第3話 園條家の人々

 築人と内海は崩壊した堂を後にして、本邸の方に戻ってきていた。本邸の戸を開けるなり、どたどたとせわしない足音の二重奏、そして、

「築人!」

 と、二人の女の声、そして、

 突進のような猛スピードでかけよってくる、セーラー服姿の黒い長髪の少女と着物姿の女。二人はスライディングを決めながら玄関先の築人に抱き付いた。


「よかったあ! 生きてる!!」

「ああ、築人、築人……!」

 築人は半ば抱き締められる圧で少し窒息しそうになりながら二人を呼ぶ。

「ね、姉様、母様……」

 そう、二人は築人の姉と母親。園條葵えんじょうあおい園條朔えんじょうさくである。 

「ああ、築人……内海さん、あなたがついていながら、これは一体何事ですか!」

 朔は築人を抱き締めながら、内海に対して堂の事は何事か、と強い語気で問い詰める。

「申し開きのしようもございません。しかし、少しばかり事情を説明させてください。出来れば、旦那様も交えた状態で」


「……どういうことです」

「これは、築人様、いや、園條家にとって非常に重大なお話となるからです」


 時は変わって、その夜。

 築人の知らせを受けて、園條家当主であり築人の父、あきらが帰ってきた。


「一体何事だ、園條家に関わる重大な話とは」

「解りません……ですけれど、長年ここに仕えていらっしゃる内海さんがそう言うのですから、相応のものであるとしか」

 晃は夫婦二人の私室で朔にネクタイを緩めてもらいなかまら、そんな会話をして、内海の待つ座敷へと向かった。


 その頃、築人は葵と一緒に、縁側で月夜の元にある庭園を眺めていた。

「ねえ、築人」

「なに、姉様」

 葵の問いかけに、築人は五つにしては随分と大人びた口調で応える。しかしながら、築人にとっては今できる精一杯の子供らしい態度がこれであった。


「あのお堂が壊れたのってさ、なにがあったの? ああ、いや、これだと聞き方が変になっちゃうか、まるでお堂が壊れたのが築人のせいみたいな……」

「いや、ぼくのせいだよ」

「え?」

「だから、ぼくのせいだって」

「……あはは、築人のせいじゃないよ、たしかに、築人がいた時にお堂は壊れちゃったけど、それは別に築人のせいってわけじゃ……」

「いや、だから」

「ぼくが妖力を出したから、壊れたんだよ、お堂」

「……ええ?」


「────要は、築人の妖力放出で、堂が壊れたと」

「はい。信じがたいでしょうが」

「ああ、全く信じがたいな」

 晃は腕を組み、考え込む。

「では、築人はそこまでもの膨大な妖力を持っている、と」

「そういうことになりますな」

「……確かに、重大な事だ。これからの指導方針も見直す必要があるしな。もしかしたら、あの子は最強の陰陽師になる素質があるのかもしれないということだろう、それならば、その素質を最大限に開花させてあげられる指導をしなければならない」

「もしや、それは……葵や他の子供達よりも過酷で、苛烈な修練になるかもしれない、ということですか」

 朔が、複雑な面持ちで言った。

「そうなる可能性は、高いな」

「あの子はまだ、五つなのですよ、遊びたい盛りなのに、修練に付き合ってくれている。それに、今の修練だけでも、普通の子からしたら、過酷すぎるくらい……!」

「朔。気持ちは分かる。けれど、間違っているよ」

「何が……間違っているというのです」

 朔は、声を震わせながら晃に聞く。

「築人は、我々は普通じゃない。生まれながらにして、人々を護る使命を課せられた者だ。それは、君も解っている筈だ」

「それは、それでも……」


「とにかく、早速修練のプランを見直そう。資料館へ行って修練法の書物を片っ端から集めるぞ。内海、付き合ってくれ」

「かしこまりました」

 晃と内海は立ち、座敷から立ち去ろうとする。

「朔、君はどうする」

「少しだけ、築人の元へ行ってから、行きます」

「わかった」

 晃と内海はそうして別邸の資料館へと向かった。

 

 一方、朔は、築人と葵のいる縁側に来ていた。

「あ、母様」

 築人の声を聞くと、朔は顔をくしゃっとさせて、築人の元へ駆け寄り、築人をまた、抱き締めた。

「築人……!」

「ど、どうしたの母様?」

 築人がそう聞いても、朔は答えられない。答えようと口を開けても、嗚咽にしかならず、言葉が出なかったのだ。


「……築人」

 そんな朔を見て、葵は何かを悟った。今、葵にその悟りに該当する言葉は見つからなかった。しかし、ざっ、と玉風のように吹いた胸のざわめきによって、起きた痺れによって、その事の重大さを知らず知らずに感じ取っていた。

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