第173話 幼馴染の想い
幼馴染コンビの
しかし、状況が似通っているとは言っても、その雰囲気は似ても似つかなかった。
いつもなら会話の途切れることのない二人の間には、重苦しい沈黙が流れていた。
先に口を開いたのは冬美だった。
「誠治、あなたは知っていたわね?」
ハキハキと喋る彼女に似つかわしくない、弱々しい声だった。
何について問われているのかは、誠治にもすぐにわかった。
「付き合ったときに聞いたぞ」
「そう……」
冬美は小さく答え、目を伏せた。
再び沈黙が訪れる。
「悪かったな、伝えてなくて。巧は俺ら三人だけで、
「別にそのことについては怒っていないわ。あなたは友達との約束を守っただけだし、彼らの立場的に交際を隠しても不思議ではない。そもそも公表する義務もないもの」
「……まあ、そうだな」
誠治も、自分の謝罪が的外れであることはわかっていた。
ただ、雰囲気に耐えられなくてとりあえず言ってみただけである。
しかし、いつまでも主題から目を背けているわけにもいかない。
誠治は深呼吸をしてから口を開いた。
「冬美。お前、やっぱり巧のことが好きだったんだな」
「……まあ、わかるわよね」
冬美は自嘲気味につぶやいた。さすがに誤魔化せているとは彼女も考えていなかった。
そもそも今は誤魔化そうともしていなかった。そんな心の余裕はなかった。
「実は、文化祭の打ち上げのときに告白しようと思っていたのよ」
「だから最近ちょっとソワソワしてたのか」
「……えぇ」
冬美はさして驚かなかった。
誠治は基本的に鈍くてデリカシーのない男だが、同時に妙に勘の鋭いところもあるのだ。
「私が赤っ恥をかかず、
「みたいだな。巧が
「……そんなことがあったのね」
冬美はずるいと思ってしまった。
(そんなの、ただの運じゃない)
香奈が巧に対してアタックを仕掛けていたときは土俵にすら上がっていなかったのだから、知らぬ間に掻っ攫われたと感じてしまうのも無理のない話だろう。
しかし、それがただの負け惜しみであることも理解していた。
「だからまあ、なんつーか、タイミングが悪かったよな」
「慰めはいらないわ」
冬美はピシャリと切り捨てた。ふっと自嘲の笑みを浮かべる。
「私には香奈よりも一年間長くアピールする機会があったんだもの。私が臆病だったというだけの話よ。それに、今の二人を見ていればわかるわ。そんな明確なきっかけがなくても、彼らはどうせ交際していたはずよ。あそこまでお似合いなカップル、そうそう見たことないもの……って、これは八つ当たりね。ごめんなさい」
「いや、構わねーよ。お前の気持ちは俺もめっちゃわかるから」
「……どういう意味かしら?」
冬美は眉をひそめた。
誠治の口調的に、慰めるために共感しているわけでないことはわかった。
「数日前、勉強してるときに私がいなくなったらどうするって聞いてきたよな」
「えぇ」
冬美は困惑しつつうなずいた。
「その答えは、お前がいなくならないようにする、だ」
「……何が言いたいのかしら?」
「あぁもうっ、だからっ!」
誠治は腹立たしげに髪をかきむしった。
「な、何よ」
「俺はっ、お前のことがずっと好きだったんだよ!」
「……はっ?」
冬美は何を言われたのか理解できなかった。
うわごとのようにつぶやいた。
「ずっと好きだった……? あなたが、私を?」
「そうだよ! お前と一緒で臆病で告白できなかったけどなっ」
「……励ましのつもりなら殴るわよ」
「ち、ちげーよ!」
冬美が鋭い視線を送ると、誠治が慌てた様子で手を横に振った。
「励ましで嘘告するかっ、そこまでデリカシー皆無じゃねーっつーの」
「……まあ、そうね」
冬美は食い下がらなかった。
誠治のデリカシーがないのは自他ともに認めるところだが、それは彼が素直な人間だからだ。
(誰かのために自分を偽れる器用な人間ではないし、今回のような誰も幸せにならない嘘を吐くタイプでもないのは確かね)
