第174話 父親襲来①
お互いに存分に攻撃力を発揮した後、
やっと交際を発表できてお互いにハイになっていたのだろうか。いつもより激しかった。
時間も遅くなってしまい、自炊をする元気も残っていなかった。夕食は簡単なサラダだけを作って出前をとった。
協力して片付けまで済ませたあと、二人はぐったりとソファーに身を投げ出した。
「にしても、無事に公表できてよかったですねー……」
香奈が巧の肩に頭を乗せ、間延びした口調でつぶやいた。
「ね。まだ気は抜けないけど、ひとまず好意的に受け止められたみたいでよかった」
「巧先輩が男らしい対応をしてくれたからですよ。みなさんの前で抱き寄せられたのは恥ずかしかったですけど」
「あはは、ごめんごめん。あれくらいはやっておく必要あるかと思って」
巧が頭を撫でると、ほんのり不満そうにしていた香奈も相好を崩した。
「……まあ、別にいいんですけどね。あれのおかげで巧先輩を狙う人も少なくなったでしょうから」
「可愛いこと言ってくれるじゃん」
巧は顔を覗き込むようにキスを落とした。
離れようとすると、香奈が巧の首の後ろに手を回してきて、自分から唇を押し当ててきた。
「もう、可愛いなぁ」
唇が離れると同時に、巧は彼女の細身の体を抱きしめた。
さすがに数時間前に欲望を余すことなくぶつけたのだ。愛おしさは感じても欲情はしない。
「ふふ、ありがとうございます。でも巧先輩、いくら私が可愛いからって学校でキスとかしちゃダメですよ?」
香奈が上目遣いで見上げながらイタズラっぽく笑う。
「わかってるよ。学校では手を繋いだりちょっと触るくらいしかするつもりはないから。そういう香奈こそデート中にテンション上がってエッチなことしてこないでよ?」
「しませんよそんなの……って、そっか。私たち、これから堂々とデートできるんですね!」
香奈が目元をへにゃりと緩めて嬉しそうに笑った。
「そうだよ」
巧は彼女の背中と膝裏に手を差し込み、膝の上で横抱きにした。
香奈が胸に頬をすり寄せてくる。まるで猫みたいだ。
「ふふ。ねえ巧先輩、どこ行きます?」
「そうだね……そろそろ選手権の県予選も始まるから、遊園地とか水族館とか一日かかる場所は無理だけど、やっぱり映画とか行きたいな」
「おー、いいですね! 明日の試合の後行きません?」
「おっ、いいね。何か見たい映画ある?」
「ちょっと調べます」
香奈がまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにワクワクしているのが愛おしくて、巧はその頬をぷにぷにとつまんだ。
「ふふ、どうしました?」
「もちもちだよね、香奈のほっぺ。最近ますますぷにぷにになってる気がする」
「あっ、それ太ったって言いたいんですか?」
香奈が可愛く睨んでくる。
「まさかまさか。お腹とかはすごいほっそりしてるし……なんならもうちょっと太ってもいいくらいだとは思うけど」
「もう、触り方がいやらしいですよ」
巧がお腹を指先で撫でると、香奈が膝の上でくすぐったそうに身をよじらせた。
自分に触られて幸せそうに目を細めている彼女を見ていると、愛おしさと加虐心が込み上げてくる。脇に手を差し込むと、彼女はん、と
「誘ってる?」
「さ、誘ってません! 巧先輩がイタズラするからですっ」
頬を染めて抗議をした香奈は、仕返しとばかりに巧のシャツの中に手を入れてくる。
「ちょ、か、やめっ……!」
「ふふ、お仕置きです」
脇腹やら脇やらをなぞられ、巧は身を悶えさせた。
香奈を膝に乗せているため、暴れることも逃れることもできない。
そうとなれば、できることは一つ。巧は耐えきれなくなったところで香奈の両手を掴んだ。
彼女は懸命に腕を動かそうとしたが、さすがに男女の体格差だ。ぴくりとも動かない。
「む〜……ずるいです」
尖らせられた唇に口付けを落とす。
途端に香奈の表情が緩んだが、頑固な彼女は頬を膨らませて不満ですよアピールをしている。
「してほしそうだったからしたけど、違った?」
巧が揶揄うように聞けば、彼女はさらに頬を染めてそっぽを向いた。
そして拗ねたような口調で小さく、
「ばか」
「ごめんね」
巧はルビー色の後頭部に手を添えて強引にキスをした。
舌を絡ませれば、香奈も負けじと口内に侵入してくる。
「ん、んんっ……」
唇を離す際にできた透明な架け橋の向こうで、彼女の表情はこれでもかというほど緩んでいた。
