第134話 カラクリ

 出身中学もクラスも部活も違う小太郎こたろう正樹まさきだったが、彼らには共通点があった。

 クラスでも部活でも中心だったということだ。

 小太郎はスクールカースト上位に位置しやすいサッカー部のエースであり、正樹もバスケ部エースの肩書と恵まれた体躯で幅をきかせていた。


 しかし、彼のガキ大将気質は高校では通用しなかった。

 部活での立ち位置云々の話ではない。周囲の精神が成熟しつつある中では、声と態度の大きさよりも人格が重視されるようになったというだけの話だ。


 これまで当たり前のように享受していた周囲からの承認が得られなくなったことで、二人は心に余裕が持てなくなった。

 余裕がなくなれば他者への気遣いもできなくなり、ますます人が離れていった。


 だからといって孤立していたわけではないが、グループの中心にいることはできなかった。

 高校に入学してからここまで一年半、彼らはずっと渇きを覚えていた。特別扱いに飢えていた。


 ——だからまこと親衛隊の三人に言い寄られたとき、突然の接近に不審感を抱きつつも拒むことができなかった。


 お互いの存在を認識していなかったことからもわかるように、彼らは別々に接触を受けた。

 しかし、まんまと嵌められてハメてしまったという点は同じだった。


 プレイの一環と称して自分たちがまるで親衛隊を犯しているような動画を撮影されてしまった彼らは、たくみへの嫌がらせを命じられた。


 ——結局ウチの高校ってサッカー部を売りにしてるんだから、部内の嫌がらせを公にはしない。小太郎みたいな実力派ならともかく、如月きさらぎみたいな運と取り入る能力だけで一軍に上り詰めた雑魚がその対象なら尚更ね。

 ——サッカー部内に目を向けさせればバスケ部の正樹は絶対に疑われないよ。それに、実は如月よりも正樹のほうが男らしくていいって言ってる子、結構いるんだよ?


 それぞれが心の根底にある巧への対抗心をくすぐられ、承認欲求を満たすような言葉を投げかけられた。

 その上で、達成した場合には性的な報酬も用意された。


 自分の脅されているのだから仕方ないし、巧が分不相応に調子に乗っているから少しわからせてやるだけだ——。


 そう自分に言い聞かせ、彼らは最初の犯行に及んだ。

 一度ラインを超えてしまえば、その後はもう転がり落ちるだけだった。


 しかし香奈かな誠治せいじ冬美ふゆみ、そして京極きょうごくにより巧への偏見やネガティヴ感情を取り払われてなお自分を正当化できるほど、彼らの性根は腐っていなかった。

 自分たちがいかに愚かだったのかを理解した二人は本気で反省し、後悔した。


 ——それを感じ取っていた京極は、最後にはどちらも反省の色を見せていたことまで含めて、一連の流れを上層部に話した。


「……大事にしてくれたものだな」


 理事長が忌々いまいましそうに言った。


「これでも静かに動いたつもりですが。調査はほとんど生徒に任せましたから」


 京極は涼しげな表情で応じた。


「だが、その結果として知る必要のない生徒まで内情を知ることになっただろう」

「私はあくまで『なるべく教師が介入すべきではない』という咲麗しょうれいの方針に従ったまでです」


 理事長が気に入らないとでもいうように舌打ちをした。


「……まあいい。その三人の女子生徒が指示役であるという証拠はあるのか?」


 真親衛隊の三人のことだ。


「彼らはメッセージのやり取りを都度削除していたため、現時点ではありません。ですが、山田やまだ小太郎こたろう田村たむら正樹まさきを脅迫するためのネタはおそらく携帯に保存されているはずですし、彼らのやったことは立派な犯罪です。警察に話を通せばトーク履歴の——」