そこまで考えて、冬美は初めて自分が何を言われているのかを正確に理解した。
(でも、それなら本当に誠治が私のことを……⁉︎)
頬に熱が集まるのを自覚しつつ、彼女は尋ねた。
「確認しておくけれど、それは幼馴染として……ではないのかしら?」
「ちげーよ。ちゃんと異性としてだ。つーかお前、全然気づいてなかったのか?」
「え、えぇ」
誠治に呆れたように言われ、冬美は罪悪感を覚えつつ首肯した。
「マジかよ……俺、お前が巧を好きになるよりずっと前からお前が好きだったんだぞ? 多分、中学上がったときくらいから」
「そ、そんなに前から⁉︎」
冬美は思わず大声を上げてしまった。衝撃だった。
気づかないふりをしていたわけではなく、本当にただの幼馴染だと思っていたのだ。
誠治に女として見られているかも、などと思ったことはなかった。
「ごめんなさい……まったく気づかなかったわ」
「いや、別に冬美が謝ることじゃねーよ。俺が幼馴染って関係に甘えてたのがわりぃんだから。でも、慰めでも何でもなくてマジだからな」
「っ……!」
誠治は顔を赤らめつつも、瞳は真っ直ぐ冬美を射抜いていた。
冬美は彼女にしては珍しく、自分から視線を外してしまった。
「えっと……その、ありがとう。気持ちは嬉しいわ。ただ、ごめんなさい。色々整理ができていなくて、すぐには返事できないのだけれど」
元々、文化祭の打ち上げの際に巧に想いを伝えようとしていた。
だからこそ、幹事という立場を利用して彼が二次会に出席するかどうかも執拗に確認していたのだ。
しかし、彼はすでに一ヶ月以上前から後輩と付き合っていた。
そして、知らない間に失恋していた事実にショックを受けていたところで、どちらかと言えば弟のように思っていた幼馴染から告白されたのだ。
いくら頭脳明晰な冬美といえど、脳の処理が追いつかなかった。
「全然気にしなくていいからゆっくり考えてくれ。悪かったな、こんなタイミングで」
「ほ、本当よ。誠治のせいで何が何だかわけがわからなくなってしまったわ」
「はは、わりぃわりぃ」
誠治がおかしそうに笑った。
冬美は顔を背けつつ、
「笑い事ではないわよ……馬鹿」
「っ……それは反則だわ」
「何がよっ?」
「か、可愛すぎるっつーの」
「なっ……!」
赤面しながらそんなことを言われては、冬美も平常心ではいられなかった。
告白された直後であるならなおのことだ。
感情がぐちゃぐちゃになってしまった冬美は、とりあえず誠治の耳を引っ張っておくことにした。
「イテテテテっ、何すんだよ⁉︎」
「うるさい。バ
「理不尽だろ⁉︎」
誠治のもっともな抗議には耳を貸さず、冬美は彼の耳を借りて胸の内に溜まった様々なものを発散した。
耳だけではなく脇腹をつねったりしていると、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「……今さらな気もするけれど、フラれたばかりの女に告白するというのは男としてどうなのかしら?」
「う、うるせー。それはちょっと思ったけど、いいタイミングだと思ったんだよ」
「流れに乗らないと言えないなんてヘタレね」
「それはお前もだろーが」
「やっぱりデリカシー皆無ね」
誠治はうっと言葉を詰まらせた。
売り言葉に買い言葉で口走ったものの、さすがに思いやりに欠けていたのは彼も自覚していた。
——罪悪感を浮かべる幼馴染を見て、冬美は頬を緩めた。
「でもまあ、一応礼を言っておくわ。あなたに混乱させられたおかげで気が紛れたし……それに、好きだと言ってくれたのは本当に嬉しかったもの」
「お、おう。素直なお前ってなんか違和感あるな」
「そういうところだと思うわ、お互いに」
「間違いねーな」
誠治と冬美は顔を見合わせ、同時に笑い出した。
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