第172話 オナモミ
「クソがっ……!」
「俺たちをコケにしやがって……!」
文化祭一日目が終了して校内に浮ついた雰囲気が漂う中、二人の男子生徒はそれとは程遠い憎悪に満ちた表情を浮かべていた。
彼らは関わっていなかったとはいえ、真親衛隊の三人が退学になり、
詳細は知らなくても、迂闊に
それでも、腹の虫が収まらなかった。
どうにか巧と
「何してんの? こんなところで」
「な、なんでもねーよっ」
「そ、そうだ! 教室はガヤガヤうるせーから、ちょっと静かなところで雑談してただけだ」
言葉とは裏腹にあからさまに動揺している二人、校舎裏という場所、そして昼間の騒動。
これだけの条件が揃えば、状況を察するのは簡単だった。
「
「っ……でも、あいつは真を馬鹿にしたんだぞ⁉︎」
「そうかもしれない。でも、今の状況であんたたちに勝算はある?」
「「ぐっ……!」」
広川と内村は言葉を詰まらせた。
自分たちが圧倒的に不利であることはわかっていた。だからこそ腹立たしいのだ。
「目先の感情に囚われて未来を捨てるのは馬鹿のすることよ。そうやって退学していった三馬鹿とそいつらに操られていた阿呆二人がいなくなった今、如月君と白雪香奈に何かあれば真っ先にあんたたちが疑われるわ。そうなったとき、逃げ切れると思う?」
志保はあえて断定せず、問いかける形で話を進めた。
「もし逃げ切れなかったら、あんたたちだって停学や退学の恐れもあるわ。それに、直接関与してなくても真君にも影響は及ぶ。悪いことは言わないから負け戦に挑むのはやめておきなさい」
そう締めくくった志保は、用は済んだと言わんばかりに背を向けてスタスタと立ち去った。
「ちくしょう!」
「っ……!」
内村は罵声とともに壁に拳を打ちつけ、広川は唇を噛んで拳を握りしめた。
◇ ◇ ◇
真を含めた三人は、その後の部活に参加していた。
巧たちは警戒していたが、特に何も仕掛けてこなかった。
そのため、
真と巧の応援の人数がごっそり減少していたのだ。
「真さんは醜態を晒したから当然として、なんで巧のファンまで減ってんだ?」
「多分、ガチ恋勢が多かったからでしょうね」
「彼女持ちが確定して降りたんでしょう」
「なるほどな。ドンマイ」
「まあ、それは仕方ないでしょ」
巧としては「そうだろうな」くらいにしか思わなかった。
そもそも推しという概念すらよくわかっていないのに、推しに恋人ができたときのファンの心境などわかるはずもないのだ。
「巧先輩、寂しいですか?」
「うーん、どうだろう? 応援してくれるのは嬉しいけど、応援されなくなったからと言ってそんなに寂しいわけではないかな。ガチ恋勢なんて言われても、僕は応えられないわけだし」
「ふふ、たしかに」
香奈がニマニマ笑いながらうなずいた。
「マジで隙あらばイチャつくよなお前ら」
「いい選手だよね」
「ダヴィド・アラバの話はしてねえ」
「えっ、巧先輩ダヴィデ像になりたいんですか? いけませんっ、そんな破廉恥な……!」
「巧、こんなんが彼女でいいのか?」
「世界一可愛いでしょ」
「巧先輩も宇宙一格好いいですよ!」
「マジで隙ねえのな」
周囲の物たちは思った。
誠治、よく普通に会話できているな、と。
「如月君——」
練習終わり、巧は志保に呼び止められた。
広川と内村には釘を刺しておいたと伝えられた。
「さすがに自分たらの不利は理解してたから、もう何もしてこないと思う。その場にはいなかったけど、真君も」
「わざわざありがとうございます」
「恩に着せるわけじゃないよ。前に迷惑かけたからね」
それだけ伝えたかったようで、志保は「それじゃあ頑張って」と言い残して去って行った。