「警察には話すな」


 理事長が鋭くさえぎった。


「今回の一件は学校内で処理する。必ずその三人から証拠を出させるか、自白させろ」

「……巧への説明と補償はどうするのですか?」

「補償はもちろん加害者たちの親に話を通して弁償させるし、こちらとしてもはずむつもりだ。彼への説明についても、望むのであればいくらでも対応しよう。だから京極監督、先程も言ったがあなたの役割は指示役の三人から証拠を出させるか、自白させるところまでだ。これは立派ないじめだからな」


 理事長がニヤリと笑った。


「一顧問の手に負えるものではない。処理は我々が行う」

「……わかりました」


 いじめという大きな問題に上層部が介入するのは決して不自然なことではない。

 京極には、黙って自分の役割を受け入れるしか道はなかった。




 京極が退室した後も話し合いは続けられた。加害者たちの処分についてだ。


「事実なら指示役の三人は退学で、実行役の二人は停部でよろしいのではないですか?」


 副理事長が提案した。


「サッカー部もバスケ部も冬の全国大会を控えている。罪のほとんどを指示役の三人になすりつけてしまえばよろしいでしょう。どうせ詳しい説明を外部にする必要などないのですし、サッカー部とバスケ部のブランドのためにもなるべく彼らの処分は軽くすべきです」

「いや、さすがにそれは甘すぎる」


 理事長が反論した。


「実行の主犯を田村正樹にして、彼には退学してもらおう」

「た、退学ですかっ? 退学者を出すのはバスケ部の印象が悪くなりすぎるのでは?」

「仕方ないだろう。今年、そして直近の成績を見てみろ。サッカー部とバスケ部、どちらがより金になるかは一目瞭然のはずだ」


 バスケ部は夏のインターハイで全国に出場したとはいえ、一回戦負けだ。昨年も二回戦負けである。

 昨年ベスト八、今年ベスト四のサッカー部には大きく水を開けられていると言ってもいいだろう。


「元々プロの人気もサッカーのほうが高いですからな。むしろ、バスケ部は顧問も辞任させて良いのではないですか? 彼は京極よりもはるかに扱いやすいが、生徒からの評判も良くない。ここで彼を辞めさせれば、バスケ部が退学者を出すような部活だったのも監督のせいだという見方を作ることもできます」


 幹部の一人の意見に、理事長はなるほど、とうなずいた。


「どうせ退学者を出すならそっちのほうがいいな。そうすればより山田小太郎は巻き込まれただけだという印象操作ができるし、サッカー部の印象もキープできる」

「いえ、それはやりすぎです。山田も田村も、二人とも停学くらいがちょうどいいかと」


 校長が言った。

 自分の意見を否定された理事長は、ギロリと睨みつけた。


「なぜだ?」

「サッカー部の処分を軽くしてしまえば、それだけ学校からの肩入れがあったと見られます。ただでさえサッカー部を優遇してると噂されてる今、ここでさらに庇ってしまえば逆に印象が悪くなるでしょう」


 納得感がその場を支配した。


「……校長の言うことも一理あるな。では、そうするとしよう」

「誰かがこの話を広める可能性はありませんか?」

「指示役の三人には退学してもらうから発信の機会はないし、停学の二人には退学を示唆すれば問題ない。他の生徒についても真相が明らかになった時点で話し合いをする。十分に如月巧に配慮した対応を取り、話が広まった場合は部活動停止の可能性もあるとチラつかせれば無闇に言いふらすことはないだろう」


 各々から「ですな」「おっしゃる通りです」と理事長に賛同する声が上がった。


「京極はいかがなされますか? やはり彼は扱いづらい類の人間ですが……」

「今はまだ続投でいいだろう。リーグでも二位に位置するなど結果も出しているし、選手権もそう遠くないからな。もしも楯突いてきたり怪しいそぶりを見せれば、そのときに何かしらの理由をつけて更迭すればいい」


 一顧問の更迭など簡単なことだからな、と理事長は口の端を吊り上げた。

 お伺いを立てた副理事長も同様の表情を浮かべ、「そうですな」とうなずいた。

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