第105話 王子様陣営からの反撃②

「いいから早くやれよっ、足だ!」


 まこと香奈かなに詰め寄った。

 手を出そうとして、今朝録音されていたことを思い出した。


(一人じゃ何もできねえカスが……!)


 真がたくみを憎く思っていると、ちょうどその巧が、真と香奈の間に割り込んだ。


「あっ? 邪魔だ如月きさらぎ。どけよ」

「何があったのですか?」

「てめえには関係ねえだろうが。また彼氏気取りか?」


 真は巧を嘲笑うことで、わずかに精神の平穏を取り戻した。


(こいつ、この程度の容姿と実力で俺と張り合って香奈を自分のモノにしようとしているとか、現実が見えてなさすぎるな)


 巧をこき下ろすことで、真はさらに心を落ち着かせた。

 ——もっとも、実際は彼らはすでに交際しているため、現実が見えていないのは真のほうだったのだが。


「以前にも言ったはずです。困っている後輩を助けるのは先輩として当たり前だと」

「はっ、格好つけるのに必死だなぁ」

「何があったの?」


 巧はらちが開かないと判断し、真ではなく香奈に尋ねた。

 安堵の表情の中にいくらかの恐怖を残しつつも、彼女ははっきりとした口調で経緯を説明した。


「なるほど……西宮にしみや先輩が疲労回復のために足のマッサージを要求し、白雪しらゆきさんがそれを拒んだということですね」

「そんなものは選手をサポートするマネージャーとして当然の責務だ。あいつがわがままを言っているだけなのはわかっただろう。どけ」

「いえ、わがままはあなたのほうです、西宮先輩」

「……何?」

「て、てめえっ」

「生意気言ってんじゃねーぞ!」


 取り巻きの二人——内村うちむら広川ひろかわがイキリ立った。

 真と離れると死ぬ病気にでもかかっているのだろうか、と巧は呆れた。


 しかし、今は彼らのことは無視していい。


「たしかにマネージャーは選手をサポートするのが役目です。しかし、彼女らは召使いではありません。あくまで選手と立場は対等です。その意味で、マッサージは彼女たちの仕事の範疇はんちゅうを超えています」

「はっ、そんなの彼氏でもねえくせに香奈を囲おうとしてるてめえのただの都合の良い解釈だろうが」

「いいえ、これは一般論です。それとも、ウチで他にマネージャーが選手にマッサージをしているのを見たことがありますか?」

佐藤さとう木村きむらにしてただろうが」


 真は論破をしたことを確信し、頬を釣り上げた。

 しかし、その二人の話を持ち出してくることは巧にとっては想定内だった。


「先輩たちのはあくまで恋人同士のスキンシップです。西宮先輩は白雪さんの彼氏でもなければ、マッサージをしてもらうような仲でもないでしょう?」

「なっ……!」


 お前と香奈の関係などその程度だろう——。

 そう言われた気がして、真は真っ赤になった。


 ——実際、巧にもそうした意図はあった。

 いい加減、彼も苛立っていた。

 そんな自分を鎮めつつ、余計なことを言わないようにあえてゆっくりとしゃべった。


「それに、素人が筋肉をいじることには危険を伴います。木村先輩と佐藤先輩のような肩揉みや腰揉み程度ならともかく、足は特にリスクが大きいです。もしだるいと感じていてマッサージを受けたいのなら、専門家を頼ってください。現に他のみなさんはそうしていますよ?」

「ぐっ……!」


 真が言葉を詰まらせた。反論の余地のないことは明白だった。


「今後二度と、マネージャーに無茶なサポートを要求したり、彼女らを軽んじる発言はしないでください。それと、白雪さんに対する接触も控えてください。なんとなく許されている雰囲気が流れていましたが、元来付き合ってもない人が異性に触れることはセクハラに当たりますので」

「ってんめえ……!」


 真が巧を射殺さんばかりに睨みつけた。

 しかし、彼はすぐに思い直した。これは巧の作戦なのだと。


(このタイミングで挑発して俺に手を出させて録音を公開しようって腹だろう。ちょっとはやるやつだと思っていたが、所詮は弱者の知恵か。有利になった途端に浅はかさが透けて見えるぜ)


 真は完璧に巧の狙いを見破ってみせた自分に満足し、溜飲を下げた。


 ——しかし、巧にそんな意図はなかった。

 単純に真が反論できない状況で今朝の話を持ち出すことで、今後彼が香奈に触れられないように抑止力を働かせようと思っただけだ。


 それはマネージャー陣には正しく伝わっていた。


「これで、合法的に香奈から西宮先輩を遠ざけられるようになりましたね」

「そうね」


 冬美ふゆみの言葉に、一軍マネージャー長の愛美まなみが同意した。


「さすが如月君、巧みな話術……って、違う違う。わざとじゃないから。あのゴリラと一緒にしないで」

「監督が聞いてたら泣きますよ」


 冬美は普通にゴリラと呼ばれ、さらに寒いギャグの代名詞となっている京極きょうごくに同情を禁じ得なかった。


「それにしても、西宮先輩って思ったより子供だったんですね。もう少し頭の切れる人かと思っていましたが」

「決して頭の悪い奴じゃないとは思うよ。でもほら、あいつって持ってる側の人間じゃん」

「まあ、そうですね」

「これまでずっと褒められて崇められて育ってきたから、精神が未熟なままなんじゃない? 多分、今も如月君の手のひらの上で転がされていることに激おこで、まったく冷静な判断できてないと思うよ」


 もう少しスペックが低かったほうが彼にとっては幸福だったかもしれないね、と愛美。


「たしかにそうですね。でも、同じような条件でも香奈はあんないい子に育ってますよ。あっ、これ本人には言わないでくださいね」

「ツンデレ?」

「そんなわけないでしょう」


 冬美は容赦なく切り捨てた。


「褒めるとすぐに調子に乗る子だからですよ」

「まあそういうことにしておこうか」


 愛美が楽しそうに笑った。本人は否定しているが、冬美は紛うことなきツンデレだ。

 冬美が不満そうな表情を浮かべたため、愛美は慌てて続けた。


「まあでも、何はともあれ西宮君の行動と言動は許されることじゃないし、今後は香奈ちゃんには一切近寄らせないことにしよう」

「そうですね。みなさんで共有しておきましょう」

「だね。おーい、みんな来てー」


 飛鳥あすかが真と巧の間に入ってその場を収めようとしている傍ら、愛美が当事者の香奈を除くマネージャー陣を集合させた。


 今後は真を香奈に近寄らせないことで全会一致した。みんな心配していたのだ。

 元々真や誠治せいじなどの選手目当てのミーハーは一軍に昇格させてないため、真をエコ贔屓ひいきする者は存在しなかった。


 しかし、ここはグラウンドだ。

 見ていたのは当然、部内の者だけではなかった。




 それから数日後、香奈が部活中にトイレに向かったときだった。

 小用を足して個室から出たところで、三人の女子生徒が進路を塞ぐように待ち構えていた。


「やっと一人になったわね、白雪」

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