自分でも自覚していたのだろう。
「……今日のところはこれくらいで許してあげます」
「ありがと」
香奈を抱え直してバックハグの体勢になる。
左手を彼女のお腹に回してホールドし、右手で今やっている映画を検索する。
香奈も覗き込んで二人であーでもない、こーでもないと相談していたが、ふと気づくと彼女は静かになっていた。
「香奈?」
巧が携帯に集中していたほんの少しの間に、彼女は巧の胸にもたれかかってうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
「香奈、今寝ちゃダメだよ」
「ん〜……」
頬をつまんだり体を揺らしたりしたが、奮闘虚しく彼女はスヤスヤと寝入ってしまった。
「……無理させすぎたかな」
その頭を優しく撫でながら、巧は苦笑を浮かべた。
今日はただでさえ文化祭だったというのに、交際を発表するプレッシャーもあったし、彼女はその後クラスで居心地の悪い思いもしたらしい。
そして部活後はそれ以上に激しい運動をしたのだ。
疲れていて当然だろうし、疲労感を覚えているのは巧も同じだった。
「くわぁ……」
腕の中で気持ちよさそうに眠っている香奈を見ていると、あくびが漏れる。限界だった。
ほんの少しだけ——。
そう思って、ルビー色の頭に頬を寄せて目を閉じた。
チャイムの音で目が覚めた。
うっすらと目を開ける。時計が目に入った。午後十時半だった。
こんな時間に誰だろうと考え、巧はハッとなった。
「やっば、お父さんじゃん……!」
元々この時間帯にやってくるとは連絡を受けていた。
クッションを枕にして香奈をソファーに寝かせた後、慌てて玄関に向かう。
「久しぶりだな、巧」
父親である
「あっ、うん。久しぶり、お父さん」
「どうした? なんかぎこちないぞ」
「いや、うん。前に彼女できたって話したじゃん」
「あぁ。はっ、まさか妊娠させたんじゃ——」
「んなわけないでしょ」
巧が呆れたように否定すると、大樹はホッと一息吐いた。
「そうか、よかった。それで彼女さんがどうしたんだ?」
「ちょっと今寝ちゃってるんだ。ウチのソファーで」
「そうなのか。仲良くやってるじゃないか」
大樹は嬉しそうに笑った。
「うん。だからちょっとだけ待っててくれる? さすがに彼氏の父親との初対面で眠りこけてるのはアレだろうから」
「俺は気にしないぞ?」
「向こうが気にするの」
父親を洗面所に押し込み、巧は香奈を起こしにかかった。
生半可なことで覚醒しないのは知っているが、大樹が近くにいると思うとキスなどをする気にはなれなかった。
仕方ないので、常識的な手法で起こすことにする。
「香奈、起きて」
「んー……」
「んーじゃない」
肩を揺らし、頬をペチペチと叩き、お姫様抱っこをしてゆりかごのように揺らしたところで、ようやく香奈は薄目を開けた。
ぼんやりとした瞳が巧を捉える。舌足らずな口調で、
「たくみ、せんぱい……」
「おはよう。今お父さん来てるから、ちょっと起きてもらっていい?」
「あぁ、はい……えっ?」
香奈はパチパチと瞬きを繰り返した。
「おとうさん?」
「うん」
「……えっ、お父さん⁉︎」
香奈は
これでもかというほど目を見開いた彼女を前に、巧はぶふっと吹き出してしまった。
——彼の腕に抱かれている香奈にとっては笑い事ではなかった。
「えっ、あっ、えっ、ちょっと待って! 本当にお父さん来てっ? あっ、十時半だ!」
香奈も大樹が訪ねてくることは聞いていた。
明日も文化祭なのでそれより前には自宅に帰って、明日の打ち上げ終了後に顔を合わせる手筈になっていたが、眠りこけていたせいでバッティングしてしまったらしい。
(うわああああ! どうしようどうしようっ?)
心構えもできておらずパニックになっている香奈をソファーに下ろすと、巧が洗面所に声をかけた。
「お父さん、入ってきていいよー」
「おーう」
のんびりした声とともに、巧よりも一回り大きな男性がリビングに入ってきた。
顔は巧と違ってワイルド系統だが、夜空を連想させる紫色の髪の毛と瞳から、間違いなく彼の父親だとわかった。
(えっ、どうしよう! 謝ったほうがいいよねっ? あっ、でもまずは名乗るのが先⁉︎)
混乱していた香奈は勢いよく頭を下げて、
「あ、あのあの、し、
盛大に噛んだ。
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