第218話 美少女後輩マネージャーの拒絶
ローテーブルに置いてあった
ソファーで
携帯を見た瞬間、体がギシっと音が聞こえてきそうなほど一気に固まった。表情も強張っている。
巧はいつも以上に細く見える背中にそっと手のひらを這わせた。
「どうしたの?」
「あかりから、話があるからこれからそっちに向かってもいいかって」
表情と同様、硬い声だった。
巧は彼女の頭に手を置いて、優しく微笑んだ。
「わかった。僕のことは気にせずゆっくり話しておいで」
「あっ、いえ、巧先輩にも同席してほしいみたいです」
「僕も? ……わかった」
少々意外に思ったが、尻込みする理由はなかった。
あかりだった。右手の甲に包帯を巻いていた。
「お邪魔します」
「うん」
「
「全然。気にしないで」
まるで初の顔合わせのようなぎこちない会話だった。
それ以降は誰も言葉を発することなく、三人で香奈の部屋に移動した。
「あかりはそこ座っちゃって」
香奈はまず、あかりをベッドに座らせた。彼女が居心地悪そうに腰掛けるのを見て、香奈と巧もそれぞれ椅子に座った。
香奈とあかりが向かい合う形だ。巧は少し浮いた場所——いわゆるねじれの位置——で腰を落ち着けた。
あかりは唇を舐めてから、香奈に向かって深く頭を下げた。
「香奈、ごめんなさい。さっき電話で酷いこと言っちゃって」
「ううん」
香奈が優しい笑みを浮かべて首を振った。どこか安堵したような表情で、
「私も軽々しく気持ちがわかるとか言っちゃってごめん」
「香奈が謝る必要はないよ。大体当たってたし……お察しの通り、
あかりが苦笑いを浮かべてみせると、香奈は眉をひそめた。
なら、どうして別れたのか——。
言葉にこそしていないが、ルビー色の瞳はそう問いかけていた。
「別れたのは、他に好きな人がいたからだよ」
「えっ……」
香奈が瞳を真ん丸に見開いた。予想だにしていなかったようだ。
あかりは意外そうな視線を巧に向けた。
「如月先輩。私の好きな人を見破ったのは先輩だと百瀬先輩からお聞きしてますが、香奈には伝えていないんですか?」
「うん。僕らから言うべきじゃないと思ったから」
「……根っからの監督気質なんですね」
「褒め言葉として受け取っておくね」
「皮肉じゃありませんよ」
巧とあかりは苦笑を交わし合った。
香奈は双方の顔を不安そうに見比べた。
表情を緩めたのも束の間、あかりは香奈に視線を戻して唇をギュッと結んだ。
大きく息を吐き、ポツポツと話し始めた。
「でも、そうだね……これは仕方ないとはいえ、好きな人の一点に関して言えば、香奈は私の気持ちをわかっていなかったと思う」
「ま、まさか……⁉︎」
香奈が巧を見た。ショックの色がありありと見てとれた。
「違うよ。如月先輩じゃない」
あかりは迷いのない口調で否定した。
思わずホッと息を吐いた香奈に、あかりは寂しげな笑みを浮かべて続けた。
「——私が好きなのは香奈。あんただよ」
「……へっ?」
香奈が口をぽかんと開けて固まった。
沈黙の後、その口が機械のようにぎこちなく動いた。
「わた、し?」
「そりゃ、信じられないよね。ずっと親友でいようねとか言ってたやつに突然本当は好きでしたなんて言われても」
あかりは自嘲の笑みを浮かべた。でも、と続けた。
「これは冗談でもなんでもないよ。恋愛感情として、私は香奈のことがずっと好きだった」
「あっ、うん。えっと……ありがとう?」
自分でも何を言えばいいのかわからなかったのだろう。
問いかけていないにも関わらず、香奈の口調は疑問系だった。
「最初にお礼が出てくるのが香奈らしいね……気持ち悪いとかは、思わないの?」
あかりが不安げに尋ねた。
香奈は弾かれたように勢いよく、もげてしまわないかと心配になるほど首を横に振った。
「そ、そんなことないよ! 同性を好きになる人がいるっていうのは聞いたことあるし、好きになってくれたのはすごく嬉しいしっ……でも、ごめん。ちょっと色々整理が追いついてないかも」
「そうだよね。ごめん、驚かせて」
「ううん、大丈夫だけど……」
香奈の言葉は続かなかった。眉をへの字にする彼女は、まさに困り顔になっていた。
巧もあかりも何も言わなかった。
「……そっか」
しばらくして、香奈から出てきた言葉はそれだった。
痛々しげな笑みを浮かべてあかりを見た。
「ありがとう、あかり。でも、ごめん。私はその気持ちには応えられない」
「わかってるよ——」
あかりが頬を緩めてチラッと巧を見た。
「あんたがおっそろしいほどに一途なことは知ってるから」
「……うん」
香奈はほんのりと頬を染めたが、いつものようにテンション高く恥ずかしがりはしなかった。
「香奈は私の気持ちには全く気づいてなかったんだ?」
「うん、ごめん……」
「あっ、いや、責めたいとかそういうのじゃなくてっ」
——あかりは慌てたように手をブンブンと振った。
「まあ……二人きりになると下ネタ増えるし、結構際どいスキンシップしてくるなとは思ってたけど」
「完全にやってること男子高校生じゃん、私」
あかりは苦笑いを浮かべた。
心当たりしかなかった。おふざけの延長線で軽い触り合いくらいはできないかなと思っていたのは、他ならぬ彼女自身だ。
「あかりだけじゃなくて、下ネタが苦手な人以外は男女問わずそうなると思う」
「まあ……香奈もそうだったんですか?」
あかりは巧に尋ねた。
巧は躊躇なくうなずいた。
「そうだね。そういう節はあったよ」
「巧先輩⁉︎」
あっさり裏切った彼氏に愕然とする香奈に、あかりは頬を緩めた。
「香奈、下ネタ苦手どころか大好きだもんね」
「そ、そんな変態みたいな言い方しないでよ! ……否定はしないけど」
「やっぱり変態じゃん」
あかりはクスクス笑った。
香奈が困ったように微笑んだ。
おそらく、彼女はすでにあかりを許そうとしている。許してくれているかもしれない。
だが、それではダメだということはあかり自身がよくわかっていた。
(私が犯した罪は消えない。香奈の優しさに甘えて有耶無耶にしちゃダメだ)
あかりは姿勢を正した。
瞳を不安げに揺らしながら、それでも香奈を正面から見た。
「百瀬先輩に別れを告げたことからもわかるように、まだ香奈のことは割り切れてない。でも、絶対にいつかは消化するからっ、だからっ……!」
あかりの声は震えていた。
瞳に涙をためながら、懇願をするように続けた。
「だから、これからもたまに話しかけるくらいはいい……?」
「嫌だ」
「っ……!」
香奈の迷いのない拒絶の言葉に、あかりの肩が震えた。
「香奈っ……」
「たまに話しかけるくらいの関係じゃ、やだよ」
「……えっ?」
呆けた面を浮かべるあかりに、香奈は笑いかけた。
「だって、あかりと話すの楽しいもん。たまにじゃなくて今までみたいにたくさん喋りたい。あかりにとって辛いことだろうけど、私はこれからもあかりと親友でいたいよ」
「っ……!」
あかりの瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
香奈はそばに寄り添った。抱きしめようとして躊躇い、背中をさすった。
「っ——」
あかりは息を詰まらせた後、一際大きな声で泣き出した。
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