先輩に退部を命じられて絶望していた僕を励ましてくれたのは、アイドル級美少女の後輩マネージャーだった 〜成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになったんだけど〜
第138話 モンスターマザーが乗り込んできた②
第138話 モンスターマザーが乗り込んできた②
それは、彼が一番でなければ自分たちの存在証明ができなかったからだ。「カーストトップの真を応援している自分」に居場所を求めていた。
彼女たちは香奈のような美貌を持っているわけではない、かといって
しかし、母親は娘に過度な期待を抱いた。
ウチの娘はこうであるべき、ウチの娘ならこれくらいできて当たり前——。
そんな一方的な期待を我が子に押し付けた。
学歴も何もなくて生活にも結婚にも苦労した自分たちのコンプレックスを隠すために。
自分では取れなかった高得点を子供の最低ラインに設定していた彼女らは、滅多なことでは我が子を褒めなかった。
多少テストでいい点をとったところで、自分の娘ならそれくらいが当たり前だと思っていたからだ。
人から褒められることなど
真の活躍に自分たちの姿を投影して、自尊心を満たしていた。
そんな渇いた心に、
なんの結果とも関係なしに特別な存在だと認められたのは、初めての経験だった。
「真がいくら活躍していて人気があるからといってあいつが他より偉いことにはならないし、それは応援しているお前たちも同様だ。真が活躍できなくなったからと言って、あいつやお前たちの価値はなくなるのか? そうじゃないだろう。人間は一人一人が特別であり、その価値など比べられるものではない。誰かをいじめていい人間も、いじめられていい人間もいないんだ」
三人は拳を握りしめたままだった。
京極は語気を和らげて続けた。
「
「うっ……」
「ひぐっ……!」
「うぅ……っ」
三人は涙を流し始めていた。
無条件で自分たちが特別だと認められた彼女らの中では、もはや「カーストトップの真と彼を応援している自分たちは他より偉いのだから何をしてもいい」という考えは崩れ去っていた。
前提が崩壊すれば、その奥に隠されていたものが見えてくる。
自分たちの犯してきた罪の重さも自ずと認識できた。
「先生。それはいくらなんでも言い過ぎなんじゃないですか?」
瑞稀の母親が噛みついた。
「いいえ、自分たちの行動がどういう結果をもたらしたのか。これを理解しなければ彼女らは前に進めませんから」
「じゃあ、この子たちの退学を取り消してください」
「……はっ?」
当然のような顔で
一体何を言っているのだ、こいつは。
「いやいや、はっ? ではありませんよ」
瑞稀の母親は小馬鹿にするようにせせら笑った。自分たちの娘を手で示した。
「この子たちは自分たちの罪を理解し、反省しています。だったらもう一度チャンスを与えて当然でしょう。弁償はしてあげるのですから、多少は嫌な思いをした子たちも受け入れて然るべきでしょうし」
京極はふつふつと湧いてきた怒りをため息とともに吐き出した。
「……あなたは何も本質を理解していない。反省しているのだから退学は取り消せ? 弁償してあげたから許して当然? 悪口を浴びせられ、私物を盗まれ、ユニフォームやソックスまで切り裂かれたにも関わらず、反省しているし弁償するから許せなんて言われて被害者が納得するはずがないでしょう。少しは被害を受けた側の目線に立って発言してください」
「「「なっ……!」」」
三つの声が重なる。それらはすべて母親のものだった。
「いくら反省して弁償したところで、加害者の犯した罪と被害者の受けた心の傷は消えません。先程も申し上げましたが、やってしまったことと照らし合わせれば退学処分は妥当なものです」
「で、ですがっ、退学になってしまえば今後の進路や就職にも大きく影響しますわ! 私の経験上、大学受験での挫折はその後の人生の扉を閉ざしますっ。あなたは娘たちが他の生徒の人生を狂わせたと主張しますが、あなたこそ娘たちの人生を狂わせようとしているのではないですか⁉︎ 娘には私と同じような
——あぁ、なるほど。
金切り声でまくしたてられた主張を聞いて、京極は母親たちがなぜここまで論理の破綻している主張を振り回してまで噛みついてくるのかを理解した。
「お言葉ですが
「「「なっ……⁉︎」」」
京極が反論した京子の母親だけでなく、瑞稀と若菜の母親も絶句した。
類は友を呼ぶ、ということだろう。
「もう一度申し上げておきますが、犯した罪に照らし合わせれば退学は妥当なものです。退学を拒否するのではなく、受け入れた上でどうサポートしていくのかがご両親の責任なのではないですか?」
「なんですって⁉︎ ただの一教師のくせに一丁前に——」
「お母さん、もうやめて」
「京子っ? 諦めちゃダメよ! こんな横暴——」
「横暴じゃないよっ、因果応報だよ!」
京子が叫んだ。
「私、勘違いしてたっ……人気があって活躍してる真君は他のやつらより偉くて、それを応援している自分も偉いから他のやつらには何をやってもいいんだって……でも、そんなのおかしいよね。だってそれって裏を返せば、もし真君が活躍できなかったら真君も私たちも偉くないことになっちゃうもん」
「私も、白雪と
「
諦念すら漂わせる娘たちを見て、さしもの母親たちも言葉を失っていた。
「勘違いするなよ。お前たちは確かに間違いを犯したが、だからと言って価値がなくなったわけじゃない。本気で頑張れば、ここからいくらでもやり直せる。お母さん方もどうか彼女たちに過度な期待を押し付けるのではなく、ダメなことはしっかりと叱り、その上で愛情を持って支えてあげてください。そのほうが絶対に、彼女たちは幸せな人生を送れるはずです。自分たちが子どものころのことを思い出してください。親にどう接してほしかったのかを」
「「「っ……!」」」
三人の母親はハッとした表情を浮かべた。
「それを、娘さんたちも求めているはずです」
母も娘も、乗り込んできたときとは明らかに顔つきが変わった。
もう大丈夫だろう——。
京極は安堵の息を吐いた。
人によっては甘いという人もいるだろう。今回彼女らを改心させることができたのだってたまたまかもしれない。
それでも、奈落の底に落ちかけている人間を見捨てたくはなかった。
根っからの悪人など存在しない。それぞれが自分の正義のために行動しており、悪人に分類される人物は何かを勘違いをしてしまっているだけなのだ。
京子たちが自分や真は他よりも偉いのだと思い込んでしまっていたように、母親たちが娘たちは優秀でなければ幸せな人生を送れないと決めつけていたように。
——かつて自分が、勝負というのは勝たなければ何の意味もないと考えてしまっていたように。
もっとも、京極とて聖人君子ではない。
あくまでも手を差し伸べるのは落ちかけている人間であり、落ちてしまった者には容赦するつもりもないのだが。
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