第171話 無自覚イチャイチャ

 カジノはたいてい数人規模でゲームが行われる。

 たくみ誠治せいじまさる大介だいすけといういつものメンバーとともに香奈かなたちのクラスに向かった。


 内容は普通だったが、事前に聞かされていた通り、ディーラーやスタッフがすべて黒服を着ていた。

 普段の香奈の服装は可愛い系かセクシーなものかの二択なので、まるでOLのようにかしこまった姿は新鮮だった。


 巧たちは迷わず香奈がディーラーをやっているポーカーを遊ぶことにした。


「香奈、そういう大人っぽい落ち着いた服も似合うね。可愛い」

「そうでしょう?」


 えへへ、と笑ってみせた後、香奈は生真面目な口調でルール説明を始めた。

 知った顔ばかりでもなおざりな対応をしないのが、彼女の生来の生真面目さを表していた。


 ゲームには香奈も参加した。

 最終ターンを前になかなかいい手札が揃ったようで、にんまりと隣に座る巧のことを見てきた。


 巧は余裕の笑みを返した。

 まるで「こっちもすごくいい手札だよ」と言わんばかりに。


「うー……」


 香奈は余裕そうな表情から一転、ウンウン頭を悩ませた。

 最終的には一枚のカードを交換した。


 新たなカードを見たとき、ルビー色の眉がぴくりと動いた。

 大きく表情には出さなかったものの、賭けに失敗したのは巧には手に取るようにわかった。


 結局、そのゲームは最後のターンで手札を変えずにストレートで勝負をした巧の勝ちだった。


「くっそぉ〜、あそこで手札を変えなければ勝ってたのに……!」


 そう言って悔しがる香奈は、どうやらフラッシュを崩してストレートフラッシュを狙いに行ったらしい。


「フラッシュなら賭けに出る必要はなかったんじゃない?」

「だって巧先輩がすっごい自信ありげに笑うから〜……!」

「あはは、ごめんごめん」


 ブー垂れる香奈の頭を、巧はごく自然に撫でていた。

 彼女も唇を尖らせつつも幸せそうな表情を浮かべるという高度な技を披露していたが、


「——あっ」


 やがて何かに気づいたように小さく声を上げた。

 その顔がみるみる赤くなっていくのを見て、巧も公衆の面前であることを思い出した。


「ガッハッハ! 青春であるな!」


 大介の大声により、巧たちのテーブルに注目が集まった。香奈はプシューと頭から湯気を立てながら机に突っ伏した。

 巧はまた頭を撫でそうになり、なんとか直前で自制した。


「……やっぱりバカップルだな」


 優が呆れたようにつぶやいた。

 誠治は半眼で、大介は愉快そうな表情でうなずく。


 巧の頬にも熱が集まる。

 今更ながら、友人たちの前でスキンシップを図ってしまったことが恥ずかしかった。




 その後はポーカー以外のゲームも一通り楽しみ、香奈のシフトが終わる前に巧と誠治は退出した。

 自分のクラスの最後のシフトがあったからだ。


 巧たちが交代したときに、ちょうど香奈とあかりが来店した。


「ようこそお越しくださいました!」

「はぅ……!」


 巧がにっこりと笑って見せると、香奈が頬を染めて悶絶した。

 巧はその顔を下から覗き込んで、


「どうしたの? 執事みたいな格好なんて、自分のクラスで見飽きてるでしょ」

「わ、わかってるくせに!」

「まあね」


 涙目で睨みつけてくる香奈の非難を、巧はサラッと受け流した。


「おい、お前ら少し自重しろ」

「「えっ、もっと?」」


 巧と香奈が同時に首を傾げると、誠治がハァ、とため息を吐いて周囲を見回した。


「……周り見てみろ」

「「あっ……」」


 言われるまでまったく気づいていなかったが、他の客やスタッフも含め、ほとんどが頬を染めていた。

 自分たちが原因であること、そして自分たちで思っているよりも無意識にイチャイチャしてしまっていることを自覚し、巧と香奈は二人して赤面した。


 そんなことをしていたものだから、クラスで片付けをしてるときは当然質問攻めに遭った。

 巧に対するのは、やっとかよという生温かいものが多かった。時々教室まで来ていた香奈と彼のやり取りを思い返せば、付き合っていると知っても何ら違和感も覚えないらしかった。


「で、いつから付き合ってたんだ?」

「九月入ったくらいかな」

「うえっ、じゃあもう一ヶ月以上かよ!」

「どっちから告白したの?」

「ごめん。それは言えない」

「ちぇ、まあいいか。じゃあ——」


 巧への尋問は終始和やかに進んだが、香奈のほうはそうもいかなかった。

 クラスのマドンナをよく知りもしない先輩に取られた形となった男子たちが、嫉妬の炎を燃やしていたからだ。


 しかし、胸中穏やかでない彼らから香奈が圧迫面接を受けるような状況にはならなかった。

 助っ人が現れたからだ。


「だいたい、その先輩より——」

「はいはい、お前らそこまでな」


 巧に矛先が向かい始めたところで、晴弘はるひろが止めに入った。


 ——イキリ立っている者たちとかつては同じ立場だった彼は、嫉妬の向かう先が巧であることを察知していた。

 そして、その道が誰も幸せにならない道であることもわかっていた。


「お前ら、巧さんのこと何も知らないだろ。なら文句言うな。それに、好きな人の悪口言われる白雪しらゆきの身にもなれよ」

「「「うっ……」」」


 ド正論をカースト上位の晴弘に言われては、全員黙り込むしかなかった。

 心の内ではわかっていたのだ。自分たちがただ八つ当たりをしているだけだということに。


 最終的には問い詰めていた男子たちが謝罪をし、香奈がそれを受け入れる形で事態は収束した。


「ありがとう、新島にいじま

「前に迷惑かけたからな」


 晴弘の淀みのない返答に、香奈は瞳を丸くさせた。


「……あんた、変わったよね」

「お前と巧さんのおかげでな」

「私はただブチギレてただけだけどね」

「いや、あそこまで言ってくれなきゃ勘違いしたままだったと思うし、そうだったら巧さんの言葉も届いてなかったからな」

「そっか」

「あぁ」

「晴弘ー」


 教室の後ろ側の扉から、晴弘を呼ぶ声が聞こえた。

 その瞬間、彼の口元が緩んだのを香奈は見逃さなかった。


「私が言っていいのかわかんないけど、まあ頑張んなよ」


 そう言い残して、香奈は教室を出た。

 最初から晴弘が今の性格だったとしても、彼になびいていた可能性はゼロだと断言できる。


 それでも、彼の更生は素直に嬉しかったし、そう感じれるくらいには彼への悪感情は消えていた。

 それもこれも、突っかかってきた晴弘を更生させた巧の功績だ。


(やっぱりすごいなぁ、巧先輩は)


 少しでも脳内に浮かぶとすぐに会いたくなってしまい、香奈は巧のクラスに突撃した。

 そして一人の男子の「巧ー、お姫様きたぞー」という親しみと揶揄いのこもった言葉に、本日何度目かわからないアペック赤面をした。

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