釘を刺されたからと言って彼らが大人しくなる保証はないが、気持ちは軽くなった。
香奈もそうだったようで、笑みを浮かべつつ「西宮先輩推しじゃなければ絡みに行くのに」とつぶやいていた。
今日は軽めの調整練習だった。
巧と香奈が帰宅するころには、まだ香奈の両親はどちらも不在だった。
帰り道もずっとハイテンションだった香奈は、荷物も置かずにそのまま巧に着いてきた。
「あれ、香奈。着替えとかはいいの?」
「今は巧先輩と離れたくないので」
えへへ、とはにかんだ後、彼女は不意に不安そうな表情になった。
「あっ、もしかして臭いですか?」
「ううん、いい匂い」
巧が香奈を抱きしめて匂いを嗅ぐと、彼女は腕の中でくすぐったいです、と笑った。
洗面所に向かうと香奈も後に続いた。腕を組んで巧の斜め後ろに立った。
「……うがい見られるの、居心地が悪いんだけど」
「大丈夫です」
「僕が大丈夫じゃないの」
「まあまあ」
退く気はないようだ。
巧としても本気で嫌なわけではないので、そのまま手洗いとうがいを済ませた。
交代で手を洗い始めた香奈の斜め後ろに、先程の彼女と同じように腕を組んで立つ。
「……あ、あの、巧先輩?」
「大丈夫。僕は気にしないから」
「ぐっ……!」
ただ自分のやったことをやり返されているだけなので、反論も浮かばなかったらしい。
香奈は悔しげに唇を噛んだ後、手洗いを続行した。
彼女が手を拭くタイミングで、巧はその場を離れた。
いくら色々オープンな香奈とはいえ、れっきとした女の子だ。うがいを見られることに対する抵抗が強いのは想像に難くない。
飲み物でも飲もうかと冷蔵庫を開けると、香奈が背後から抱きついてきた。
「どうしたの?」
「オナモミです」
「お、オナモミ?」
「くっつき虫とも言います」
「あっ、な、なんだ……」
巧は肩の力を抜いた。
「あれれ、巧先輩〜?」
声だけで、香奈がニヤニヤ笑っているのがわかった。
「もしかして何か、いえナニか変な妄想でもしてましたぁ?」
「イントネーション変えなくていいし、別に妄想なんてしてな——うっ、か、香奈っ?」
巧はうめいてしまった。
いきなりモノを握られたからだ。
「ふふ、モミモミしてほしそうだったので。あっ、でもこれだとモミではあってもオナじゃないか。また一つ賢くなりましたね、先輩」
「っ……」
話している最中も、香奈は強弱をつけて攻撃をしてくる。
巧としては気持ちいいので拒む理由もなかったが、比喩的にも直接的にも手のひらで転がされているだけなのは嫌だった。
「……じゃあ、僕も一つ知識を披露しようか」
「なんですか?」
「カイ○ーガが七十五レベで覚える技はなんでしょう?」
「えー、なんでしょう?」
香奈がうむむ、と首を捻った。
「ハイドロポンプは違いますよね……れいとうビームとか?」
「ううん、正解は——」
巧は正面に向き直り、香奈の耳元に口を近づけて、
「しおふき」
「っ〜!」
香奈の顔が一瞬で真っ赤になった。
彼女はパッと飛び退き、拳を突き上げて騒いだ。
「せ、セクハラっ、いやびしょハラですそれはさすがに! デリバリーがなさすぎます!」
「デリカシーね」
「どうでもいいですそんなことっ、今日という今日は覚悟してください!」
香奈はその後、全力で攻めてきた。
といっても何か痛いことをしてくるわけでもなく、ただこれまでのイチャイチャで
長かった彼女のターンが終わると、今度は巧のターンだ。
その最中に香奈オーガは七十五レベに達していた。
さすがにPPがゼロになることはなかったが、HPは赤いラインにまで突入していただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます