第133話 糾弾
普段の、そしてこの教室での彼らを見ていれば、自分の意思でここまでの犯行に及べるほどの勇気がないのは明らかだ。
早々に、巧は彼らの裏にいる黒幕の存在に気づいていた。
「脅迫されてたって、誰に?」
小太郎は三人の女子生徒の名前をあげた。以前に
正樹の目が露骨に泳いだ。
「
「っ……!」
親衛隊の三人が小太郎と正樹を操っていたのはまず確定した。
「どういうネタで脅されてたの? 証拠はある?」
「……いわゆるハニートラップだよ。多分あいつらの携帯にある」
「なるほど。正樹も同じみたいだね、表情を見る限り」
「そ、そうだよ! だから仕方なかったんだ!」
「仕方ないですむわけないでしょ!」
小太郎と正樹がビクッと体を震わせた。
「自爆しておいて自分のためなら他人を傷つけても良いなんて考え、まかり通るわけないじゃないですか! 先輩があなたたちに何をしたって言うんですかっ、何もしてないでしょ! 先輩がどれだけ悩んで頑張ってきたのかも知らずに勝手に劣等感を抱いて嫉妬して……そんなのが免罪符になると思ってるんですか⁉︎ 満足に努力もしていないやつには先輩を妬んだり恨んだりする権利すらありません! 自分への不満を他人にぶつける人間には何の——」
香奈は言葉を止めて息を吐いた。
何の価値もない——。
そう言おうとして堪えたことは、巧も気づいた。
「よく抑えたね」
巧は香奈の肩をポンポンと叩いた。
以前までの彼女なら、きっとその先を口走ってしまっていただろう。
「……先輩はずっと努力してきたんです。田村先輩や
香奈の口調は一転して静かなものになっていた。その奥には先程まで以上の熱が感じられた。
全員が彼女の声に耳をかたむけていた。
「みんなと同じようにプレーしたくてもできない。頭ではビジョンがはっきりと浮かんでいるのに体がついてこない。そんな中で今年の夏、先輩はやっと活路を見出したんです。自分が一番やりたいプレーをやらず、あくまで影に徹して自分ではなく味方を際立たせる。そんな諦めによって掴んだとも言えるプレーにより、ようやく活躍することができるようになったんです。そんな最中に練習着やソックスを盗まれ、それがズタズタに引き裂かれていたっ……先輩がどんなふうに感じたか、あなたたちにわかりますか……?」
そう問いかける香奈の瞳には光るものがあった。
小太郎と正樹はうつむいた。
「巧は夜更かししねーしアップとクールダウンも人一倍丁寧にやるし、食事の管理までしてる。高校入ってからずっとだぜ? 練習だって朝練でぶっ倒れるほど全力でやるし、常に改善点を探してる。監督や先輩に気に入られてんのも取り入ったからじゃなくてひたむきに努力してるからだし、もしも一軍昇格が運だったのだとしても、それは巧が常に全力で部活に取り組んできたからだろ」
「クラスでちやほやされているのも同じね。彼は常にポジティヴな声かけをして誰かを傷つけるようなことは絶対に言わないし、ちょっとした人助けを日常的に行なっている。男らしいとかナヨナヨしているとか、見た目の問題じゃない。彼は人から好かれる行動をしているから好かれているだけの話よ。少しでもそういうことをしようと、彼と同じような結果が出せるようにとあなたたちは努力をしたのかしら?」
小太郎と正樹はうつむいたままだった。
巧は香奈、
「山田、田村。結果ではなく過程で物事を見るんだ」
「巧の活躍の裏側には相当な努力がある。まったく結果が出なくても腐らず、自分はどうすればいいのかと常に考えて実行してきたからこそ、今の巧がいる。巧だけじゃないぞ。他の者たちもみんな、相応の努力をしてきたからこそ今の地位を掴み取っている。そしてそれは山田と田村も同じだろう」
「っ……!」
二人がハッと顔を上げた。
「田村はもう一軍で試合に出ている。山田だって同学年の中では二軍に昇格したのはだいぶ早かっただろう。二人とも才能だけで今のところまで登ってきてはいないはずだ。もっと上手くなるために頑張ってきたからこそ、今のポジションを掴み取っているんだろう。違うか?」
「それは……」
「違わない、すけど……」
「そうだろ? お前らだって努力をしてきたんだ。何も恥じることはない。その上でさらなる高みを目指したいのなら、それに向けて努力をすればいいじゃないか。そのほうが確実に自分たちのためになるし、楽しいはずだ。巧に不必要に絡んだり嫌がらせをしているときと夢中になって部活に取り組んでいるとき、どちらが楽しかった? 後者じゃないのか?」
「っ……!」
小太郎の瞳から涙がこぼれ落ちた。少し遅れて、正樹の頬にも透明な雫が伝った。
「二人がもっと上を目指したいと思ったように巧も上を目指したし、二人がした以上の努力を巧はしたんだ。その努力を踏みにじることは絶対にしちゃいけないんだ」
「はいっ……ごめん、巧……!」
「俺もごめんっ……」
彼らの泣きながらの謝罪には、先程の形式的なものはなかった誠意が感じられた。
「いいよって簡単にうなずけるものじゃないけど、これ以上二人を責めることはしないから。まだやり直しは全然効くと思うし、ここからもう一回頑張ればいいんじゃないかな」
「あぁ……!」
「すまねえ……!」
なぜ自分はこんなことをしてしまったのか——。
泣きじゃくる小太郎と正樹の胸中には、後悔と罪悪感が渦巻いていた。
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