第158話 コーヒーの味
カップを見つめたまま、
呆然としていたわけではない。
考えていたのだ。
クラスメートと遊ぶと言っていたのに、あかりと歩いていた。もはや、そういう関係であることは間違いないだろう。
諦めろ、と理性が訴えかけてきた。
——諦められるはずがなかった。
そんな簡単に切り替えられるのなら、ここまで落ち込んでなどいない。
(……自分でも心配になるくらい巧先輩のこと好きになってるな、私)
巧のことはこれからじっくりと考える必要がある。
それでも、現時点での
「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、
「そうか……」
蒼太の表情からはどこか最初から断られることがわかっていたような、そんな諦めの色も見てとれた。
「ごめんね」
「全然いいよ。
「っ……」
不意の問いかけに、香奈は動揺した。
誤魔化すことは不可能だと自分でもわかるほどに。
「……気づいてたんだ」
「そりゃあな。ついでに言えば、さっき巧さんと
「っ……⁉︎」
香奈は息を詰めた。
視線をカップに落とし、寂しげに笑った。
「……そっか。私が泣いている理由、わかってたんだ」
「あぁ。巧さんと七瀬が偶然遭遇したってこともな」
「……えっ?」
香奈は勢いよく顔を上げた。身を乗り出す。
「ぐ、偶然遭遇したってどういうことっ?」
「そのまんまだよ。巧さんがクラスの男子たちと別れるところに俺が出くわしたときに、ちょうど七瀬も鉢合わせてさ」
「じゃ、じゃあ……二人は約束してたわけじゃないのっ?」
「多分な。二人とも偶然だなって驚いてたし。なんか話すことがあるって、その後二人で歩いてったけど」
「っ……!」
そうだ。さっき一緒にいたからといって、今日これまでもずっと一緒にいたことの証明にはならない。
(なんで私、決めつけちゃってたんだろうっ……)
香奈は
「……マジでごめん」
蒼太がポツリとつぶやいた。彼はうつむき、唇をかみしめていた。
「えっ、な、何が?」
「俺は白雪が泣いた理由も、おそらくそれが勘違いなのもわかってたのに、チャンスだと思って訂正もしないまま告白した……最低だよな」
「う、ううん、そんなことないよ! 姫野君のおかげでちょっとスッキリしたし、私あのままじゃどうなってたかわからないしっ」
「……怒ってねえのか?」
「まさかまさか」
香奈は笑った。
「感謝しかしてないよ。そもそも姫野君は言わなかっただけで、嘘言って私を騙したわけでもないんだしね」
「……そうか」
蒼太は自嘲の笑みを浮かべた。
香奈にフォローされるほど、自分の
泣いている香奈に出会ったのは偶然だが、すべてを言わずにあわよくば彼女を自分のモノにしようとした罪は決して軽くはないだろう。
たとえ、香奈が許してくれているとしても。
(こういうとこなんだろうな、結局)
フラれたショックはそこまで大きくない。
——自分では巧に勝てないと。
傷心中でも想いが揺らがないなら、付け入る隙などあるはずがない。
(
蒼太はハァ、とため息を吐いた。
気まずい沈黙に耐えかねたように、香奈がコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
「今日はありがとう! 話を聞いてくれたことも、想いを伝えてくれたことも。すごく嬉しかったよっ」
「お、おう」
「これはお礼だから遠慮せず受け取って。それじゃ、また明日ねっ」
千円札を机に置くと、香奈は足早にその場を離れた。
あまりの手際の良さ——この場合は逃げ足の速さというのかもしれないが——に、蒼太は反応できなかった。
我に返ってお金をつき返そうとするころには、彼女はすでに店の入り口を出るところだった。
追いかけようとして、やめた。
このお金は香奈の感謝と、そしておそらく罪悪感の証だ。
彼女のことを想うのなら受け取っておくべきなのだろう。
浮かしかけた腰を下ろして、ぬるくなったコーヒーを飲む。
先程までよりも苦く感じられた。
一応二つ注文しておいたシロップが一つ余っていた。
追加しようと思ったところで、巧の顔が浮かんだ。
(巧さんがシロップやミルク入れてるの、見たことないな……)
一軍に上がってからすでに二、三度先輩たちの食事に混ぜてもらったが、巧がそういう見るからに体に悪そうなものを摂取しているのは見たことがない。
(……って、ここで巧さんが浮かんでくるってことは、俺は白雪を諦めきれていないのか)
自分の諦めの悪さに苦笑した。
しかし、同時に思う。無理に諦める必要もないのではないかと。
(可能性だって無に等しいだけで無ではねえし……取りあえず、完全に諦めがつくかあの二人が付き合うまでは頑張ってみてもいいのかもしれねえな)
一度フラれた手前、香奈に直接アプローチをするのは迷惑だろう。
だが、彼女の好みになれるように自分を磨くだけなら問題はないはずだ。
その中で巧しか見ていないという事実は、香奈が男を選ぶ際の判断基準として容姿の占める割合が決して高くないことを示している。
巧も顔は整っているが、中性的で同級生というよりは年上の女性にモテそうなタイプだ。
事実、彼のファンには三年生が多い。
そして、香奈は何よりもサッカーが好きだ。
これらを総合すれば、自ずとやるべきことは見えてくる。
サッカーを頑張ろう——。
元々、蒼太もサッカーは大好きだ。
元々好きなものを頑張ることが香奈へのアピールにもなるのであれば、やらない理由はない。
なんだかスッキリした気分になりながら、蒼太はコーヒーを飲み干した。
シロップを入れなくてよかったな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます