第3話夜勤明けの恐怖

夜中の3時から作業が始まった。

フォーマンの杉山は、ツナギ姿でフィリピン人全員に作業を指示して、パルプの揚荷が始まった。

検数員のハッチは制服姿でホールドと呼ばれる貨物船の積み荷の場所に降りて、作業員に名古屋揚げのパルプにマジックで印を付けていた。

チーフチェッカーの小原は上はワイシャツで、ツナギを腰の辺りで脱いで袖で結んでいた。

作業員ではない。事務屋なのでヘルメットと無線を携帯し、タリールームで書類を作成していた。

時折、ホールドに潜ったり、忙しいハッチでは仕事を手伝った。

冷房の効いたタリールームで電卓を叩いていると、杉山が現れた。

「あぁ〜、涼しい。小原君、後、パルプ何トン?」

「後、ワンティアで終わるよ」

「ワンティアかぁ〜。明日の9時には出航出来るね」

「うん。その前に、杉山ちゃん夕方ニンニク食った?」

「臭い?」

「うん。ここにコーラあるから飲みなよ」

「サンキュ。食堂のおばちゃんが餃子焼いてくれたんだ」

「……餃子ねぇ」

プシュッ

と、音を立ててコーラのプルタブを引いた。

杉山は美味しそうに、コーラを飲んだ。

「今夜のガントリークレーンは、持田さんだから、時間40本として2時間で終わる予定」

「杉山ちゃん、甘い。ホールドを閉じる作業があるでしょ?」

「……そっか、15分は掛かるね」

「代理店には10時出航と言っとけば良いんじゃない?」

「だいたい名古屋港が入港をフラット料金にしたから、何時でも入港してきやがるんだ!そう思わない?」

「べつに、うちは残業代稼げるから文句はないけど、殺人的仕事量になっているのは間違い無い」

「それ言われちゃうと、俺も何も言えなくなるけど」

「仕事終わったら、また、飲むかい?」

杉山はコーラを飲みながら首を振った。

「ゴメン、明日は彼女とデートなんだ。仕事休んでもらって」

「そっか、うちはもう破局寸前。パチ屋でも行こうかな?」

杉山は、コーラを飲み終えるとまた現場に戻った。

小原は船の食堂に入り、冷蔵庫から勝手に缶ビールを1本取り出し、その場で一気飲みした。

飲まなきゃやってらんない。それが、小原の主張だ。

ハッチの人間には、冷たい缶コーヒーを渡しながら、仕事の進み具合いを聴いて回った。

小杉がランバーを数えていた。

ランバーとは木材の加工品の事である。

タリーシートには、581Bundlesと書かれていたが、御名答。

書類には581バンドルと記載されていたのだ。

たいしたもんだ、小杉という男は。

一方、林はホールドに潜っていた。小原も潜っていた。

横浜揚げのパルプがあるので、そこには境界テープを結んで荷役会社の監督さんにその旨を伝えていた。林に缶コーヒーを渡した。

林は、お礼を言って作業員が休憩に入ると林も缶コーヒーを飲んだ。


翌朝10時。作業が終了した。

小原達は作業が終わると、関係会社に書類のコピーを渡してとっとと帰っていった。

杉山は代理店と出航時間の調整などをして、会社を出たのは昼の12時過ぎだった。

電車通勤の杉山はまばらな乗客の電車の中でウトウトとした。

すると、目の前の席の男が杉山を睨み付けているのが分かった。

杉山も昔はヤンチャしていたので睨み返した。

杉山が最寄り駅で降りると、その男も降りた。

年齢は40代であろうか?

改札を出ると、男が走って来た。右手には光るモノがある。


ナイフだ!


杉山は身の危険を感じ走って逃げた。男も追いかけてくる。途中でタクシーに乗り事なきを得る。しかし、タクシーの後ろからバイクが追いかけてくる。

「運転手さん、不審者に追われてるです。飛ばして下さい!」

運転手は言われるがままに、スピードを上げた。

しかし、バイクもしつこい。

気が付けば港区から東区まで逃げていた。この辺りに小原が住んでいる。小原に電話して、マンションのエントランスを開けるように伝えた。

タクシーを降りた杉山は小原のマンションに逃げ込み、ロックした。気付けばバイクの男はいない。

「ハァハァハァハァ、た、助かったよ、小原君」

と、息も絶え絶えに杉山は礼を言った。

「どうしたの?杉山ちゃん」

小原は昼間から缶ビールを飲んでいた。1本杉山に渡した。

杉山はごくごくと喉を鳴らしてビールを飲んだ。少し落ち着いてから、

「ナイフを持ったオッサンに追いかけられたんだ」

「ナイフ〜?」

「そう、手に光るモノが見えてね。アレはナイフだ。しかも、タクシーで逃げたらバイクで追いかけてきた」

「心当たりは?」

「ない。全然ない」

「たまたまかも知れないし、寝てないから疲れたんだよ君は。ちょうどいい、今日は帰宅してから、肉を煮込んでいるんだ。食べるかい?」

と、小原は自分の料理の自慢をしたいらしく、杉山に肉の煮込みを皿に取り分けた。

「これでも食べて、彼女とデートしなさい。君は疲れている。肉でスタミナを付けるんだ」

杉山はありがとうと言って、肉を食べ始めた。

「何か、スパイスが効いていて美味しいね。何の肉かい?」

「……聴いて驚くなよ、ウサギだよ」

「う、ウサギ?」

「うちの田舎では、冬になったら猟が解禁されてジビエが食べられるんだ。このウサギは冬に冷凍庫で凍らせたヤツ」

と、小原は説明した。

「ウサギ、初めて食べたよ。もっと、獣臭いかと思ってた」

食べ終えると、杉山はタクシーを呼んで帰宅した。彼女との約束時間を大幅に過ぎていた。

帰宅すると、部屋に彼女の姿は無かった。

電話も繋がらない。

きっと、怒ったに違いない。

杉山は疲れ果て、そのままソファーで寝落ちした。

目が覚めたのは夕方4時頃であった。徹夜明けの翌日は徹夜休みと言う港湾作業員の暗黙の決まりがある。

酒が飲みたい。

ならばと、また、小原のマンションに向かった。インターホンを鳴らす。

「はい。どなた?」

「杉山だよ」

「どちらの杉山さんですか?」

「グリーントランスの杉山だよ」

「では、初ガツオには?」

「ニンニクスライス」

ピンポーン

と、音が鳴りエントランスのドアが開いた。

2人して、近くの中華料理屋で紹興酒を飲んだ。ガタイの良い小原と一緒なら安全というものだ。

散々飲んで、二次会を小原のマンションで始めた。テレビをつけた。

すると、事故のニュースが流れた。

中年男性の交通事故死のニュースだった。顔写真が流れた。

そこには、昼間杉山を追いかけてきた男の顔が映っていた。

「小原君、コイツだよ!俺を追いかけて来たやつは」

「ヘェ~。42歳かぁ〜。信号無視はだめだよ。相手も迷惑な話しだなぁ」

「コイツに刺されそうになったんだよ!」

「他人のそら似ではあるまいの?」

「絶対、コイツ」

小原は興味なさげに、森伊蔵を惜しみなく杉山に飲ませた。

2人は深夜まで飲んだ。

翌朝、杉山は帰宅した。家につくやいなや、部屋のインターホンが鳴る。

扉を開くと、愛知県警を名乗る男2人が現れた。黒井川と川崎と言う刑事が彼女の由香の事で聞きたいことがあるそうだ。そう、由香は何者かに殺害されたのであった。

杉山は、悪い夢を見ていると思った程であった。

そのまま、気を失った。


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