第116話 選手の体調管理はマネージャーのお仕事です

 たくみも初めてだったのでうまくできるか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 香奈かなベッドに仰向けになったまま、肩で息をしている。


「香奈、大丈夫?」

「……」


 香奈は無言で巧に背中を向けた。

 不機嫌なのではなく、恥ずかしがっているだけなのは丸わかりだった。


 巧は苦笑しつつ、背後からその体を抱きしめた。


「大好きだよ、ありがとう」


 今はただ、溢れんばかりの想いと感謝を伝えたかった。

 香奈は息を詰めた。モゾモゾと寝返りを打ち、巧の胸に額を押し付けた。


「……私も大好きです。こちらこそ、ありがとうございます」


 頬を染めたまま、上目遣いで見上げて微笑んだ。

 巧は彼女を抱く手にいっそう力を込めた。


「……あのさ、香奈」

「なんですか?」

「今後もこういうスキンシップ、してもいい? 君が望まないことは絶対にしないから」

「は、はい。もちろんです」


 髪の毛から覗く香奈の耳が、髪色以上に赤くなっていく。


「あと……その際に一つお願いがあるんだけど」

「な、何でしょう?」

「毎回、今日みたいに香奈が先やってもらっていい?」

「いいですけど……どうしてですか?」


 香奈が小首を傾げた。


「いや、その……」


 巧はもごもごと口を動かした。

 言うのも気恥ずかしいことだが、ちゃんと伝えておくのは大切だ。


「……溜まってる状態であんな姿を見せられたら、抑え切れる気がしなくて」

「っ〜! そ、そうですか……って、あっ」


 こちらも気恥ずかしげにしていた香奈が、小さな声をあげた。

 ——先程の彼女の乱れようを思い出しただけで、巧の愚息は息を吹き返していた。


 これまで一日二回はおろか連日で出したことすらもほとんどなかったというのに、抑えられる気がしなかった。


「……ごめん。もう一回だけいい?」

「もう、仕方ない人ですね。巧先輩は」


 香奈が呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


「いいですよ。調はマネージャーの仕事ですから」

「……それやめて。部活に集中できなくなる」

「あっ、す、すみません! ……じゃあ、失礼します」


 香奈がおずおずと巧のズボンとパンツをずり下げた。




 三回目を終えて少しダラダラした後、香奈は自宅に帰っていった。風呂に入るためだ。


 巧の家では、彼女がしっかりと肌や髪のケアをするための道具や化粧品は用意されていない。

 というより、シャンプーとリンス、ボディソープくらいしか置いていない。

 巧にとってはそれで十分なのだから、当然といえば当然だ。


 あえて冷水を浴びていると、少し冷静さを取り戻せた。

 温度を元に戻し、いつも通りの順序で体を洗っていく。


「ふぅー……」


 興奮がおさまった状態で湯船に浸かっていると、自然と息が漏れた。強烈な眠気を感じる。

 ドライヤーなどの最低限の手入れを済ませると、ベッドに飛び込んだ。


 今日はこの後、香奈の母親であるらんが帰ってきたら、巧の亡き母と同じ味の味噌汁の作り方を教えてもらうことになっている。


「五時ごろ帰ってくるって言ってたな……」


 アラームをかける。

 携帯をベッドサイドに置いた巧は、ほとんど同時に意識も手放した。




 ——今からそっちに行ってもいいですか?


