第135話 結末

 翌朝、京極きょうごくは指示役の容疑がかかっているまこと親衛隊の三人と小太郎こたろう正樹まさきを呼び出した。

 たくみ香奈かな冬美ふゆみも同席していた。誠治せいじは朝練に参加している。


 親衛隊の三人は一番最後にやってきた。

 部屋にいるメンツを見るなり、困惑ではなく動揺を見せた。


 それだけでも問い詰めるには十分だったが、京極はこれまでに起こっていたことと彼女たちを呼び出した理由を丁寧に説明した。

 目を泳がせている三人を見据えたまま、小太郎と正樹に話を振る。


山田やまだ田村たむら。お前たちを脅して指示を出していたのは彼女たちで間違いないな?」

「はい」

「間違いないです」


 二人は間髪入れずにうなずいた。


「は、はあ⁉︎」

「アタシたち知らねーしっ」

「テキトー言ってんじゃねえぞ!」


 三人は口々に喚いた。


「なるほど。否認するということだな」

「そ、そうだよ!」

「なら、携帯電話を提示してもらおうか。山田と田村を脅すためのネタがあるかどうか確認する」

「はあ⁉︎」

「ふざけんな!」

「プライバシーの侵害じゃね?」


 一人のその意見に、他の二人も「そうだそうだ」と同意した。


「そうか。ならば仕方ない。この件は警察に任せるとしよう」

「はあっ? な、何でそうなるんだよ!」


 警察という単語を出されて、三人は露骨に動揺した。


「それはそうだろう。私たちの要求を拒否するなら、しかるべきところに対応を依頼するしかない。ユニフォームやソックスは器物損壊。立派な刑事案件だ」


 京極が脅しをかけると、三人の顔がみるみる青ざめた。


「なんなら君たちが消したトークのやり取りも、警察から携帯会社に問い合わせれば調べてもらえる。さぁ、出しなさい」

「っ……ふざけんなよ!」


 一人がブチギレた。その怒りの炎に燃える瞳は、小太郎と正樹を射抜いていた。


「私らの名前出すなっつっただろ!」

「本当だよこの——」

「君たちに彼らをののしる権利はない」


 京極は冷たく遮った。

 その横から巧はスッと顔を出した。


「ねぇ、どうして小太郎と正樹に僕を攻撃させたの?」

「はあ⁉︎ そんなもん決まってるでしょ! あんたが目障りだったからよっ!」

「真君がアプローチをかけていた白雪しらゆきを離さないばかりか、グラウンドで口論して真君に恥をかかせた。これだけであんたを消す理由なんて十分でしょ!」

「あんたが真君にちょっかいかけるから、真君はペースを乱して怪我しちゃったのよ! あんたのせいで怪我したのに、空いた席にさも当然のような顔をして座ってんじゃないわよ!」

「顔でもサッカーでも真君の足元にも及ばないくせに!」

「お前さえいなければいいんだ!」


 巧は思った。これはダメだと。

 小太郎と正樹の行動は、共感こそできなくても理解はできた。


 ただ、彼女たちの思考は理解すらできなかった。

 何をどう考えたら真の怪我が巧のせいになるというのか。


「……ハァ」


 巧は一つため息を吐いて、京極の後ろに下がった。


「はっ? 自分から聞いといて何よその——」

「あと、監督。彼女たちが香奈に暴言を浴びせ、暴力を振るおうとしていた証拠動画も残っています」

「「「なっ……⁉︎」」」


 冬美の突然のカミングアウトに、相手にしてもらえなかった巧に逆ギレしていた三人は呆然とした。


「……それは本当か?」

「はい」


 京極の問いかけに、冬美と香奈がうなずいた。

 昨日とは違って成り行きではないにもかかわらず、彼女たちが同席していたのは、この件を告発するためだった。


 予想していなかった展開の連続にキャパオーバーを起こした様子の親衛隊の三人を放っておいて、巧たちは退出した。




 翌日、二瓶にへい三葉みわも含めた事情を知る者たち全員が理事長室に集められた。

 理事長を筆頭としたお偉いさん方から謝罪と補償の話をされた。親衛隊の三人は退学、正樹と小太郎の二人は停学が決定したとも知らされた。


「指示役の女三人には、今後一切君たちに接触しないように言いくるめておいた。警察沙汰にするとも言っておいたからさすがに何もしてこないだろうが、もし何かあればすぐに相談してほしい。全面的に協力するから」

「はい、ありがとうございます」


 巧は頭を下げつつ、思った。どうやら咲麗ウチがサッカー部を優遇しているというのは本当らしい、と。


 理事長室を出たあと、京極からも謝罪された。不甲斐なくてすまない、と。

 気にしていないと答えた。本心からのものだった。


 謝罪は形ばかりで補償の話がメインだったし、情報を漏洩すれば部活動停止で選手権にも出れなくなるという可能性を繰り返し示唆して脅してきた上層部の対応を見れば、腐っているのは一目瞭然だ。

 今回の一件で、京極がやけに消極的なことに不満を抱かないでもなかったが、彼も上との板挟みで色々大変なのだろう。


 そういう実情も知れたし、しっかりと弁償もしてもらえるし、今後親衛隊の三人が自暴自棄になって襲ってくる可能性もほとんどゼロに等しくなった。

 起こってしまったことに対する結果としてはそう悪いものではなかったのかな、と巧は分析していた。


 最近は巧自身の心の余裕がなかったのもあって、香奈と全然イチャイチャできていなかった。

 今日は香奈も両親の帰りが遅いと言っていたし、久しぶりに甘い時間を過ごそうと決意した。


 部活が終わった帰り道、そのことを香奈に伝えると、嬉しそうにはにかんだ。


「ここ最近の寂しさ全部補充してやりますから覚悟してくださいね」

「望むところだよ」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。

 そしてどちらからともなく自然と早足になったところで、ぴたりと足を止めた。

 一人の女子生徒が前に立ち塞がったからだ。


 彼女だけではなかった。数人がその背後からゾロゾロと姿を現した。


「……何かご用でしょうか?」


 巧は香奈を背に隠すように立った。

 相対するその全員が、退学になった三人と同じ真親衛隊のメンバーだったからだ。

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