第132話 尋問

 二瓶にへいには正樹まさき京極きょうごくのいる教室に来てもらうことにして、たくみたちもそこに向かった。

 教室には正樹と京極以外に、バスケ部の顧問である飯田いいだがいた。巧を見てハッとなり、正樹の頭をガシッと上から押さえて、


「き、如月きさらぎっ。ほら正樹、謝れ!」

「わるか——」

「必要ないよ」


 巧はピシャリと正樹をさえぎった。


「……はっ?」

「誰かから強要された許されるための謝罪なんて受け取る気はないから」

「なっ……⁉︎」


 正樹が睨みつけてくる。


(……やっぱりね)


 巧は息を吐いた。


 二瓶が姿を現したときも同様のリアクションがこぼれ落ちた。

 彼が連れてきた実行犯は、二軍でしょっちゅう難癖をつけてきていた山田やまだ小太郎こたろうだった。


 確信していたわけではないが、サッカー部員でしかもまこと一派ではないとしたら、彼がもっとも可能性が高いと思っていた。


「えっと……?」


 小太郎は周囲を見回し、困惑の表情を浮かべた。

 どうやら二瓶は冬美ふゆみ誠治せいじが正樹にそうしたように、本当の用件を言わずに連れてきたようだ。

 それはつまり、小太郎が犯人である明確な証拠があるということだ。


「山田君。コレに見覚えはあるかしら?」

「あっ? なっ……⁉︎」


 冬美が足首のところで切断されたソックスを掲げた。

 小太郎は激しい動揺を見せた。心当たりがあることは明白だった。


「山田。カバンの中をチェックさせてもらうぞ」


 京極が小太郎のカバンに手をかけた。


「まっ——」

「この期に及んでジタバタしてんじゃねーよっ」


 誠治が慌てる小太郎を羽交い締めにした。

 カバンから一台のカメラが出てきた。香奈かながあっ、と声を上げた。


「冬美先輩が部室に仕掛けておいたカメラっ」

「ち、違う! これは俺のだっ」

「へぇ。じゃあ、これまで撮ったものを見せてもらいましょうか」

「は、はあ⁉︎ そんなのプライバシーのしんが——」

「っざけんなよ! 人の物壊しといてガタガタ言ってんじゃねえ!」


 誠治が小太郎を壁際に追いやり、胸ぐらを掴んだ。


「誠治」


 巧は親友の肩に手を置いた。

 誠治は自分を落ち着かせるように長く息を吐き出し、パッと手を離した。

 小太郎は腰を抜かしたのか、その場にへたり込んだ。


(……やっぱりね)


 巧がそう思うのは、ここ数分間だけで三回目のことだった。


 カメラの最新の動画には、小太郎の犯行がバッチリと映っていた。

 消し方がわからなかったか、タイミングがなかったのだろう。

 学校でカメラをいじっていたら話題になるのは必至だ。


「二瓶先輩。どうして今みたいに問い詰めることもせずに、小太郎が犯人だってわかったんですか?」


 巧は尋ねた。


「これや」


 二瓶が自身のカバンからカメラを取り出した。


「まさか……部室の外に?」


 冬美の言葉に、二瓶は「さすがやな」とうなずいた。


「こういうこともあるかと思って、設置しておいたんや。部室の出入りがわかるだけでも十分な場合もあるしな。それに、元から小太郎を怪しんどったとっちゅーうのもある——お前、最近練習中になんやかんや理由をつけて抜け出すことが多かったけど、そんときにコソコソやっとったんやろ? 切り裂いた練習着を巧のカバンに入れたりとか」

「っ……!」


 小太郎が息を詰まらせた。

 これも、図星であることは誰の目から見ても明らかだった。


 二瓶はカマをかけたわけではない。

 巧の仕掛けた罠により、練習着の一件の犯行時刻は午後三時半から四時の間に絞られていた。

 その時間に練習を抜け出してたのは、二軍では小太郎しかいなかったのだ。


 もはや、正樹が否認していた犯行の実行犯が小太郎であることに疑いの余地はなかった。

 巧は京極にアイコンタクトを取った。一軍サッカー部の監督はうなずいた。


 巧は小太郎と正樹に向き直り、


「ねぇ、どうしてこんなことをしたの?」

「……わ、悪かった!」


 小太郎が勢いよく頭を下げた。

 巧は鼻で笑った。


「いらないよ。正樹にも言ったけど、許されるための謝罪なんて受け取る気はないから」

「なっ……⁉︎」

「ほら」


 激昂する小太郎に、巧は嘲笑を浮かべながら、


「さっきの正樹もそうだったけど、一回謝罪を拒否されただけですぐに怒るのがまったく反省してない証拠じゃん。まさか、そんな心のこもってない形式的な謝罪だけで許されると思ってんの?」

「「っ……!」」

「それに、僕はどうしてって聞いたんだけど。別に僕を嫌うこと自体は何ら構わないんだけど、ここまでした理由を聞かせてよ。そうだね——」


 巧は視線を右に固定した。


「まずは正樹から聞こうか。どうして僕に嫌がらせをしてきたのか」

「っ……お前が気に食わなかったからだよ!」


 正樹が逆ギレをする子供のように吐き捨てた。


「どこら辺が?」

「全部だよっ! 大した能力もねえくせに無駄な努力を続けてるところも、なよっぽい見た目のくせにクラスでちやほやされてるところも、全部な!」

「ふーん。じゃあ、小太郎は?」

「っ……!」


 スルーされた正樹は額に青筋を浮かべたが、巧はそんなものは一切気にせずに小太郎を見た。


「……俺らよりもはるかに下手くそなくせに、先輩や監督に気に入られたのと運が良かったのとで一軍に上がりやがって、それが当然みたいな顔してんのがうざかったからだよ」

「なるほどね——」


 巧は正樹と小太郎を交互に見て、口の端を吊り上げた。


「安心したよ。君たちがどうしようもないクズだった——それだけの話だったんだね」

「なっ……!」

「よかったー。悩んだんだよ、僕にも何か悪いところがあったのかなって。そしたらなんのことはない、君たちがただ自分の実力や人気のなさを棚に上げて八つ当たりするだけの救いようのない人間ってだけだったんだ」


 巧は意地の悪い笑みを浮かべた。


「……ち、違う!」


 小太郎が叫んだ。


「何が違うの? 何も悪いことをしていない相手に勝手に嫉妬して、その人の物を盗んだり壊したりするのを正当化するつもり?」

「そ、そうじゃない! 俺は自分の意思でこんなことをやったんじゃないっ……脅迫されてたんだ!」


 ——やっぱりね。

 巧は予想通りの供述を引き出すことに成功して、ニヤリと笑った。

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