第159話 話し合い① ——真相——

 カフェから出てすぐ、香奈かなはバッグにしまっていた携帯を取り出した。


「うわっ……」


 たくみとあかりから大量のメッセージと不在着信が入っていた。

 ——その後はどう判断しようと香奈の自由だから、お願い。説明だけはさせて。


 それが、巧からの最新のメッセージだった。

 香奈は罪悪感を抱きつつ、返信を打ち込んだ。送信ボタンを押そうとして考え直し、思い切って電話をかけた。

 ワンコールもしないうちに巧は出た。


『もしもし。香奈、今どこにいる?』


 ここまで一方的に問いかけてきたのは初めてのことだった。

 面食らいつつ現在地を伝えると、「今からそっち向かう」と言って電話は切れた。


 十秒にも満たないやり取りだけで、どれだけ巧が心配してくれていたのかが伝わってきた。

 そして、彼が浮気などしているはずがないことも。


 どんどん膨れ上がる罪悪感に押しつぶされそうになりつつ、あかりにも電話をかけた。

 彼女もすぐに応答し、巧と同じようなやり取りが繰り返された。


「「——香奈!」」


 二手に分かれて探してくれていたのだろう。巧とあかりは反対の道からほぼ同時に走ってきた。

 涼しくなってきた十月の夕方で、二人ともマラソンをした後のように大量の汗をかいていた。


「香奈っ……無事でよかった……!」

「本当にっ……見失ったときはどうなるかと……!」


 顎から汗を滴らせつつも安堵の表情を浮かべる二人を見て、香奈は申し訳なさで胸がいっぱいになった。

 聞きたいことはたくさんある。それでも、まず最初にすべきことは、


「「「ごめんなさい! ……えっ?」」」


 三つの声が重なった。

 三人で顔を見合わせた。


「な、なんで香奈が謝るの?」

「い、いえ、その……多分勘違いしてどっちにも迷惑と心配をかけちゃったので」

「香奈は何も悪くないよ。僕が悪いんだ。香奈を不安にさせたから」

「それを言うなら悪いのは私です。私がすべての元凶なんですから」

「でも——」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 お互いに自分の責任だと主張し合う巧とあかりに割り込む。


「あの、状況が全然把握できていないんですけど」

「あっ、そっか。ごめん」

「ごめんね」


 巧とあかりが慌てて謝罪をした。

 香奈への気遣いが伝わってきて、逆に少し申し訳ない気分になる。


「あんまり大声で話せないことだし、どこかに移動しようか」

「あっ、なら私の家に来ませんか?」


 香奈は名乗りをあげた。

 そのほうが後のことを考えても都合がいい。


「そうだね、そうしようか」

「えっ、でもいきなり行ったらご両親が迷惑じゃ……あっ、結婚記念日で旅行に行ってるんだっけ」

「イエス」


 生理とはまた別に、香奈の精神が不安定になっていることに両親は気づいていたのだろう。

 旅行を延期するとまで言い出した二人を「大丈夫だから行ってこい」と送り出すのは大変だった。


 最終的には「私の罪悪感がすごい」とゴリ押しして、なんとか出発してもらった。

 真相を聞いて心から納得できたなら、巧とのツーショットでも送ろう。


 帰り道、巧とあかりはそれぞれ自分たちが香奈と鉢合わせる前にたまたま出会っただけだという証拠を見せてきた。

 確かに巧はその十分ほど前にクラスの男子たちとカラオケ店の前で写真を撮っており——メンバーの一人がカラオケデビューだったらしい——、あかりも別の友達とメッセージのやり取りをしていた。


