第4話 妖力の属性

 築人が堂を壊した事件から一週間後、晃は築人と内海を連れて、成田山にある寺院へとやって来た。三人が総門を潜り、境内にあしを踏み入れると、緋色の袈裟を着た僧正が三人を出迎え、寺院を案内する。しかし、それは安直に、境内を案内するような呑気な事ではない。僧正は三人を先導するのみで、無駄口は発さず、境内の奥へ奥へと歩いていく。


 三人が案内されたのは、一般的に配布されている境内の地図には載っていない、世俗の者達には知られてはならない最奥も最奥のもり。そこにある、古い小さな堂である。


 その堂の中は、おんぼろな外見とは打って変わって、よく掃除されていて、埃一つ無かった。その床には、五芒星が画かれていて、加えて、その星の五つの頂点にはそれぞれ、火・水・木・金・土の字が記されている。


「今から何をするの?」

 無邪気を気取って、築人は晃に聞いた。

「今から行うのは、法導ほうどうの儀だ」

「法導の儀?」

「ああ、妖力の性質が五つに大分されるのは、座学でもう習ったか?」

「うん……確か────」


 万物が宿す妖力の五つの性質。それは、自然哲学の思想である五行思想、火・水・木・金・土によって端的に現される。

 

「そうだ。よく勉強しているな。これは妖力を生涯使うことのない者達には必要の無い分類だが……我々陰陽師にとっては何より重要な要素になる。この五つの性質によって使用できる術も変わる、それぞれ────」


 火の妖力の性質を利用する術は"壊法かいほう"と呼ばれ、これはあらゆる"力"の概念を操る術。

 

 水の妖力の性質を利用する術は"夜法やほう"と呼ばれ、これは妖力を"闇"と変えて操作し、空間を支配する結界を展開する結界術。


 木の妖力の性質を利用する術は"陽法ひほう"と呼ばれ、これは火や雷、氷や嵐、木や土などを創生し操る、森羅万象を創り操作する術である。


 金の妖力の性質を利用する術は槌法つちほうと呼ばれ、これは鉄などの金属器を妖力によって錬成する錬金術。


 土の妖力の性質を利用する術は護法ごほうと呼ばれ、これは肉体強化や傷の治癒など、生物の肉体に働きかける術である。


「そして、人間に宿るその五つの妖力の属性、これを判定するのが、法導の儀だ。この結果によって判った妖力の属性によって、これから習得していく術は大きく変わってくる。言うまでもなく、この儀はお前の人生を大きく左右する……」


「我が園條家が代々受け継いできた術法は壊法の術。これにそぐわない、"火"以外の属性と判定された場合、他の家の陰陽師達に教えを乞う必要がある。無論、そうなった場合は我が家の術は継承できず、お前は他の家の門下生にならなくてはならない」

「……それは、ちょっと嫌かなぁ」


 ────今の家族も、かなり好きだし、離れたくないし。


「……ふふっ、怖がらせてすまない。少しからかっただけだ。安心しろ。代々園條の家の者は必ず火の属性が現れている。お前も園條の子、心配はいらない。大丈夫だ」

 晃は築人の不安を和らげようと優しく微笑む。


「準備が出来ました、園條様」

 それと同じタイミングで、儀の準備をしていた僧正が、晃に呼び掛けた。


「うむ。築人、行ってこい」

「うん」

 晃は築人を送り出す。


 ────まぁ、結果は大体判ってるんだけど。俺は園條築人である以前に明月であるわけだからこの儀は二回目だし……自意識としても明月そのものだし、多分……


「では、築人様、この五芒星の中心へとお立ちください」

「わかりました」

 築人は僧正に言われた通りに五芒星の中心へと立つ。


「それでは、只今より儀を執り行います」

 そう言うと僧正は五芒星の前に座り込み、手を合わせながら念仏を唱える。十秒程念仏を唱えると、五芒星が青白く光り始めた。しかし、五行の漢字は光っていない。


「これで火の字が光ればよいのですが……」

「ふふ、なんだ。心配か内海?」

「いいえ。それよりも、晃様は大丈夫なのでございますか?」

「……どういう事だ?」

「どういう事も何も、葵様の時の晃様の焦りようといったら。私や朔様に儀の数日前から『火ではなかったらどうしよう、かわいい葵を養子になど出したくない』などと泣き付いて、いざ儀となって火の字が出てみれば、葵様を抱き締めて『本当によかった』と大泣きして……まさか、忘れたとは言わせませんぞ?」

「い、いや、そうだったかな、そうだったかもなぁ?」

「まったく、都合のいいお方だ」


 晃と内海がそんな話をしていると、ぼうっ、と。火の字が五芒星と同じく青白く光り宙に浮かび上がる。


「おおっ、やったぞ内海!」

「ええ、これで一安心ですな!」

 無事、築人に有する火の属性が示され、二人が安堵の声を交わしていると、さらに水の字が光り浮かび上がる。


「む、二重属性だ!」

「これはめでたいですなぁ!」

「ああ!」


 またさらに、木の字も浮かび上がる。


「なにっ!?」

「三重属性! これは凄い!」


 それまたさらに、金の字も浮かび上がる。

「よ、四重属性だと!」

「な、これは……!?」


 そしてトドメとばかりに、二人が驚ききる前に土の字も浮かび上がる。

「な────!」

 晃は驚愕の余り、言葉を失う。

「全属性ですと……!?」


 僧正が念仏を唱え切り、五つの字が床に落ちる。そして、僧正が晃へと歩み寄り、


「おめでとうございます。園條様。築人様の妖力属性は火・水・木・金・土の五つ全ての妖力属性をお持ちです。いわゆる『太極たいきょく』というやつですな」

「あ、あぁ……!?」

 晃は口をパクパクさせながら、なんとか返答する。


 一人が持つ妖力属性は基本的に五つの内の一つ。しかし、ある一定の割合で、複数の属性を持つ者が現れる。


 二つの属性を持つ二重属性。これは人数の割合にして、約十五人に一人。まま居る方であり、血脈の関係で代々二重属性持ちの者が生まれる家もそこそこ存在する。しかし、これが三重属性となると約千人に一人、四重属性となると約一万人に一人となるが、五つの属性全てを有する者は約三百万人に一人か、それよりも遥かに低確率ともされている。陰陽師達の中でも、百年に一人現れるかどうかとも言われる、文字通りの"希少種"である。


 そして、その者は、五つの全ての属性の性質を有した妖力を内包しているということを、両儀、四象、全ての根源たる太極に例えられ、そのまま『太極』と呼ばれる。



 ────んまぁ、こうなることは判ってたけど……大騒ぎだな。


 五芒星の中で、大騒ぎする晃と内海を、築人は頭をぽりぽりと軽く掻きながら眺めていた。

 


 

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