第2話 幼少からの修行

 こうして、築人は園條家の元で、再び陰陽師としての道を歩むことになった。

 

 園條家は、千葉県は千葉市の市街からは少し離れた集落にある。園條家自体の歴史は陰陽師としては新しく、起源は江戸時代から下総一帯を護っていた陰陽師達にある。


 現代では日本中の陰陽師は"陰陽本社おんみょうほんしゃ"という組織の元に統括されている。陰陽本社は北海道を除く都道府県全てに支部を置いていて、現在園條家はこの千葉の妖魔事件の対応を担当している千葉支部の支部長を代々園條家の者が担当しており、現在でも園條家の権勢は変わらず保たれているようだ。


 その権勢故に、園條家の者は陰陽師達の上に立つものとして高い実力が常に求められ、子供の性別を問わず、幼少の頃から陰陽師としての厳しい修行が課される。


 それは築人が五歳の時から、もう既に始まっていた。


 園條邸 修練場

 園條邸は広大な敷地を持った武家屋敷だ。

 中庭付きの本邸に、園條家の創立から、園條家にまつわるあらゆる事象を記した多くの書物や園條家の保有する宝物を蔵する資料館と蔵に、陰陽術の修行を行う修練場、そして武芸を磨く道場。園條邸の敷地を出て数キロ南に行くと、園條家が檀家を勤める寺の一つがある。


 ◇


 ────その仏堂に仏はいない。まさに伽藍堂である。


 築人は、仏堂の作りをした薄暗い修練場にいた。造りは頑丈だが、それほど広くはない。なにもない代わりに、床には朱で両儀を中心とし、九字護身法を抽象的に記した魔方陣が描かれている。その両儀の位置で築人は坐禅を組んでいた。

 その堂の中には築人だけでなく、他に一人。坐禅を組む築人の前に、僧服姿の老爺ろうやが立っていた。


「築人様。修練のお時間でございます」

 教官役の老爺、内海うつみが、築人に語りかける。


 内海は、代々園條家に師事してきた陰陽師の末裔である。内海もまた、園條家に門下生として師事し、それから約数十年に渡り陰陽師として活動し、老いて陰陽師を引退してからはこうして園條家に仕え、園條家に師事する陰陽師や園條の子息達の教官を担当している。


「禅を組むのには慣れましたか。慣れていない、と言われても、まだ幼い築人様にとっては仕方がのないことなのですが……それでも、困ります」


 築人はかれこれ数時間、修練を始める前から坐禅を組んでいた。それには訳がある。


「精神統一こそ、術を成す第一歩。陰陽師を志す者としてのスタートラインです」

「これから行って頂くのは妖力を練り、外に放出するという工程。いわゆる、妖力コントロールの修練にございます」


「妖力とは、全ての生きとし生ける者に宿る神秘のエネルギー、陰陽師達はこの妖力を自由自在にコントロールし、組み換え、ありとあらゆるモノに変生させることで術を成すのです」

「妖力を練り、放出するのに一番簡単な身体の部位は、丹田。さあ、その禅を組んで集中した意識を丹田に込めるようなイメージで、丹田に力を込めてみてください。最初は上手くできないでしょうが、その時はもう一度禅を一から組み直して、また意識を集中させてみてください。大丈夫。一度二度では皆できません。ゆっくり、ゆっくりと意識を集中させるといいでしょう」


 築人は禅を組んだまま、小さく頷くと、内海に言われたとおりに丹田に力を込める。無論、元から陰陽師としての経験と技術を保有している築人にとっては、妖力のコントロールなど造作もない事であるが……


 ────基本に立ち返る事は大切だ。懐かしい、この修行も何時ぶりだろう。


 築人はゆっくりと妖力を練りながら、陰陽師としてのルーツを振り返っていた。


 ────俺が前世で修行を始めたのは、十三の頃か。けど、五つで修行を始めるのはあの頃でも宮中に仕えていた陰陽師の子供ならさほど珍しいことじゃなかったな。何回か陰陽寮の上司に邸に呼ばれたことがあるけど、その時に小さい子供が術の修行をしているのを見たことがある。あの頃は見守る側だったのが、今じゃ見守られる側になるなんて、人生、分からないものだ。まあ、一番分からないのは、この二度目の生であるが。


 ……と。物思いに更けるのはこれくらいにして。そろそろ、十分に練れた頃だ。


 築人が妖力を練り始めて二分経過。築人がもうじき妖力を放出しようか、と思っていた頃。内海の額に脂汗が一筋流れた。


 ────この妖力の圧、ものの数分もしない内にここまでの妖力を練り上げたと……!


 内海は、築人が練り上げる妖力に驚愕していた。


 ────同世代、いや、十三、十四であってもこの短時間で妖力を練り上げることは不可能、いや、普通の子なら妖力を練ることさえ二週間から一ヶ月以上の期間を要する……!


 いや、何より驚くべきはこの妖力量!

 いくら容易く妖力を練れたとしても、それは自分の保有する妖力量まで、妖力を増強させる修練もしていない子供の時分では、それほどの妖力を持たないはず。だが、これは、これではまるで無尽の妖力を持っているようではないか……


 末恐ろしいだの、そのような言葉だけでは語れない子だぞ、この子は!


 内海が武者震いしはじめた数秒後、

「────!」

 築人は妖力を一気に放出した。

 刹那、蒼い突風が吹いた。

 堂ががたがたとぐらついている。やがて、みし、みし、と軋む音が聞こえてきた。

「築人様!」

 内海が築人の名を叫んだ。すると、

「っ!」

 築人は咄嗟に妖力の放出をやめる。その機を見て、内海は築人を抱え、堂を飛び出る。


 堂はガタガタと、まるで芯の柱をなくしてしまった塔のように揺れに揺れ、程なくして崩壊した。なんだなんだと、築人を抱える内海と崩壊した堂の前に、園條家にいた人々が寄り集まってきた。


 ────あー、あーっと……


 築人は内海に抱き抱えられながら、崩壊した堂を見て、


 ────大分下手になったなぁ、妖力制御。


 と内心苦笑いしていた。


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る