「そうだったんですか……でも、六時前に解散って早いですね。あっ、疑ってるわけじゃないですよっ?」

「わかってるよ。カラオケデビューの友達が家族で夕飯を食べるっていうから、そのタイミングで解散したんだ」

「なるほど……」

「香奈は何も悪くないからね」


 巧が念押しをしてきた。

 香奈としては同意も反論もしづらかったが、幸い何かを反応する必要はなかった。


「お二人とも、さっきから外で思いっきり名前で呼び合ってますけど大丈夫なんですか?」


 あかりに失策を指摘され、香奈と巧は同時に口元を手でふさいだ。


「シンクロしてますねぇ」


 仲の良いことで、とあかりに笑われ、二人して赤面する羽目になった。


 白雪しらゆき家のダイニングテーブルを三人で囲うように座る。

 巧と香奈が横に並び、香奈の前にあかりが腰を下ろした。


「香奈、百瀬ももせ先輩覚えてる?」

「もちろん」


 香奈が三軍にいた二ヶ月余りは一緒に過ごしたし、それでなくても巧の友人だ。


「百瀬先輩から私が告白されたのが、そもそもの始まりなんだ」

「そうなんだ……えぇっ、告られたの⁉︎」

「満点のリアクションありがとう」


 あかりがクスッと笑った。


「えっ、ほ、本当に?」

「うん。それで返事どうしようかなって思って、如月きさらぎ先輩に相談してたんだ。ほら」


 あかりが巧とのメッセージのやり取りを見せてきた。


「本当だ……」

「百瀬先輩といえば如月先輩かかがり先輩か金剛こんごう先輩だけど、後の二人は個人的に聞きづらくってさ」

「たしかに」


 ある程度の関係性であっても、後輩女子があの二人に一対一で絡みに行くのは難しいだろう。

 香奈も誠治せいじとはある程度の関係性を築けているが、自分から絡みに行こうとまでは思わない。それが恋愛相談であるならなおさらだ。


 その点、巧は見た目も物腰も柔らかいから話しかけやすいし、誠実な人だと評判なのでかなり相談しやすい部類に入るだろう。


「最初は何気ない雑談から百瀬先輩について聞き出そうと思ってたんだけど、如月先輩はもう聞いてたみたいでさ。普通に相談するようになったんだ」


 あかりが画面をスクロールした。


 ——告白の返事を考えてるの?

 ——あっ、知ってたんですか?

 ——まさるから聞いたよ


 というやり取りが行われていた。


「香奈のことは信頼しているけど、百瀬先輩も自分の知らないところで誰かに言われてたら嫌だろうし、如月先輩にも黙っててもらったんだ。まさか返事もしてないのに香奈に伝えていいかなんて聞けないしさ」

「なるほど。それで巧先輩も私から隠れるようにやり取りをしていたんですね」

「うん。だから、本当にやましいことは何もないんだ」

「なるほど……あの、一ついいですか?」


 香奈はおずおずと切り出した。


「何?」

「これは本当に申し訳ないと思っているんですけど……どうしても気になっちゃって、一回巧先輩の背後から携帯を覗いたんです。そのとき『もちろん大好きだよ』って打ち込んでいるのが見えたんですけど、あれは何の話だったんですか?」

「あぁ、これね」


 あかりが素早く携帯を操作し、画面を見せてくる。

 そこには、


 ——本当に香奈のことが好きなんですね

 ——もちろん大好きだよ


 というやりとりが表示されていた。その前後では、巧が香奈の好きなところについて言及していた。

 香奈はぽっと頬を染めた。


「他にもいろいろあるよ〜」


 あかりが画面をスクロールさせていく。


 ——おちゃらけているけど根は真面目なところとかもいいよね

 ——でも、しっかりしているように見せて意外と甘えん坊なところも本当に可愛い


 ……などなど、あかりの問いに答える形で、巧から香奈に対する想いが次々と飛び込んできた。


「っ〜!」


 香奈は耳まで真っ赤になった。文章だけでも好きの気持ちが溢れていた。


「おやおや、真っ赤ですなぁ。まあ、ここまで情熱的な言葉が並んでれば仕方ないか。もっといろいろあるから好きに見なよ」


 あかりから携帯を手渡される。

 香奈は自分が恥ずか死ぬとわかっていても、好奇心に負けて見てしまった。


 ——無事というべきか案の定というべきか、心臓が持たずに机に突っ伏す羽目になった。

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