人の素性を知る由もない周囲からは、感心、というよりかは、驚愕や畏敬といったような、崇敬的な奇異の眼差しで見られるようになった。


 「ふっ、ふっ、ふっ、ふ────!」

 この日の朝も、明朝から園條家の敷地内の山々で走り込みをしていた。スピードは常に全速力、しかし走っているのは舗装もなにもされていない獣道。暗い早朝の山、視覚だけでなく、全ての感覚を総動員することで闇の中でも空間を掴み、障害物は視覚を用いずに確認し、飛び越えていく。


 これは走り込みを通して、精神統一、感覚の研ぎ澄まし、基礎体力トレーニング。この三つを同時に行う修行である。築人の一日はこの修行から始まる。


 この日の昼間は武道の稽古を行っていた。

 道場に敷かれたコートの中で、胴着姿の築人と門下生の青年が互いに向かい合い、構える。

 数秒の静寂の後、審判役の門下生が「始め!」と言うと、青年は「やぁあっ!」という叫び声を上げ、築人に蹴りを浴びせる。それを築人は軽々と、あえて紙一重で避けて見せる。


 この稽古は陰陽道に特化するように、日本拳法や中国拳法、古武術などを掛け合わせ一つの対妖魔向け格闘技術としてリファインされた、陰陽道流の格闘術の稽古であり、試合は常にフルコンタクト形式で行われている。


「はぁっ!」


 築人に向かって繰り出された二撃目の突きもさらりといなされ、その間を縫って築人は青年の胴に打撃を二撃入れる。その衝撃に青年は姿勢を崩しながらも、すかさず次撃を放つ。それから、連撃へと繋げていく。マシンガンのように飛んでくる拳。だが、それもまた次々と築人はいなしていく。そして、


「っ!?」

 いつの間にか青年の左胸には、築人の拳があった。そこから、築人は突きを放った。


「うぁああっ!?」

 寸勁を利用した突き。ばぁん、と、爆発のような打撃音と、風が吹きすさぶような衝撃に、青年は大きく跳ね飛ばされた。青年は姿勢を崩し尻餅をつく。築人はそんな青年の元に、まだ終わってはいないとばかりに歩み寄る────と、


「そこまで!」

 審判役の門下生が制止する。築人はそれを聞くと、拳をほどき、その手を青年に手を差しのべ、

「ありがとうございました」と爽やかな笑顔で挨拶する。

「ああ、こちらこそありがとう」

 青年は築人の手を取り、立ち上がりながら礼を返した。


「たいしたもんだ、あの幼さで」

「将来は最強の陰陽師、かもな」

「はは、わりかし現実味があって笑えないね」

「築人様はまさに神童だ」

「違いない」


 築人の試合を見ていた他の門下生達がそう噂していた。


「じゃあ、試合を続けよう、次────」

 築人と青年がコートを出て、審判役の青年が次の試合に出る人物を指名しようとした時、


「築人様、築人様! いらっしゃいますか!」

 道場の門戸が勢い良く開かれて、内海がやってきたかと思うと、大きな声で築人の名前を呼んだ。

「なんだい、内海」

 築人は内海の元に駆け寄る。


「旦那様がお呼びです。大事な話があるから、至急本邸の座敷に来てほしい、と」

「父様が俺に? 珍しいな」

 築人は内海に促されて、道場を出ようとするが、その前に。

「あ、そうだ。」

「ありがとうございました!」

 道場の門下生達に一礼して、去っていった。


 初夏と言えど、異常気象で近頃は最高気温三十度を越える夏日が増えていた。その波は園條邸にも押し寄せていた。


「こういう日の空は、何故か高く見えるね、内海」

 本邸への移動の途中、雲一つない晴天を見上げ、築人はそういった。

「そうですな、暑い日も、悪いことばかりではないのかもしれませんな」

「ああ」


 ────しかし、それにしても暑いな。この時期がこんなに暑くなるとは。どれほど時が経とうと見上げる空は同じ……とは良く言うが。俺にはそう思えないな。こんなに太陽が遠く高く見えることなんて、京じゃあ無かったからな。


 空でさえ、太陽でさえ。無常には抗えないということか────

 

「築人さまをお連れいたしました」

「ありがとう、内海」

「では、私はこれにて……」

 座敷では、着流し姿の晃が待っていた。


「……まあ、座りなさい」

「はい」

 晃に促されて、築人はテーブルを隔てて晃と正面に向かい合う位置に座った。


「それで、なんでしょう。大事な話とは」

 先に話を切り出したのは築人だった。

「うむ、それなんだが……まずは、強くなったな、築人」

「どうしたんです、藪から棒に」

「いや、率直な感想だよ。親バカかと思われるかもしれないが、修練を始めてたったの六年の間に術、武芸、心構え。どれをとっても、お前はもう陰陽師として十分やっていけるくらいの実力を身につけてしまっていると、私はそう思っている。なんなら、この園條家に師事する門下生全員が束になっても敵わないだろうとすら思っている。それで、だ」


「私はもうお前を、妖魔討伐に連れ出してもよいと、そう思っているんだ」

「! それは」

「無論。最初は単独では無理だ。だから……」

 

 晃は廊下に向かい「入りなさい」と呼び掛ける。すると、

「築人、久しぶり! 就職祝い以来かな、またおっきくなって!」

「姉上!」

 築人の前に、礼服姿の葵が入ってきた。

 六年の月日は、築人にとっても激動の日々であったが、それは葵にとっても同じことであった。


 中学卒業から、陰陽師を養成する専門学校、六道館学園りくどうかんがくえんに入学、卒業し、それから一年間、園條邸に戻り修練を続け、そしてこの春、陰陽本社の千葉支部に正規の陰陽師として正式に配属された。激動の六年であった。


「葵の任務に、研修という形で同行してもらおうと思う」  

「なるほど……」

 今回、晃が提案したのは、修練のさらなるステップアップとして、葵が陰陽本社に任ぜられた妖魔討伐の任務に同行し、共に妖魔討伐をさせることで、妖魔討伐の体験をさせようという事であった。


「どうする。無論、お前にとって厳しい事であることも十分承知している。しかし、私は信じているんだ。お前の陰陽師としての才覚を……どうだろうか、引き受けてくれるか」

「はい」

「!」

「その提案、よろこんでお受けいたします。父上」

 承諾までノータイム。二つ返事で築人は了承した。


「そうか……!」


「では、期待しているぞ」


「ええ、ご期待に答えてみせます」

 晃の期待に、築人は、屈託のない笑顔で応じた。

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