 香奈は風呂から上がって諸々の手入れを済ませた後、巧にメッセージを送った。

 しかし、待てども既読はつかない。


「寝てるのかな?」


 今日は出場時間自体は長くないとはいえ、巧は元々体力のあるほうではないし、デビュー戦だったのだ。消耗はすさまじかっただろう。

 加えて、彼は香奈にも色々とやってくれた上に三回も出したのだ。疲れていて当然だ。


「す、すごかったな……」


 巧のモノは想像していたよりもなんというか、狂暴な見た目だった。

 しかし、触ってもくわえてもまったく嫌悪感は覚えなかった。

 むしろ、自分でそうなってくれたのだと思うと愛おしさすら感じた。


 自分から申し出ておいてイかせられなかったらどうしようという不安はあったが、杞憂に終わった。

 ——そして、自分が演技をする必要があるかという心配に対しても、それは同様だった。


 秘部まで見られたこと、その上であられのない姿を見せてしまったことは恥ずかしい。

 しかし、されている最中はそんなことも浮かばないくらい気持ちよかった。


 ……いや、正直に言おう。彼に見られている、触られている、それで感じてしまっているという羞恥は常にあった。

 しかし、それらはいつしか快感へと変化していたのだ。


 自分はマゾ体質なのかもしれない——。

 一定の間隔で供給され続ける快感の狭間で、そんなことをぼんやりと思った。


 そもそも巧が初めてとは思えないほどうまかったというのもあるだろう。

 彼は香奈の表情を窺いつつ、それこそ巧みに彼女の感じるところを見抜いて攻撃をしてきた。


 潮吹きすることはなかったが、数回は絶頂に達した。

 途中からずっと頭の中が痺れているような感覚で、何も考えられなくなった。


 本当に満足したからだろうか。

 今は羞恥や情欲よりも幸福感、そして巧への純粋な想いが胸の内を支配していた。


「会いたいな……」


 切実にそう思った。

 別にそういうことをしたいわけじゃない。ただ顔が見たいと思った。


 どのみちこの後、彼は蘭に味噌汁の作り方を教わりにやってくる予定だ。服装は可愛いものを選んでいた。


「行ってきまーす」


 靴をひっかけ、家を出る。

 一応インターホンを鳴らしてみるが、やはり寝入っているのだろう。反応はなかった。


 以前に渡されていた合鍵を使い、家に入る。

 リビングに彼の姿はなかった。洗面所から、ガタゴトという洗濯機の音が聞こえてきた。


 先程まで滞在していた巧の部屋をノックする。返事はなかった。


「お邪魔しまーす……」


 小声でそう言いながら扉を開けると案の定、彼はスヤスヤ寝息を立てていた。


(か、可愛い……!)


 巧はまるで猫のように丸まっていた。

 香奈のほうを向いている寝顔はとても穏やかで、幸せそうだった。


 ここぞとばかりに髪の毛や頬に触れてみたが、まったく起きる気配がない。

 さっきはあんなに男らしかったのに、と香奈は頬を緩めた。


「ふわぁ……」


 人の気持ちよさそうな寝顔というのは、どうしてこうも眠気を誘うのだろうか。

 巧が起きるまで存分に寝顔を堪能しようと思っていたが、香奈も目がしばしばしてきた。


 何枚か寝顔を盗撮してから、彼の横に潜り込んだ。

 向かい合う姿勢になる。胸元に顔を埋め、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 汗の混じった男を感じる匂いには興奮を覚えるが、シャンプーと巧本来のものが入り混じったそれは、香奈の精神をリラックス状態へと導いた。


(いい匂い……)


 幸せな気持ちになりながら、香奈は夢の世界へと旅立った。




◇ ◇ ◇




 ——夕方の五時過ぎ。

 約束通り、巧は蘭から味噌汁の味付けを教わっていた。


 香奈は端っこで縮こまり、頬を染めている。相変わらず眠りの深い彼女をキスで起こしたからだろう。

 白雪しらゆき家に来るまで、ずっと背中をポカポカと殴られていた。


 一番デリケートな部分を舐められておいて今さら目覚まし代わりのキスでここまで恥ずかしがるのか、と不思議に思ったが、さすがに口には出さなかった。


「なるほど……チューブではなくて生の昆布と鰹節かつおぶしでちゃんと出汁を取るのと、山のものと海のものみたいにカテゴリーの違うものを入れるのがミソなんですね」

「えぇ、そうよ……あっ、今のは突っ込むべきだったかしら?」

「えっ? ……あぁ」


 味噌汁の話でミソと言っていたことに、巧は指摘されて気がついた。


「違います。狙ってないですよ」

「えー、本当ですか〜? ——あいたぁ!」


 ここぞとばかりに揶揄ってくる香奈にはチョップをかましておく。


「くぅ〜……UVだっ、訴えてやる!」

「太陽にでも訴えておいてね」

「辛辣っ、心まで痛いよう! ……あっ、これはさすがにやばいか」


 香奈が一人で何やら騒いでいる。


「ごめんなさいね。うるさい子で」

「いいじゃないですか、にぎやかで」


 巧が微笑むと、蘭も「そうね」と頬を緩めた。

 二人は慈愛のこもった瞳で香奈を見た。


 ——当然、それは愛情を向けられた本人にも伝わった。


「っ〜!」


 香奈は赤くなった顔を見られたくなくてソファーに飛び込んだ。

 巧と蘭は顔を見合わせてくすりと笑った。


(っ〜、巧先輩とお母さんのばかぁ……!)


 さらにダメージを喰らった彼女は、しばらく起き上がれなかった。

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